2011・12年末年始・香川でホームレスⅠ
30日、俺ら家族は高松に行く準備を整えて家を出、まず門司港レトロへ。今日はここ二ヶ月休日の度に昼飯の行き付けにしていた昔ながらの喫茶店・アンカーの最後の日だったから、ちゃん(息子)も連れて行きたかった。
正午ちょっと前に行ったが、徐々に席が埋まっていった。俺はいつものように、映画「この胸いっぱいの愛を」で伊藤英明が座った窓際の席を取った。定食ができるまでいつもより時間が掛かっているようだ。窓越しの風景を愛でながら物思いに耽る。
やっぱり、男は身長180センチ以上なければ物語の主人公にはなり得ない。ネットで調べたが、日韓の俳優のほとんどは180ある。俺も障害者にならなければ180はあった筈だ。実際、弟は186ある。俺は事故に遭うまでずっと数センチ弟より背が高かったのだから。俺が駄目ならせめてちゃんには180超えて欲しかったが、どうも可能性は低そうだ。
さすがに今日で閉店ということでメニューが限られた。ハンバーグ定食は俺らの注文で終了。仕方なく、他の客はカレー類を頼んでいた。店を出て辺りをいつもの散策だ。年末休みに入っているせいだろう、いつもの平日より人手がある。
驛市場で小ぶりみかんとアーモンド3袋仕入れて、13時前に高松に向かっていざ出発!序盤はやっぱり眠たくなって、嫁に宮島SAまで運転して貰い、夕方6時には高松に着いた。燃料がぎりぎりで冷や汗ものだった。通常、エアコンを使わなかったら高松まで満タン1回で大丈夫だったので楽観していた。
義弟のフミオの嫁がインフルエンザで寝込み、静岡から帰郷してきた義妹のマユミも頭が痛いと部屋に籠っていたため、室内が散らかっていた。お袋さんは片付けてなくてすいませんねと俺に断り、スシローに食べに行きましょうと誘う。
「大由起さん車出せる?」とお袋さん。
いつも運転するフミオの嫁が寝込んでいるからなのだろうと思った俺は、「私ん車は乗り難いでしょう。イプサムで行きましょう」
お袋さんは足が悪い。ゴールデンウィークに耕三寺に行ったときはイプサムがなかったため俺の車を出したが、異常に車高の高いデリカの乗り降りに四苦八苦だった。小さい椅子を用意してフミオの嫁とうちの嫁が手を貸して何とかなった。たったそこまで行くのにこんな苦労はしたくない。
「イプサムはが仕事に乗って行ってるのよ」
大人4人と子供2人の6人だが、道交法では0・5人オーバーだ。この際目を瞑って欲しい。
「カローラはあるんでしょ?」
「それが事故で今代車借りててね」
「そんならその車で行きましょうや」
そう言えば、近頃小倉のうちの近くにもスシローができた。嫁と2人で食べても二千円掛からない。
店内は相変わらずの混雑だったが、待ち人数を店員がテキパキと捌いてくれるのでそう苦にならない。6人で1テーブルだ。俺は体重オーバーにならないように留意して食べ、食後の一服に外に出た。店に戻ると、ちゃんが食べ終わって席にじっとしておれない甥っ子と姪っこを遊んでやっている。俺も席に戻らず、嫁とお袋さんが食べ終わるまでソファーに座って携帯でブログを打つ。
「大由起ちゃん大変!」と嫁ばたばたと寄って来る。
「フミオ君があの車に6人乗ったら駄目って。タクシー使って帰って来なさいって」
――糞ボケ!俺ぁ無茶バツが悪ぃやねぇか。
お袋さんが、「病院に行くときいつも使う懇意にしてるタクシーがあるからそれ呼ぶよ」
「いや大丈夫っす。タクシーは勿体ないっす。もう道覚えましたけ俺が2往復しますけ」
――フミオの野郎、頭固ぇちゃ思とったばって、俺の面目丸潰れじゃ。仕方ねぇ。違反は違反や。ばってあいつの言う通りにすんのはしゃくじゃ。2往復すりゃ問題ねぇやろ。ほんでもあいつぁ同じ男としちゃ融通の利かねぇくそ面白ねぇ奴や。
俺は一応あいつの兄貴だ。俺の面目も潰したし、言うなれば俺は遠路遥々やってきた客だ、さすがにこれ以上は追及すまいと思っていた俺は甘かった。
最初にちゃんと甥っ子、姪っ子を送った。店に戻って、まだフミオの嫁とマユミへの持ち帰りの寿司が出来終わっておらずちょっと待った。車窓から去年初めて入ってみたネットカフェが見える。
俺は嫁に言ったつもりで、「俺ぁ帰ったらちょっとネットカフェに行くけ」
玄関ドアを開けたらフミオが分別臭いオヤジ顔でつかつかと寄ってきた。
「車会社に居る人がこんなことしていいんですか。もう二度としないで下さい」
俺は唖然とした。こいつの人間性は信じられない。普通、外戚の兄貴にこんな物言いができるものなのか?ただでさえ、慣れない嫁の実家ということで小さくならざるを得ない俺に対して。こいつには俺の立場などどうでもいいんだろう。ただ自分の溜飲さえ下がれば。
――おめぇは何様か!!
俺は憤然として、「そりゃ申し訳なかったのぉ。ほいでもそんだけ堂々と叱責されりゃもうここにゃおれんな」と居間に歩を進める。
「おら小倉に帰るぞ」
俺は嫁とちゃんに声を荒げた。
「何で急に帰るんか!」
ちゃんが怒ってバックをソファーに投げつける。嫁はいつもの通り癇癪爆発だ。
「何ね!今から帰れる訳ないやないね。いい加減にしぃよ」
俺は怒鳴り上げる。
「ここまで馬鹿されて居れる思うんか。俺の立場なかろうが!」
お袋さんが懸命に取り成す。
「私が連れて行ってくれるように頼んだのよ。大由起さんは悪くないのよ」
「あの車は借りた車たい。その車で何かあったらどうするんね」
――くそったれ!フミオん野郎。
「どうしようもないことちゃあろうもん。お袋さんな俺ん車が高過ぎて乗れめぇが」
俺は居間から大声で怒鳴って玄関の右横の夫婦の部屋前に立つフミオに詰め寄る。
「こらっ、いい大人がよぉ、年下に説教受けてよぉ、こんまま世話になれるか、ぁあ」
「小倉に帰るしかなかろうもん。違うんか」
俺がいくらやくざ言葉で啖呵切ろうが、フミオは引き下がらない。
口を尖らせて、「違反したんでしょう。注意して何が悪いんですか」
「ああ違反したわ。そいけん謝りよろうもん。スシローに電話してきただけじゃ足らんとか。そんだけで俺ぁ無茶バツが悪かったばって帰りは反省したつもりじゃ」
「タクシーで帰ってきたんでしょ」
「そげな馬鹿な金使えるか。俺が2往復したんじゃ。そいで十分じゃねぇんか。何で帰ってきて直ぐあげなこと言う必要があるんじゃ」
「行きは6人乗って行ったんでしょうもん」
「何べん同じこと言わせるんじゃ。帰り2往復して反省したち言よろうが」
「嫁が事故に逢って俺は神経質になっとるんです。そんなときに借りた車で定員オーバーされたら言わざるをえんでしょう」
俺はこの堅物野郎をうちくらしてやろうかと本気で思った。ぐっと顔を近づけて、「こらっ、おめぇ弟やろが。時と場合ば考えて言えっち言よるんじゃ。俺は言うなればこの家の部外者じゃ。いつも気ぃ使うとんじゃ」
俺はふと、そう言えばこれに似た台詞、昔この馬鹿に言うたことあるな。話しは長くなるが、嫁と結婚してもう17年になる。結婚当時、お袋さんは50代で何でも自分が仕切らないと気が済まず、私が私がと血気盛んだった。俺は元来いい加減な性格だったのでよく衝突した。1回目の衝突は、もう17歳になった息子の新生児1ヶ月検診を福岡の国立病院で受けたときだ。
俺は会社に息子の健康保険証を申請していたが、まだできてなかった。それが分かったとき、お袋さんは烈火の如く怒った。
「何いい加減なことしよんね。あんた父親としての自覚があるんね」
売り言葉に買い言葉、俺は直ぐに切れる。
「うっせぇばばぁ、俺ん息子じゃ。何しようと俺の勝手じゃ」
お袋さんは俺のパジェロミニに乗って帰ることを拒否し、タクシーでさっさと病院から大濠の自宅マンションに帰ってしまった。ベビーベッドは実家にしかない。戻るしかないが、俺は嫁と二人、息子を重たいベビーかごに寝せて福岡市内を彷徨うように実家のマンションに帰った。