105.ニアミス
剣や防具をウインドウショッピングをして時間を過ごしていると、いつの間にやら太陽がてっぺんを通り過ぎていた。
今頃お屋敷でもお昼ご飯を食べていることだろう。
ということで、私とアリエルさんもお昼ご飯を食べることにした。
武器屋さんを後にして大通りへ戻り、お昼ご飯を食べるお店を探す。
「アリエルさん、何か食べたいものとかありますか?」
「別に何でもいい……あ、あそこでいいんじゃねぇか?」
「え?」
アリエルさんが指で示していたのは、大通りに面したところにある大きな酒場兼食堂。
フリーの冒険者たちが依頼を受けることもでき、いつも多くのお客さんで活気に溢れている人気のお店だ。
私が四姉妹の指導役をしないかとティナさんに説明をしてもらった場所でもあり、少し懐かしく感じた。
私も常連と言うほどではないにしろ、何度も言ったことがあるお店だから味が美味しいのもわかっている。
だけど、だ。
アリエルさんの格好をちらっと横目で見る。
少し語弊があるけれど、今のアリエルさんのような格好で入るようなお店ではない……と思う。もちろん、ダメというわけではないけど。
「本当にあそこでいいんですか?」
「ダメってことはないだろ。あそこのご飯、けっこう美味いし」
「それは知ってますけど」
「なんだよ、何か食いたいもんでもあんのか?」
「いえ、そういうわけでは。アリエルさんがいいのでしたら、私は構いません」
「なら決まりだな。腹減ったし、探すのめんどくせぇ」
腹減った~とつぶやきながら頭をガシガシ掻きつつ、店内に入っていくアリエルさんの後ろに続く。
お昼時の食堂ということもあって、お店は大勢のお客さんたちで賑わっていた。
そのほとんどがこれから依頼を受けて王都の外へ向かう人、依頼を終えて帰ってきた人たちばかりである。要するにアリエルさんのような格好をしている人は多くない……というか、いない。
アリエルさんは気にしていないみたいだけど、めちゃくちゃ注目の的になっていた。
元々アリエルさんが美人ということもあり、今日は加えて可憐な服装。大衆的な食堂よりも、女子力が高そうなカフェにいそうな印象である。
こんな人が来るのは珍しいだろうから、そりゃあ店内にいる男性陣がジロジロ見てきても仕方がない。私だって今日のアリエルさんが入店してきたら凝視してしまうと思う。
当のアリエルさんだけはいつも通りで、空いている二人掛けのテーブルを見つけて席に着いた。
水を持ってきてくれたウエイトレスさんにランチを注文して、一息つく。
その先、前に座っているアリエルさんが足を組む動作にじっと見入ってしまったのは本人には秘密である。本当に本人は周りを気にしていないというか、いつもと同じアリエルさんだ。
……ロングスカートでよかったなと思う。
「なんだよ?」
「え!? いや~なんだか、その服も見慣れてきたなって」
「ばっ、バカ言うな!」
料理が運ばれてくるまでアリエルさんととりとめのない話をして、料理が来たら食べながら世間話をする。
アリエルさんは口は悪いけど、最初に比べたら随分と私に対する接し方が柔らかくなったなと思った。
「——前に言ってた話だけど」
「前に……?」
「ほら、新しい剣をってやつだよ」
「あぁ、はい。どうしますか?」
「お前の言う通りだと思った。だから、もう一本作ることにするよ」
午前中にカイルさんのところで剣を見ているときに色々考えて決断したのだろう。
もちろん私も同意である。
「私もそうしたほうがいいと思います。カイルさんに頼む予定ですか?」
「あぁ、そのつもりだ」
私の顔見知りの鍛冶職人を紹介してもよかったけど、アリエルさんも昔から知ってるカイルさんにお願いした方が安心だろう。
「どのような剣にするかは決まってるんです?」
「だいたいは」
「でしたら、今日の帰りに寄って」
「ああ」
「アリエルさんの剣が完成したら、王都から離れたところに遠出する依頼を受けますね!」
剣が出来上がるまで、どのくらいかかるのか物によるからカイルさんに聞いてみないと。
それに合わせてジャスミンさんとベルさんの対モンスターの魔法も仕上げていこう。
「ちょっとお手洗いに行ってきます」
「おう」
さて、このあとのデートはどうしよう。
他の姉妹のみなさんにお土産を買うのを提案してみようかな。
そんなことを考えつつ、お手洗いをすませて席に向かう。アリエルさんがナンパされてないといいけど。
まぁ、アリエルさんならナンパくらい撃退できるか。
席へ移動していると、なんだか店内がざわついていることに気づく。
なんだろう?
私がお手洗いに行っているときに何かあったらしい。
アリエルさんが巻き込まれてなければいいけど……。
席に戻るとアリエルさんが怖い顔をして入り口を睨み付けていた。
「あ、アリエルさん、何が……?」
「知らねぇよ。なんか変な女に絡まれたんだよ」
「変な女?」
「ああ。お前の元々いたギルドのマスターがなんとかって言って」
「それって……」
「知り合いか? オレたちにケチをつけてきたから殴ってやろうと思ったら勝手に出ていった」
わお、アリエルさんったら喧嘩っぱやいんだから。
って、元々いたギルド!?
しかもケチをつけてきたってことは、私たちをよく思っていない人ということ。
「もしかして……」
パッと思い浮かぶのは一人。
いや、でもまさかね……。
追放されて以来、私はエーデルシュタインとは何の関係もないのだ。
……だけど。
「あ、おい! どこ行くんだよ!」
「ちょっと待っててください!」
アリエルさんにお願いして、お店を飛び出す。
まだ近くにいるかもしれない。エーデルシュタインの人なら、後ろ姿だけでも見つけられたら誰かわかると思う。
あの人ではないと思いたいけど……。
お店を出て、左右を見渡す。
行き交う人々。聞こえてくる雑踏。
ダメだ、いない。
もうどこかへ行ったようだった。
「おい、急にどうしたんだよ!」
「あ、いえ、すみません」
結局誰だったのか、不安だけが残る形になってしまった。
もしかしたら杞憂で終わるかもしれない。
とりあえず、アリエルさんが絡まれたという事実は頭に入れておかないと。
「あ! そういえばお金は!?」
「もう払った」
「え!? すみません、私の分まで」
「別にこのくらいは」
「払います!」
「いいって」
「ダメです! お金のことはきちんとしないと!」
ランチのお金を取り出して、アリエルさんに渡す。
「さ、行きましょう!」
「どこに」
「シラユキさんたちにお土産です!」
お屋敷を出るときとは反対に、今度は私がアリエルさんの手を引っ張るのだった。
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