ひと葉
十年前、ひと葉はまだ両親の巣穴で暮らしていた。
ひと葉も両親からしつこい程に人間には近づくな!
近付いたら人間に殺され皮を剥がれ置物にされる。と教えられていた。
しかし…
十年程の昔の夏祭り…
虫が夏の夜の灯りに呼び込まれる様に里山から眺める夏祭りの喧騒がひと葉を惹きつける。
一目だけでも、ほんのひと時だけでも、あの喧騒に身を置いてみたい。
そんな…衝動に駆られたひと葉は、両親の目を盗み
里へと駆け下りた。
まだ…村は開発の手もさほど入っておらず。
里山から動物が降りて来ることなど滅多になかった時代…
昔から春夏秋冬の節句の時と祭りの時には隠と陽がない交ぜになる。
それは…山の端に陽が沈み
夜の帳が下り始める頃…そう…逢魔が刻その時に限り
狐は人間に化ける事が出来る。
ひと葉は一枚の葉っぱを頭に乗せクルンとバク転をした。
そのひと葉の化けた人間の姿は、美しい少女の姿に化けていた。
化けていたと言っても
年を経た狐ならば老婆にも老爺にも化ける事が出来る。
まして…狐は霊格が高い。
コックリとは狐狗狸と書く…その順で霊格が高い。
しかし、ひと葉はまだ…子狐…幾ら霊格が高くても
少女に化ける事が精一杯だった。
少女に化けたひと葉は、そろり、そろりと鎮守様の裏手に回った。
「鎮守様…少しの間たけお祭りに参加させて下さい。」
と、小声でお願いをした。
暫くの間出店に入れ替わり立ち代わり屯する人間の表情を眺め…
それを照らし出す出店の灯りに気を取られていた。
不意に鎮守様の横手から
「其処は暗くないかい?」と声を掛けられた。
鎮守様の裏手にいたひと葉は、鎮守様の横手からの声に驚き振り向いた。
「に…人間!」
思わず声を上げたひと葉に…その声の主は
「そんなに驚く事も無かろう。」と、優しく語り掛けた。




