2010年盆休・伊勢参り
今年の盆休も5日間しかなかった。9月で政府のエコカー補助金が終了する。俺も会社も10月からの販売が不安だ。12日を出勤にしようと会社側が画策していたようだが、うやむやになってくれて助かった。盆休がたったの4日間じゃ何もできない。俺の店の道路を挟んだ対面のホンダなんか盆休返上とのこと、悲惨なことこの上ない。まぁ5日間でもあるだけありがたい。
今年は定宿の加茂川荘が使えない。会社がMB健康保険組合を脱退したので割引が利かなくなってしまった。一般と変わらないなら、ネットで宿を探した方が京都から遠出する必要もなく現地で泊まれて都合が良い。予約した宿は伊勢市二見町の民宿「やまと」。距離は小倉から700キロ、けっぷが出るほど遠い。
出発前、忘れ物を取りに再度家の中に入るため、デリカのエンジンを止めてキーを抜いた。デリカの調子は休み前にちゃんと見たつもりだったのに、さぁやっと出発だとキーを捻ってもうんうん唸るだけで一向にエンジンが掛からない。この大事なときに無情にもバッテリー上がり?
今更、明日オートバックスが開くまで待ってバッテリー交換して出るつもりはない。伊勢までだ、チェックインに間に合わないことも考えられる。ここはもう方法は一つ、EKで行くしかない。嫁が俺にぶつくさ文句言ってきたが、行けないよりましだ。初めての軽での遠出、さて良い想い出は作れるだろうか。
伊勢市二見には昼頃着いた。チェックインの前に民宿ヤマトの場所だけ確かめる。二見浦駅の正に真ん前だった。嫁は宿の豪華な夕食を期待しているようだ。
「私今日はお昼食べないよ」とか言うもので、高速のSAには寄らなかった。俺は、二見浦駅に暫し停車して、トイレに行ったりEKのワンセグで大奥をみたりしてチェックインまでどうするか考えていた。
「お昼ご飯はどうすると?」と唐突に嫁。
「何言よるか。お前、晩飯が入らんけん何も食わんち言うたやねぇか?」
「私はタコ焼きとか焼きそばのごたるとば食べんって言うたとよ。お昼ご飯食べん訳ないやない」
「ぽけかお前。食うなら食うちはっきり言わんか?」
「ばってこの辺は田舎のごたるけんまともな食い物屋はねぇぞ」
「コンビニならあるやろ。私コンビニの弁当でいいよ」
俺は入ってきた道を左折して前進した。ファミマの看板があった。各々好きな弁当を手に取る。俺は体重を抑えねばならなかったので四個入りのサラダ巻きで我慢だ。
今度の旅行、俺はデリカのバッテリー上がりのごたごたで重大な忘れ物をしていた。体重計だ。これがないとどのくらい食っていいものか分からない。2年間の経験による感に頼るしかない。家に帰って体重計に乗って56キロを越えていたら悲劇だ。数日絶食するしかない。
ここから二見の有名な観光地、夫婦岩まで直ぐのようだ。そこで弁当を食おう。夫婦岩は二見興玉神社の境内の海岸にある。鳥居前の門前町には三軒の土産物屋があって赤福餅も売っていた。食品衛生法違反の偽装で名が売れた赤福餅だが、俺ら家族は伊勢名物・赤福餅を全く知らなかった。テレビでこのニュースが流れる度に、一度伊勢に行って赤福餅を食べてみたいなと思ったことも、今回旅行先に伊勢を選んだ理由の一つだ。
チェックインまでまだ時間があった。
――そうや、確か来る途中に戦国村とかいう看板があったな。
夫婦岩から宿に向かわずに伊勢自動車道の方向に出た。料金所の直前を右折したら…あった、戦国村だ。何でも安土城も再現しているとのこと。雨が本降りになってきた。
「ちゃん(息子のこと)、ちょっと走って行って入るんにいくら掛かるか見てこいや」
戦国村は小高い丘になっていた。手前の道路に停めて俺はちゃんに指図する。もし、坂を登って料金が高いのがわかってUターンしたら笑いものだ。
戻ってきたちゃんが、「父ちゃん大人5800円ばい」
「うへっ、ハウステンボス並やねぇか。止めや。二見駅に戻って4時になるまで待っとこ」
民宿「ヤマト」はお世辞にも綺麗とは言えない。予算が一人8000円だ。妥当だろうが、同じ8000円でも、今まで二度泊まった都井岬観光ホテルは良かった。部屋も風呂もバイキング形式の夕食も申し分なかった。この前ちゃんがふと、「父ちゃんまた都井岬観光ホテルに行ってみたいね」と言ったのも頷ける。
案内された部屋は角部屋だ。部屋にはエアコンはちゃんと効いていたが、何とも言えない臭気が篭っていた。別に我慢できないほどではなかったが。俺はエアコンが効いているにもかかわらず二辺の窓を開け放つ。左手の窓からは二見駅、右手の窓からはさっき弁当を仕入れに走った道路周辺が見渡せる。真下に目を遣れば生活臭漂う洗濯機、ああ民宿なんだなぁと気付かされる。
遠くに来ると開放感で一杯になる。家族三人、エアコンの効いた快適な部屋で暫し惰眠を貪る。今年の夏は記録的な猛暑だ。雨天の湿気と汗で気持ち悪い。俺ら家族には珍しく、夕食前にひとっ風呂浴びることにしたが、俺には一つ目的があった。風呂場に行けばデジタル式の体重計くらいは置いてあるだろう。晩飯前にどれくらい食えるか知っておく必要がある。
風呂場には一応、ナフコで2000円くらいで売っている体重計があるにはあった。ボタンを押したら数字が勝手にどんどん上がって行く。
――なんじゃこら。使い物にならんやねぇか。
一通り弄ってみたがどうしようもなく、諦めた。
夕食は部屋食だ。民宿にしては珍しい。嫁は、ネットの伊勢海老尽くしコースの写真を見て、通常コースの料理にも伊勢海老が出るものと都合よい解釈をしていた。たった8000円で伊勢海老まで出るか、バーカ!
夕食のメニューは刺身三切れ、焼き魚、野菜鍋、まぁ妥当だろう。腹一杯食えなくなった俺にはどんな豪華な料理が出ても感動も糞もない。
俺ら家族の旅の朝の目覚めは早い。7時には起きて朝食に向かう。昨日は分からなかったが、一堂に集まるとこんなに宿泊者が居たのかと思い知る。座敷では足りず、急遽一段下の板張りにも配膳されていた。
宿の主人が愛想良く話し掛けてくる。
「今日はどちらにお出かけですか?」
「やっばり伊勢に来たからには伊勢神宮です」
「そうですか。人が多いと思いますが楽しんで来て下さい」
昨日とは打って変わって快晴だ。朝から強烈な陽射しで汗が吹き出す。まぁこれも俺には好都合だ。体重が分からない分、汗を掻き捲れば体重が落ちる。
伊勢神宮というのはあくまでも内宮・外宮を中心としてこの地方に蝟集した末社・摂社を合わせた総称だ。何かの案内に、みんな内宮を参詣しただけで伊勢神宮に来た気になっていると皮肉っていたが、俺らが伊勢に行くのは参拝より大きな目的がある。おはらい通りとおかげ通りの散策なのだから、勿論外宮にはお参りしない。
神宮手前には広大な駐車場。朝早かったので空きはいっぱいあった。まだ先にも駐車場がありそうな気がしたが、どうせ門前町を通るのだ、ゆっくり歩いて伊勢を目に焼き付けたい。
おはらい通りに入ってすぐ眼前に現れたのは赤福本店だ。店先を覗いたら奥の壁際には堆く積み上げられた赤福餅。カウンターを前にした、良く教育された店員のお姉さんの愛くるしい笑顔につい、「買って行こうか?」
すかさず嫁が、「この暑さで持ち歩いたらすぐ腐ってしまうよ。帰りでいいよ」
赤福本店の辻から右手におかげ通りが延びている。本店の真向かいには姉妹店の赤福氷。この暑さに客が押し寄せ立錐の余地もないくらいの大繁盛。元来天の邪鬼の俺ら家族、赤福氷は涼しい顔で素通りだ。
おかげ通りは路地奥まで店が犇めく。何と芝居小屋まであった。ずらっと並んだご当地の旨い物に目は輝くが、体重と相談せねばならない俺には目に毒だ。家族も俺に付き合って、あれ食べたいこれ食べたいと言わないでくれるのが不憫だ。ただ一言申し訳ない。
おはらい通りに再び戻った。容赦なく照り付ける太陽にとめどもなく汗が吹き出す。拭き取るタオルも湿りだす。以前は暑さをなるべく避けて日陰を好んだが、今は陽射しをもろに受けて喜んでいる俺がいる。
――こんだけ汗掻けばかき氷くらい食ったって流れてしまうだろう。
通りには純氷とバラ氷のかき氷があったが、こんだけ暑けりゃ関係ない。どんな氷でも美味以外の何物でもない。