2010年ゴールデンウイーク・京都奈良旅行
今年のゴールデンウィークも遠出することにした。宿は常宿の京都加茂川荘だ。この宿はMB健康保険組合の保養所だったが、去年一般に売却されて四季リゾーツに変わった。予約は宿泊日のちょうど二ヶ月前に受け付ける。3月1日は休みだったので、9時前に電話の前に待機して、9時ぴったしに予約センターに電話したが、よほど予約が殺到しているのだろうか、このままお待ち下さいのコールの連続で全く繋がる気配がない。一時間以上掛け続け、この一回だけと念じて掛けた電話が奇跡的に繋がった。
予約はできたが、なんと宿代は前金で払って下さいとのこと。チェックインのとき健康保険証を示せば一定額返金してくれるとは言うが。仕方なく予約確認書を送ってきた翌日に銀行に振り込んだ。バソコンで色々検索してみたんだが、これという宿がなかった。やっぱり慣れた宿の方がいい。
最近のこの会社はケチだ。休みは今年も5日しかない。昔は8連休というときもあったのに、あっという間に終わってしまいそうだ。いつものことだが、連休に入る前日は飛び上がりそうに嬉しいが、終わった翌日の脱力感・倦怠感はどうしようもなく深い。
最初は京都までくらいなら燃費のいい軽でも十分だと考えていた。しかし、千円高速の最後の連休だから、激しい渋滞が予測されるとテレビで煽るもので、万全を期してデリカで行くことにした。渋滞に巻き込まれないようにするには真夜中に走るしかない。必然的に嫁と交代で運転しながら寝ることにした。
晩飯を風風ラーメンで済まして、夜10時に小倉を出た。前々日に行きつけの上田自動車でファンベルトを締めたので、気になるベルト泣きもなく快調に走り続けたが、山口県を走っている途中、猛烈な眠気に襲われた俺は、運転を嫁に代わって貰ってマットを敷いたリヤシートで睡眠をとる。
その後、広島で給油して再びハンドルを握った。でも仕事して帰ってきた後だ。やっぱり無理がある。時刻は午前2時、吉備サービスエリアでとうとうダウン。人の気も知らず息子と嫁は後ろで気持ち良く寝息を立てている。俺も息子の横に潜り込んだ。目が醒めたのは朝6時、まずい!渋滞に掛かってしまう。簡単に顔を洗って出発だ。
朝食は阪神高速のPAでとった。高槻辺りから凄い渋滞に嵌まったが、京都南まで約30分耐えるだけで済んだ。さて、何処に行こうか?
今回の旅の目的は奈良桜井市の古代倭の探訪だ。去年の盆にも来たが、要領を得ず中途半端に終わってしまっていた。
定番の嵐山散策で宿のチェックインの15時まで愉しもう。嵐山には9時前には着いた。この時間だったらいつもの駐車場も余裕で停められた。歩きながら嫁が竹林の道を歩きたいと言うので従う。ここで閃いた。どうせなら数年ぶりに嵯峨野トロッコ列車に乗ってみよう。
トロッコ嵐山駅はごった返していた。特に中国人の観光客が目立つ。中国人の観光客は九州の由布院も多いが、京都が違っているのは若いカップルが多いことだ。ホームで列車待ちしているとき、はっとするくらいの美人に俺の目は点になった。話している言語は中国語だ。今まで見た中国人で一番のかわいらしさだ。まさか中国にあんな美人がいるとは驚きだ。女優のツァン・チー並みだ。横にはちゃんと彼氏がついていたから新婚旅行かもしれない。
MB健康保険組合直営の加茂川荘が四季リゾーツに変わったのは、俺ら家族が去年の盆、宿泊した後だ。さて、どんなふうに変わったんだろう。
嵐山の駐車場に隣接する土産物屋で約1万円の土産の八ツ橋を買ったあと、予約の確認のため加茂川荘に電話する。車はまた宿から離れた所に停めるんだろうと覚悟していたが、MBの関係者は宿の中の駐車場に停めていいとのこと。
へぇ変わったやん!
宿の佇まいは全く変わってなかったが、フロントには見知らぬ人、従業員は入れ代わってしまったようだ。エントランスには、棚はそのまま残されていたが、いつも用意されていたコーヒーはなかった。淋しい。改めて経営母体が変わったんだなと実感させられる。
これも時代の流れか。部屋は禁煙になっていた。煙草は建物の一角の麻雀ルールでしか吸えない。まぁ仕方ないだろう。もう一部の団体のための宿じゃない。部屋が煙草臭くなって嫌煙家に敬遠されるから。
去年の10月、しょうもない店長・木原が退職した。再就職する前に京都旅行をするから加茂川荘ってどんな宿かと訊かれた。このときはもう四季リゾーツにかわっていたか、帰った店長に感想を聞くと、「食事に萎びたようなパンが出た」とか言っていた。
食事の時間は19時にしてもらって、暫し家族で昼寝した。
さて、いよいよ夕食だ。メインはパスタ料理で、テーブルには簡易鉄板と牛肉が用意されている。主食はセルフサービスのパンだったが、病気でいつもパンしか食ってない俺には文句のつけようがない。別に萎びていない、美味いパンだった。
さて、今日は去年の盆以来の奈良行きだ。宿の朝食は味噌汁、焼き魚、味付け海苔に温泉卵。病気じゃなかったらお代わり2杯はできそうなのに残念だ。そんな俺を尻目に息子は3杯食っていた。
ナビのルート検索では、京都南インターから近畿道を経由して阪奈南道に入るようになっている。ナビの指示通りに車を走らせながら、飛び込むべきガソリンスタンドを物色していた。そして、目に入ったのがコスモのスタンドだ。小倉では家の傍のコスモのスタンドを行きつけにしているし会員カードも持っている。
入ってはみたものの、軽油の値段を見て、俺は目を疑う。リッター何と127円。燃料がじわじわと高くなっているとは聞いていたが、これ程とは…。小倉では112円くらいだったから15円も高い。まるでガソリンの値段だ。軽油の恩典が何もない。まぁこれが京都の相場だったら仕方ない。
京都南インターの手前で最後のガソリンスタンドという看板が眼に入った。
『ぁあ112円!何か、京都だけ特別に高ぇ訳やなかったんか…』と俺は絶句した。と同時に無性に腹がたった。今から念願の奈良に行けるという愉しい気分が吹っ飛ぶ。こんなに気分を壊すなら見なければよかった。と言っても沿道にはスタンドは腐るほどある。自然と値段が目に入る。見ないという方が無理だ。
俺は携帯を手にして、さきほど貰ったレシートの電話番号を押す。
「さっき燃料入れた北九州ナンバーの者やが、127円ちゃ出鱈目やないか。高速の手前のスタンドは112円やったで。半径500メートル以内で常識で考えても15円も高いちゃ考えられんで」
俺は怒りで声が上擦る。
「お客さんが言われるスタンドは特に安くて有名な所です。京都ではだいたい平均で120円くらいですけ」
――何かそれでも7円高ぇやねぇか。
「俺もコスモのカード持っとるけち入ったけど、無茶期待外れじゃ。小倉のスタンドでも112円じゃ。ぼったくりじゃ」
腹の虫が収まらない。
「うちは本社の指示てやっておりますんで…」
「まぁええわ。あんまり頭きたもんで文句言わしてもろうただけや」と俺は電話を叩き切った。
かりかりする俺を嫁と息子が宥めてくれる。
渋滞に掛かることなく橿原市に着いた。ここから明日香村までは直ぐだ。俺は高松塚古墳に行くつもりだった。教科書に載った有名処では高松塚古墳だけまだ行ったことがない。古墳は国営明日香歴史公園内にある。
さすが連休中だ。人が多い。今、高松塚古墳は墳丘が再現されて観光客が想像力を掻き立て易いようになっている。お目当ての極彩色壁画の模写は壁画館で入場料を払って見ることができる。
俺は思う。日本全国、合併で地方自治体としての町や村が無くなっているが、この明日香村だけは頑として自治体としての村だ。国もここに補助金落とさないでどこに落とすのかというくらい重要な村だ。誰でもここに移住したいと思っているんじゃないか。
この飛鳥は日本と呼ばれるようになった初めての日ノ本の中心地だ。京都なんか目じゃない。遺跡・史料は腐るほどあるし埋蔵文化財の宝庫だ。訪れる観光客の落とす金だけでも村が成り立っていくんじゃないか。
昼過ぎ、今回の最大の目的地・万葉の里、桜井市に向かった。ここは倭の発祥の地だ。御陵、古墳が集中している。悲しいかな、天皇陵では観光客は呼べない。紀記に御陵と比定されたら全て宮内庁管轄になってしまい、立ち入り禁止だ。俺のような物好きじゃなけりゃ訪れない。
明日香村にある高松塚古墳やキトラ古墳は発掘して自由に学術研究ができる。副葬品も人々の興味をそそる物ばかりだ。対して、巻向遺跡の初期前方後円墳は華やかな副葬品はほとんど発掘されていないし、被葬者の石棺さえ定かじゃない。これが古墳と言われなければたんなる雑木林だ。
桜井市にはそうめんの有名処がある。嫁が行きたいというので立ち寄った。ここは本社の社屋で、そうめん専門の食堂をやっている訳ではない。だから、客として通された部屋は事務所のよう造りだった。
さすがに300年の伝統を誇る手のべそうめん山本だ。連休中でもありロビーは人で溢れていた。何と1時間待ちとのこと。ここで嫁が恥ずかしい失態を犯してしまう。
どこの繁盛店でもお客を捌くために名前を書かせて順番がきたら呼ぶだろう。社員のお客への案内が不十分だったせいもあろうが、順番がきて横から入りこんできた人を嫁が割り込みと勘違いして、「割り込まないで下さい。みんな並んで待ってるんですよ」とやってしまった。咎められた人は狐につままれた気分だったろうが、訳解らず周りの人に誤っていた。
俺は慌てて勘違いですからと頭を下げる。その人がお金を払っていたので俺には順番が来たんだなと解ったが、嫁には無理だったようだ。顔から火がでるくらい恥ずかしく、俺は家族を連れて一旦外に出た。
お前馬鹿か!と怒り上げたら嫁も抗う。とにかく嫁によく言い聞かせて、煙草を一服してほとぼりを冷ましたあと、再び店に入った。出てきた三輪そうめんの細さには仰天した。そして美味だった。1200円にしては量が少なかったが満足だ。
よっしゃ〜、腹も満たしたことだし、目指すは前回やり過ごしてしまった箸墓古墳じゃ。ナビの地図で確認すると道路が二股になった所から右折だ。道は田舎の村道的な感じだった。右手に保育所、左方に御陵らしき鳥居。そこに伸びる未舗装の杣道。
俺らは車を降りて歩いた。ここが倭亦亦日百襲姫が眠ると記紀に比定されて、大王ではないのに宮内庁管理になった箸墓古墳だ。この古墳が前方後円墳がどうかは周りから見ても全然わからない。 遥々ここまでやって来た記念にちゃんに写真を二枚撮って貰った。