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3 まだ信仰、していないの?

ッッゴーーーーン!!!!!(除夜の鐘の音)





「――俺は元々、人間だったんです」

「えっ!?」

 ネゥイールの言葉に、ラスティーヤは身を乗り出して目を剥いた。

「人間なのに、神になれたの?」

「ええ。……ああいえ、死後に、ですけどね」

 ネゥイールはゆっくりと頷く。


「俺が生きていたのは、もう千年以上も昔。この国が、まだ天水にのみを頼りにし、渇きに喘いでいた頃でした」

「あぁ、そんな頃もあったわね」

「俺は毎日神に祈りました。日夜雨乞いをし、そして、その願いは聞き届けられた。救いの雨です」

「ふぅん」

 胸の前で指を組み、きらきらした目で語るネゥイールに、ラスティーヤは少し意外な思いを抱きつつ、ほんの僅かに心を弾ませていた。……最近はあまりに信仰と縁がなくて、ちょっと忘れかけていたけれど、

「神に祈ってくれる人って、いるのね……」

「ええ、それはもう」

 ネゥイールが笑顔で頷いた。


「そのとき俺の雨乞いを聞き届けて下さった神様に、俺はお礼を言いたかった。――人間の身では神にまみえることなど出来ぬ。だから俺は神になりたかったのです」


 ネゥイールは力強く告げる。拳を握り、その言葉の節々には、これまでのんびりとしていた語り口にはない、決然とした意思が感じられた。



「ネゥイール様、参拝客がお見えです」

「お、そうか。駆け込み客だな? 全く」

 妖精が扉から顔を出すと、ネゥイールは笑顔で立ち上がった。ラスティーヤは膝に小鹿を乗せたまま、呆然とそれを見上げる。ずり落ちたサングラスをくいっと戻す。

「すみません、少し待っていてください」

「えっと、……分かったわ」

 ラスティーヤが頷くと、ネゥイールは足早に部屋を出ていった。


 ネゥイールを呼びに来た妖精が、にこっとラスティーヤに向かって微笑む。

「今、お茶をお持ちしますね!」

「ああ、そんな、気を遣わなくても良いのよ」

「いえいえ! せっかくのお客様ですから!」

 妖精は軽い足音を立てて走り去ってしまった。片手を出した体勢のまま、ラスティーヤは「教育が行き届いている……」と呟いた。


「どうぞ」

「ありがとう」

 妖精が運んできてくれたカップに手を伸ばしながら、ラスティーヤは妖精を見た。

「ねえ」

「はい!」

 話しかけると、妖精は笑顔で返事をしてくれる。……こんな、日付が変わる直前にいきなり押しかけてきた神にも優しいなんて、とラスティーヤは密かに感嘆した。

「……ここで働いていて、楽しい?」

「もちろんです!」

 妖精が満面の笑みで答えるので、ラスティーヤも思わず頬を緩めてしまう。

「ネゥイール様は毎日、どうすればもっと良い神になれるかと努力なさっています。その真心が人間の方々にも伝わるように、私たちはネゥイール様を沢山サポートしたいのです!」

 妖精はお盆を胸の前で抱きしめて、きらきらと輝く瞳で告げた。


「ネゥイール様は、憧れの女神様に顔向けできるような立派な神になるまでは彼女に会わないと心に決めておいでです。私たちはネゥイール様を早くその女神様に会わせて差し上げたいのですよ!」


「こら、勝手にぺらぺら喋るんじゃない」

 妖精が頬を染めつつ語り終えたところで、妖精の頭に軽めのげんこつが落ちた。ネゥイールは妖精の話が終わるまで、腕を組んでその後ろで待っていたのだ。お盆を頭に被りつつ振り返った妖精が、きゅっと体を縮める。

「ごめんなさい……」

「構わない。どうせもう知れ渡った話だ」

「私は知らなかったわ」

 サングラスを上げつつラスティーヤが呟くと、妖精は目を丸くして「よほど遠くからいらっしゃったのですね」と言った。


(え? 何? そんなに有名な話なの?)

 ここで『隣街から来た』とは何となく言えない。まるでハブられているみたいじゃないか。内心では結構焦りながら、ラスティーヤは当然のような顔をして頷く。

「ごほん。そ、そうね。結構ここまで来るのは難儀だったわ」

「それなら何故わざわざここまで?」

「う゛っ」

 ネゥイールに当然のことを突っ込まれ、ラスティーヤは悶絶した。「色々あってね」という雑な返事にネゥイールは眉を上げた。


「……知らなかった神にわざわざ知らせてしまったかと思うと、何だか気恥ずかしいものがありますね」

 ネゥイールは口元を隠しながら、僅かに頬を赤くする。その姿はやはり、よわい百とちょっとといった可愛らしいものである。

「ふふ、可愛いのね」

 ラスティーヤが子鹿を撫でながら呟くと、ネゥイールは目を逸らした。


「何よぉ、照れなくたって良いじゃない。おねーさんに話してみても良いのよ? ほらほら」

「嫌です、何で初対面の知らない神と恋バナなんてしなきゃいけないんですか」

 ネゥイールは指を鳴らし、ラスティーヤの膝の上の子鹿を消す。膝の上が寂しくなって、ラスティーヤは唇を尖らせた。



 ネゥイールは机の上のカップを手に取り、落ち着いた声で告げる。

「……人間だった頃、俺を救って下さった神様に会うのが、目標なんです」

 あ、結局語るんだ、とラスティーヤは思ったが、ここでそれを言わないだけの分別はわきまえていた。

「でも今の俺では、まだその神様に会うことなんて出来ません」

「何で? さっさと行っちゃえば良いじゃない。『あのときは助かりましたー』つって手土産の一つでも持っていけば、その神絶対喜ぶわよ」

 ラスティーヤはお茶を飲んで視線を戻す。ちょっと適当言い過ぎたかな、と顔色を窺って、ラスティーヤは頬を引きつらせた。


(あれま、苦々しい表情……いや……何だこの顔!?)

 ネゥイールはぎゅっと唇を噛み、ふるふると肩を震わせていた。

「……あなたは、あの方がどれほど素晴らしい神か分からないからそんなことが言えるんです」

「あ……はぁ……」

「畑はすっかり干上がり、川はもう涸れた。打つ手はもはやなし。そんなときにあの方は俺たちに手を差し伸べて下さったのです」

 ネゥイールはどん、と机に手をついて熱く語り出した。


「初めは、夢の中での神託でした。『神殿に来て、三日三晩祈りなさい。さすれば私が雨を降らせてやりましょう』とあの方はそう言って、俺は言われるがままに神殿へ赴き、必死に祈りを捧げた。そして祈りは聞き届けられ、もたらされた慈雨は俺たちを救いました」

「へーえ……」

 水を差すようだから言わないけれど、多分その神、大した神じゃないんだろうなぁ、とラスティーヤは遠い目をする。――三日三晩祈りを捧げろってことはつまり、雨を降らせるのにそれだけの信仰が必要だったってことである。

 神力が基本的に足りていないか、要領の悪い、それほど優秀でもない神なのだろう。ぶっちゃけ、ラスティーヤ自身もよく使った手だった。


「その神、今もまだいるの?」

 そんなしょぼい神なら、既にクビになっていてもおかしくない。もしかしたらもう解雇され、神界を渦巻く神力の流れになっているかもしれないだろう。

「はい」

 あっさり頷いたネゥイールに、ラスティーヤは「へぇ」と頷いた。自分の他にも、この時代を必死に生き抜いている神がいるのだろう。

(おっと、私はもうすぐ消えるんだった。アハハ。敗者敗者。ハハ……)


 脳内で乾いた笑いを漏らしていたラスティーヤは、ふと、自分の手が不透明になっていることに気がついた。

(ん?)

 さっきまで半透明だった手が、しっかりとした実体を伴って、はっきりと見えているのである。

(んん?)

 まじまじと自分の手を見つめるラスティーヤをよそに、ネゥイールは頬を染めて語り続ける。


「俺はあの方の姿を見、そして自分の口からこの感謝を告げたいが為に神になりました。でも、まだ。……まだ、俺は彼女に釣り合う神じゃありません。精進を重ね、あの方の前に出ても恥ずかしくない立派な神になったら、俺は初めてあの方の姿をこの目に収めようと思うのです」


(何だ、これ?)

 いつの間にか、ラスティーヤの体は神力に満ちていた。はち切れそうな程である。ちょっと前まではあんなにスッカラカンだったのに。

(うちの神殿に、誰か信徒が来た? いや、でも私がいない状態で祈りを捧げられても、私が神殿にいなきゃ私のところまで信仰は来ないし……)

 思わず裾を捲って足下を確認してみるが、足下までばっちり見えているのである。これは明らかに、どこかから信仰を向けられたことを意味していた。



 ネゥイールは胸に手を当て、苦笑交じりに呟く。

「――すぐそこの隣街・・にいるにもかかわらず会いに行かないなんておかしい、と、同期には散々言われました」

「なんですって?」

 ラスティーヤは思わず耳を疑い、身を乗り出した。ネゥイールはきょとんとした顔でラスティーヤを一瞬眺めると、それからへらりと相好を崩した。

「すみません、思わず熱くなってしまって」

「ああいや、その件に関してはどうでもいいのだけれど……。……隣街?」

「はい」

 ラスティーヤは咄嗟に近辺の地図を思い浮かべる。発展したこの国に街は数多くあれど、この街の周辺に『隣街』と言えるほどの街がそう多くあっただろうか。というか、ラスティーヤの管轄の街以外に、近隣の街はない気がするのだ。


「…………?」

 ラスティーヤは顎に手を当てたまま首を傾げる。

「……隣街? ほんとに?」

 恐る恐る念を押すと、ネゥイールは目を瞬いた。「ええ……はい」と頷いたネゥイールは、ラスティーヤを見つめて問うた。



「――――もしかして、ラスティーヤ様とお知り合いですか?」


 名を呼ばれた瞬間、ラスティーヤはぶわりと体の中から何か、熱い力が吹き出すのを感じた。これは……、信仰、か。

「ええ、まあ……知ってる、わね」

 ラスティーヤは盛大に動揺しながら頷いた。見えないだろうが、両足はガタガタである。

 凄まじい速さでビートを刻む足を手で押さえつけ、ラスティーヤは引きつった笑みを浮かべた。



(――言えない。絶対に言えない)

 ネゥイールが心酔している立派な女神とやらが実は自分で、その自分はろくに信仰も得られずノルマも達成できない底辺神だなんて、……言えない。

(私がラスティーヤだと、知られる訳にはいかない……!)

 あいにくラスティーヤは案外体面というものを気にする質である。それに、わざわざ神になってまであった憧れの女神がこんな有様だなんて、あまりに可哀想じゃないか。



 ネゥイールはやや不安げに眉をひそめた。

「あの、ラスティーヤ様には、このこと、」

「ええ、いいい、言わないわ」

 膝を押さえた手から、全身に振動が伝わる。マナーモードのごとく震え上がったラスティーヤは、このままではマズいと、おぼつかない足取りで腰を上げた。

「ふふん。ま、まだ、しばらくは精進あるのみって感じね。あと数百年は、会わない方が良いんじゃなくて? ……少なくとも、私を忘れるまでは、ね」

 震え声で格好よく決め台詞を吐くと、ラスティーヤはよろよろと応接室から出る。


「突然来て迷惑をかけたわね。付き合ってくれてありがとう。それじゃあ」

 ガクガクと両足を震わせながら、ラスティーヤは早口で告げた。ネゥイールは怪訝そうな顔だが、別に引き留めるつもりはないらしい。迷惑をかけたのは事実である。

「あ、そうだ。あなたのお名前は?」

 ネゥイールが悪意なく問うた。ラスティーヤはその場で小さく跳ね上がると、それからごほんと咳をする。

「な、名乗るほどのものではないわ」

「いやそういうの良いですから。一応、来客は記録を取っているんです」

 ばっさりと返され、ラスティーヤは項垂れた。


「ラ……いや、その、……えと、シェンナフォルタ。それが私の名前よ」

 かつて『そろそろ飽きたわ』と言って神を辞めていった友の名を上げる。ネゥイールは手に持っていた板に何やら指を滑らせ、「はい、ありがとうございました」と頷いた。



 神殿の出入口に差し掛かったところで、ラスティーヤは「お邪魔しました」と頭を下げる。

「シェンナフォルタさん……。もう会うことはないかも知れませんが、お話し出来て良かったです」

 ネゥイールは目を細めてそう呟く。一瞬誰に向かって喋っているのか分からなかったが、すぐにラスティーヤは平然と「私も楽しかったわ」と微笑んでみせた。





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