104.アリエルとデート
「くっそ、あいつら……」
姉妹から逃げるようにお屋敷を飛び出したアリエルさんと私。
街へ向かいながら、アリエルさんはお屋敷を振り返って苦々しい顔をしていた。
けれど、もちろん心底嫌そうな顔ではない。そんなアリエルさんに思わず笑みが零れてしまう。
「あはは、やっぱり仲が良いですよね」
「別に、んなことはねぇよ」
「そうですか?」
「あぁ」
照れ隠しのつもりなのか、アリエルさんは歩く速度を上げた。
お屋敷からここまで私はアリエルさんに引っ張られてやって来たので、まだ手を引かれている。急に歩みを速めたから、ちょっとつんのめりそうになった。
ずんずんと進んでいくアリエルさんに尋ねる。
「あの、アリエルさん」
「あ?」
「これ、えっと、いつまで……」
「はぁ?」
どうやらアリエルさん本人はあまり意識をしていなかったらしい。
それだけ、からかってくる姉妹の前から逃げ出したかったのかも。
私に指摘をされて、私と繋がれたままになっている自身の手に視線を落とす。そして、はっと目を開いて乱暴に手を離した。
「馴れ馴れしくするんじゃねぇッ!」
「えぇ!? 繋いできたのはアリエルさんですよ!?」
「つ、繋いだわけじゃねぇよ! 勘違いすんな!」
「すみません……」
え、なんで私が謝ることになってるの……?
若干、腑に落ちないと思いながらも、アリエルさんの速度に合わせて隣に並ぶ。
「でも、デートっぽかったですよね!」
「はぁ!? これは別にでっ、デートじゃないだろ! ふざけんな!」
「あはは、冗談ですよ」
「くそっ……全部シラユキのせいだ……」
たしかにデートを言い出したのもシラユキさん。アリエルさんの可愛い格好もシラユキさん。アリエルさんがシラユキさんのせいと言うのもうなずけた。
私にとしては、シラユキさんも言っていた通り「せい」ではなく「おかげ」だけど。
シラユキさんのおかげで、アリエルさんの違う一面を見ることができているし、親睦を深めるチャンスを得たのである。
歩くこと少し。
住宅エリアから大通りに面した地域が見えてきて、人々の活気もより一層賑やかなものになった。
「アリエルさん、どうしましょうか」
「て言われてもな……」
どうしたものか、とアリエルさんは周りのお店を見渡す。
王都の大通りということで色々なお店が所狭しと立ち並んでいるので、基本的には何でも揃うだろう。
「剣とか見に行ってみます?」
「剣?」
「はい、前に新しいものを、という話をしたので」
「あぁ、そういやそうだったな」
「嫌でしたら、その格好をアポロンの皆さんに披露しに行きますか?」
お父さんのサンズさんや幼い頃からの付き合いがあるカタリナさんも、アリエルさんの可愛い姿はあまり見たことがないかもしれない。姉妹である三人もあれだけ驚いていたのだ。
それだけに喜んでくれそうだけど……。
「ふざけんな! 死んでもお断りだ!」
「あ、待ってくださいよ!」
顔を紅潮させてアリエルさんが断固拒否したので、とりあえずは剣や防具といった依頼に使うものを見に行くことになった。
アリエルさんに連れられてやって来たのは、
「ここって……」
「あ? 武器屋だろ?」
大通りの中心部に位置する、武器と防具に加えて鍛冶屋も一体となった大規模なお店だった。冒険者ならば誰もが知っているような有名店で、何を隠そうアポロンのファミリアの一つである。
とはいえ、アポロンの関係者専用というわけでは決してなく、基本的には誰でも入店できるし、売買を行うことが可能である。
多少、ギルドのメンバーは贔屓をしてもらえるかもしれないけど。
ちなみに、私が元々いたギルドはアポロンに異様なまでの対抗心を燃やしていたので、このお店を含めるアポロン関係のお店は使用禁止だった。
だから前々から興味はあったけど、外から見るだけで実際に中に入るのはこれが初めてである。
アリエルさんにとっては幼いころから当たり前のように使ってきたお店なのだろう。
しかし私は初めてなので、感動と興奮が入り混じっていた。
「行くぞ」とアリエルさんに言われて、大勢のお客さんで賑わっている店内に踏み入れる。
数多くの武器がジャンルごとに綺麗に分けられており、思わず「おぉ!」と感嘆の息が零れてしまう。当然、他の武器屋さんに比べて段違いの品数であり、どれも一級品ばかりそろっている。
「こっちだ」
「あ、待ってくださいアリエルさん」
慣れた様子で迷うことなく、アリエルさんは剣が並べられているエリアへ向かった。
やはりというべきか、剣だけではないけどその武器も見ただけで一流の鍛冶職人が作ったのもだとわかるものばかり。
「お? その顔は新しいファミリアのマスター様じゃねぇか?」
「え、はい、そうですけど……」
声をかけられ顔を向けると、日焼けをした肌が特徴的な大柄な40代くらいのおじさんが笑顔でこちらにやって来た。
え、誰だろう。見たことない。
「俺はカイル。ここのマスターをしている」
「そうでしたか。クロエです、よろしくお願いします」
「おうよ。こっちもよろしくな」
ニカッと笑みを浮かべるカイルさん。めっちゃ歯が白い。
アポロンにファミリアとして認められて、こんなに大きなお店を構えているのだからすごい人なのは間違いないだろう。今後、お世話になることがありそうだ。
カイルさんは笑顔を崩さないままで私の隣で剣を見ているアリエルさんに視線を向ける。
「ん? そっちの随分と可愛いお連れさんは――」
と、アリエルさんを見て、カイルさんの表情が固まった。そしてすぐに驚愕に変わる。
「——あ、アリエル様!?」
「あぁん? お、カイルじゃねぇか。元気そうだな」
「はい、おかげさまで……」
アリエルさんの言葉に返しつつも、カイルさんは動揺を隠せないでいた。
誰が見てもアリエルさんの今の可愛らしい格好は信じられないらしい。きっと昔からの付き合いがある人ほど衝撃も大きいのだろう。
そんなカイルさんの様子にアリエルさんが怪訝そうに眉を寄せる。
「どうした?」
「い、いえ。とても可愛らしい格好をしていらっしゃるなと……」
指摘されて、アリエルさんははっと肩を揺らした。
どうやら剣を見るのに夢中になっていて、シラユキさんプロデュースの服を着ていることを忘れていたらしい。
「か、勘違いすんなよ! これはシラユキが勝手に」
「なるほど、シラユキ様が」
「オレは別にいらねぇって言ったのに無理やりな」
アリエルさんの説明に納得するカイルさん。
だけど、すぐに別の疑問が浮かんだらしく、「でも二人で出かけててシラユキ様が服を貸したということは……」と小さな声でつぶやいて、私とアリエルさんを見比べる。
カイルさんははっとして目を見開いた。
「も、もしかしてお二人はそういう!?」
「え?」
何を言っているのかわからず首をかしげる。
隣にいるアリエルさんも理解できていないみたいで、私と同じく不思議そうにしていた。
「失礼かもしれないですけど……お二人はその、なんていうか特別な深い仲……だったり?」
「違います!」「違う!」
私とアリエルさんの声が重なる。
カイルさんはとんでもない誤解をしていた。特別な深い仲というのは要するに恋人ということだろう。誤解も誤解である。
いや、まぁ、たしかにアリエルさんが滅多に着ないような可愛い服を着ているから勘違いをしてしまう状況だったのかもしれないけど。
それは私が生徒に手を出した指導役になるのでやめていただきたい。
「なんでオレがこんな奴とそんな! あり得ねぇだろ!」
「おめかしをしていらっしゃるので、てっきり……」
「それはシラユキのせいだって言っただろうが!」
「ですが、休日に二人でお出かけを」
「偶然だ! とにかく、オレとこいつはお前の言うような関係じゃない!」
アリエルさんの言葉に、私は隣で「うんうん」と何度もうなずく。
首が取れてしまうんじゃないかというくらい、今まで一番高速で首を縦に振っていた。
「もういいからどっかいけよ!」
「あ、そうですよね! お邪魔ですもんね!」
「だから、そういうんじゃねぇって!」
「ごゆっくり~」
カイルさんはアリエルさんに会釈をして、私にはひらひらと手を振ってどこかへ行った。
「えっと、アリエルさん」
「あぁん?」
「剣、見ましょうか……?」
「……おう」
お出かけはまだ始まったばかりなのに、私もアリエルさんもどっと疲労感が押し寄せていた。