1 うわっ、私の信徒、少なすぎ……!?
大神様の誕生日。すなわち新年。ラスティーヤたち下っ端の神たちは、それぞれの神殿の運営を任され、いかに多くの信仰を得ることが出来るか切磋琢磨していた。
今のご時世、人間たちの信仰心も薄れ、明確なインセンティブがないと、人間は神に祈ろうともしない。そんな訳で、神たちは必死に神力を使って人間たちの願いを叶えなければならないのだ。
これがまた、なかなか大変なのである。
「ラスティーヤ様。此度の新年参りの趣向はいかがされますか」
「そうね……。従来通り、雨乞いの要請を優先していきましょう。目に見えやすいリターンが信仰のカギよ」
ラスティーヤが告げると、妖精は「でも……」と少し眉をひそめた。ラスティーヤは胸を張り、決然と言い放つ。
「固定信徒を大切にしていく方針は変えないことよ。新規の信徒を追い求めすぎては、固定信徒からの信頼を失うわ」
「なるほど……承知致しました!」
ぱたぱたと小さな羽を動かして飛んで行った妖精を見送り、ラスティーヤは重いため息をついた。
神になるべく、何やらもにゃもにゃした神力の塊から、死にものぐるいで具現化し、力を磨いてきた。努力の甲斐あって、こうして大神様に任命され、神殿を一つ任されてはいるが……。
「栄えすぎなのよ、この街」
肘掛にぐでっと寄りかかり、ラスティーヤは供物の果物に齧り付いた。膝に垂れてしまった果汁を布巾でちょちょいと拭いて、ラスティーヤは盛大なため息をつく。
さっきはかっこつけて「雨乞いを優先しましょう」なんて言ってしまったが、ぶっちゃけて言えば、ラスティーヤに出来るのはそれだけである。
ここは乾燥の激しい内陸の地。大神が、雨を降らせる技術「だけ」には定評のあるラスティーヤをここに任命したのも、当然の采配と言えた。
ラスティーヤの任命以後、雨乞いの精度が格段に上がり、農業が上手くいくようになった人間たちは、次に街づくりを手がけるようになる。治水技術の向上や衛生管理、安全に街を治めるための法整備。食料も潤沢。――その先に待つのは当然のごとく、人口の増加である。
ラスティーヤ一柱では賄いきれない人数にまで国民が膨れ上がったのを見て、大神は配置する神の数を増やす。ラスティーヤの管轄が減る。仕事がなくなる。初めはそれでちょうど良かった。
何が問題って、さっきも言った「治水技術の向上」。ここである。
川から水を引き、降った水を溜め、多少の気候のゆらぎにも耐えうる、安定した水の供給を手に入れた人間からの雨乞いは、見る見るうちに減っていった。
また別の問題としては、新規勢力の参入。これ、これである。
若くフレッシュな若い神たち。今どきの若い神々には、どうも神育成の為の様々なコースが用意されているらしく、みんなそこを出た優秀な神ばかりである。ラスティーヤが「自力で何とか具現化し、手探りで地道に神力を伸ばしてきた」なんて言ったら笑われてしまうレベルだ。忘年会で「どちらのコースの出ですか?」なんて言われた日には思わず泣いてしまった。
なおも発展を続ける人間。減る雨乞い。優秀な若手に侵食されてゆく管轄。
もはやラスティーヤに向けられる信仰などほとんどない。お賽銭も全然入らない。つまり給料は全然ない。神殿で働く妖精たちの給料は大神様から行っているから大丈夫だけど、ラスティーヤは結構古株の神だというのに、身の回りを世話させる妖精の一羽も雇えないのである。情けない。実に情けない。
そしてトドメの一撃が、百と数年前にラスティーヤの神殿の隣街に立てられた、もう一つの神殿である。
その神殿を任されたのが、これまた優秀でセンスに溢れた新人男神なのだ。家内安全、安全祈願から、合格祈願や縁結びまで何でもござれ。万能を謳う神で、隣街にその神殿が立てられて以来、ラスティーヤの信徒はめきめき取られまくりである。
そして何より腹立たしいのは、謳い文句の末尾に記された「雨乞いの相談もお受けしております」である。これは元祖雨乞い女神のラスティーヤに対する宣戦布告だろう、とラスティーヤは思っているが、正直言って歯が立たないのが実情だ。
晴れにするには雲を散らせばよいだけだけれど、雨となるとさじ加減が難しいのだ。どの程度の雨をどこに降らせればよいのか。ちょうどいい雲を作るのだって大変だ。
その点、隣街の神はめちゃくちゃ上手い。ラスティーヤとて認めたくはないが、素早い、ちょうどいい雨量、質が良いの三拍子揃った素晴らしい技術である。
全然勝てない。唯一の武器すら上回られて、ラスティーヤはこれ以上打つ手がなかった。
「やばい……ノルマ以上の信仰を得なきゃ、今年こそとうとうクビだわ……」
ラスティーヤは頭を抱えて呻く。こんな上司の姿を部下には見せられまい。妖精の前ではついついキリッとしてしまうが、正直、ラスティーヤの状態は年々悪くなっていた。
***
そして新年。新年参りは一週間に渡って催され、これらの日のうちに神に願い事をするのが、人間たちの慣習となっていた。
どこの神殿も、大勢の人間たちを捌くのにてんやわんやで大忙し、活気に溢れているはずだ。……はず、なのだ。
「来ませんねぇ」
「…………そうね」
妖精の姿を見ることの出来る人間はいても、神の姿は人には見えない。それでも神は人間の前に姿を現さない、つまり神殿から出てこないのが原則である。
……そんな原則などブチ破るほどに、ラスティーヤの神殿には人が来なかった。
「あっ来たわ! 来た来た!」
門のそばに人影を見つけ、ラスティーヤは妖精の肩をバンバン叩く。「やめてください」という声も耳に入らず、ラスティーヤは一応物陰に隠れ、ワクワクしながら参拝客を待った。
「……違いますよ、あれただの通行人ですよ」
玄関の隅で、目を輝かせてかがみ込んでいるラスティーヤに、妖精がため息混じりに告げた。
「えっウソ!」
がばっと頭を出すと、歩き去る人間の後ろ姿が目に入る。その手には、神殿を訪れた人間に配られる札。もう新年参りは済ませてしまったらしい。……隣街の神殿で。
「ッキィィイイイイ! なんでこの街に住んでるのに、みんなここじゃなくて隣に行くの!?」
ラスティーヤは拳を握って地団駄を踏んだ。妖精は肩を竦める。
「それほど、隣街の神殿の方が優れているということでしょう」
「一体、何が違うっていうのよ……」
ラスティーヤは歯ぎしりした。このままでは良くない。それは嫌なほど分かり切っていた。
***
そして迎えた最終日の夜。明日は大神様の元に赴いて、成果を報告しなければいけない。そこでノルマを越していないと、最悪の場合……クビだ。
要するに消滅。ただの神力の塊に戻され、神界にあるるつぼに入れられ、ぐるぐる混ぜられ、新たな神の材料となるのだ。
「そんなのは嫌っ!」
ラスティーヤはぶんぶんと首を横に振る。
大神様は優しい方だし理不尽なことは決してしないけど、規則には厳しい方である。年々状況が厳しくなっていく神殿業界を立て直すため、ノルマも達成出来ない神なんて雇ってる場合じゃないのだ。
「クビだわ……嫌……クビだなんて……ああ、助けて神様! ……って、私が神なんだった」
ラスティーヤが一柱でブツブツ呟いているところに、軽いノック音が響いた。
ぱたぱたと入ってきた妖精が、いやに神妙な面持ちでラスティーヤを見る。ラスティーヤは思わず耳を塞いでしまった。
「失礼致します。ラスティーヤ様、報告に上がりまし」
「嫌っ! やめて!」
「えっ」
「……ごめんなさい、取り乱したわ。どうぞ続けて頂戴」
ガタガタと震えながら、ラスティーヤは妖精の言葉を待った。このタイミングでの報告とは、つまり、今年の新年参りの成果である。
妖精は躊躇いながらも、書類を見下ろし口を開いた。
「――今年の新年参りに訪れた人間の数は21人。賽銭は小銅貨50枚分。雨乞いの要請はゼロ。得られた信仰は、……その、」
「良い、分かってるわ」
諦念に満ちた顔でラスティーヤが薄らと透け始めた左手をかざすと、妖精は顔を引き攣らせた。
「もはや信仰がなさすぎて、私の身体を維持するのもキツいレベルね」
「それはそれは……」
項垂れたラスティーヤを置いて、妖精はそっと部屋を出ていった。
「とうとう明日は私のクビ記念日ね……」
ラスティーヤは遠い目をして呟く。やり残したこと、は、別にない。趣味があった訳でもないし、取り立てて仲のいい妖精や神がいた訳でもない。
ふと、最後に、自分が敗北した神殿でも一目見てみようか、という気になった。単純に、どれほどの神がいるのか気になるだけのことである。
ラスティーヤは未だ隣の神殿の神に会ったことがない。どういう訳か、ラスティーヤのいない飲み会には参加するくせに、ラスティーヤが参加するときはいつもいないのである。会ったこともないのに嫌われているのか、それとも古株の神と飲むのは苦手なタイプなのか。
彼と同期(という概念がラスティーヤにはそもそもないのだが)だという女神が言うには「真面目すぎるほどクソ真面目」らしい。やはり、誠実な心が信徒を獲得するのに大切なのだろうか。
……そうだ、思えばラスティーヤも、初めの頃は渇きに苦しむ人間たちを救おうと必死に力を使っていた。代償など考えず、ただ真心のみで。
それが今はどうだ。「今どきの人間と来たらろくに感謝もしやしない」などと不平不満を垂れ、雨乞いの要請に対してなおざりな対応をしたことは、本当になかったか?
「はぁ……やっぱり、何事も長いことやりすぎると良くないのね」
そう呟きながら、ラスティーヤは夜の街の上空を飛んでいた。雲を切り、光を放ちながら空を往く。こうして見ればラスティーヤもれっきとした神なのに、実はド底辺なのである。
隣街に降り立つと、ラスティーヤは周囲を見回した。
「どこに神殿があるのかしら」
既に時間は夜。灯りを得て夜の長くなった人間と言えども、流石にこんな時間帯に参拝には行かないらしい。人の流れについていくことは出来ないみたいだ。
と、そこでラスティーヤは看板を見つけた。
『神殿 この先突き当たりを左』
「なるほど」
ラスティーヤは頷くと、看板に従って歩き出した。
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