真夏の夜の夢
小さな…それは小さな…お社に
何者かが供物を供えにやって来る。
今は村人にも忘れられ
いずれ、消えゆく弱き神と幼き子狐…
その子狐を突き動かす優しい青年との
それは…それは…
小さな…小さな…奇跡の物語。
村の外れの小さな、お社。
その社は村の人に忘れさられかけた小さな、お社。
祀られる機会が減れば減るほど祀られている神の力は弱まるもの
その、忘れ去られた社に、毎夜、毎夜、何がしかの、お供へ物が置かれる様になった。
神様、いや…小さな社に住まう神など
精霊か?付喪神のたわいもない神である。
下手をすると神無月に、出雲大社に出向く事もないほどの力の弱い神である。
そんな…弱き神が人間に忘れ去られれば
いずれ…消え去る運命にある。
そんな弱き神に、供え物など誰が置いていくのか?
確かめたくなった神様は
暫く眼を凝らし、其奴を確かめようと思った。
社に住まう神は昼は静かに眠り、人の気配に目を覚ます。
いわゆる、柏手を打つ行為は神を目覚めさせる行為であり
その前後に二礼するのは神への畏敬の表れである。
それは、小さな社においても同じ事である。
しかし…供へ物は柏手を打たれる事なくいつの間にか置かれている。
さては…知られてはいけない頼み事のたぐいか?
はたまた呪いのたぐいか?
いやいや!
身内の誰かの病気を治してくださいとの平癒の祈願か?
いずれにしても
その様なモノはお門違いである。
神が為す奇跡など、神の領分というものがあり。
小さな社に住まう神などに、大層な奇跡など起こせる筈もない。
こりゃ一つ昼間も寝ずに其奴を確かめねば…なるまい。
神は昼も眠らずに意識を社の外に向けていた。
しかし…一向に其奴は現れない。
あろう事か、いつの間にか供へ物は置かれている。
神は首を傾げた。
一体どんな奴が神の眼を眩まして供へ物を置いていくのか?
初めの頃は、三日に一度の間隔だったのが今は
三日とあけずにやって来る。
神も多少意地になり、これは根比べじゃのうと決心した。
まさに、その時、社の前に、芋を咥えた子狐があらわれた。
夏祭りの夜…
小さな村でも、鎮守様で祇園祭りが開かれる。
人の世では、村の安全と無病息災を祈願して村人総出で祝う。
炎天下の中、神輿を担いだり山車を引き焼け付いた肌を冷ます様に境内の夜店へと人は繰り出す。
夜店は村の一画に突如として煌びやかな空間を生み出す。
「ねえ…母さま…あの眩い光はなあに?」
「息子や…アレは人間のお祭りと言うものだよ。
だけどね…決して人間には近づいてはいけませんよ。
人間は身勝手で独りよがりで、私達山の生き物を嫌うの。
そして、自然を壊しても平気な顔して
自分の都合のいい時にだけ、あの様に村の鎮守様や氏神様をあんな光で包み込んで勝手な願いをするの…
だから山の虫たちは、あの光に誘われて行ってしまうから私達の食べ物の小さな動物も村へ降りて行くのよ。
「母さま。それで今夜はこんな人間の近くにまでやってきたんだね。」
「息子や…母さまはね…死んでしまう前に、あなたに如何に人間が私達狐にとって恐ろしい生き物か教えておかなければいけないの。
だから…人間という生き物の匂いを教えにきたの。
ほら…ようく覚えておくのよ…この人間の匂いを嗅ぎつけたら、一目散に逃げるのよ。さもないと…」
「さもないと…食べられちゃうの?」
「それが違うのよ。食べられるなら諦めもつくわ
人間は身勝手だから、食べもしない生き物を平気で殺すのよ。」
「母さま…怖い。」
「そうよ…人間は怖いのよ。
ようく覚えておきなさい。」
子狐は軽く身震いをして母狐に
「わかったよ母さま…」と答えた。
その夜…狐親子は巣穴に敷き詰められた青草の寝床の上で
「息子や…今夜の祭りの喧騒は一夜限り…
あなたの見たあの祭りの煌めきは真夏の夜の夢の一部なの
人間も怖いけど幼い貴方にはこれから迎える厳しい冬への蓄えをしなくちゃいけないの…
だから山の秋はあなたが生き残る為に色んな恵みをくれるわ。
だけど…呉々も人間の里へは降りてはいけませんよ!」
「母さまわかったってば…」
その夜…狐の親子は静かに眠りました。




