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俺は俺であるために俺を捨てる  作者: 佐賀 貫
第1章
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日常クライシス8

 俺? 俺に質問? 思わず声が漏れてしまった。

 

 確かに、よく考えてみると、いや、よく考えなくとも、こいつは今日会ったばかりなのに、何かにつけて俺を睨んできていた。何か言いたいことがあったとしてもおかしくない。いや無いほうがおかしい。

 

 一体、何を聞こうってんだ。あ、まさに今ここであれか? 『なにメンチ切ってんだよ』が登場するのか? ちょっとそれを言うにはタイミングが遅すぎるような気はするですけど……。

 

 最初は驚きはしたものの、俺は黙って彼女の言葉を待つ。


 「直原くんは……、向かい側に座っている彼のことだね? うん。どうぞ」

 

 教授はまだ学生の覚えきれていないため、名前を確認しながら質問の許可を出す。

 

 その許可に答えて、俺の目の前にいるパツキンジャージが、腕組みをしながら、鋭い視線を持って、俺に向き直る。


 「……直原ただはら、あんたあたしのこと覚えてないの?」


 「…………」

 

 ん? 覚えてないの? それはどういうことだ? 以前に何かあったってことか? 

 

 大学一、二年の時にどこかで会っただろうか? いや、俺はこの大学生活で誰かと会話をしたことなんてほぼ無いに等しい。

 

 なら、なんだ? さっき三号館の前で会って、睨まれた時のことを言っているのか?

 

 彼女から発せられた『覚えて』の意味が理解できないでいると、腕を組んだまま、片足で苛立ちのリズムを刻みながら、彼女は質問を続ける。


 「まぁ、覚えてないんでしょうね。覚えてないから、さっきのあんたの自己紹介で『みなさん初めまして』っとか言うんだもんね」


 「えっと……あ〜、一年か二年の時に、どこかで会ったっけ?」


 「は? いや、あたし、あんたと同じ高校で、三年間ずっと同じクラスだったんだけど」


 「えっ……」

 

 パツキンジャージと俺が同じ高校? 確かにこいつは今そう言った。


 あまりに唐突で、驚愕な事実のに言葉が詰まってうまく出てこない。


 「三年間同じクラスだったからわかるけど、あんたずっと一人だったもんね。誰かと話してるとこなんて見たことなかったし。逆に聞きたいんだけど、あんた同じ高校の人で覚えてる人いるの?」


 「……刀根山……とか」


 「それ、担任の先生の名前だから。いないんでしょ? 同級生で覚えてる人。一人も」


 「……」

 

 彼女に言われて初めて気づく。言われるまでは特段、考えもしてなかった。確かに俺は、高校の同級生で記憶に残っている人間が一人もいない。

 

 でもそれは、彼女が言っていた通り、ずっと一人でいたから。周りが俺に対して無関心であったように、俺も周りに対し、無関心であり続けただけだ。互いが互いに無関心でいた。ただそれだけだ。

 

 じゃあなんで、彼女は俺を睨んできてたんだ? 高校の同級生といえど、関わりのなかった相手に対し、あそこまで睨み付ける必要はあったのか?


  俺は真意を確かめるため、彼女に問い掛ける。


 「確かに、お前の言う通りずっと一人だったから、同級生で覚えてる人はいない。それより、どうしてさっきから俺のことを睨んでたんだ? 高校の同級生と言っても、全く関わりなかったのに」

 

 「あたし、あんたのことがずっと嫌いだったから」

 

 こいつの思考は一体全体、どういう風になっているんだ。

 

 パツキンジャージを含め、俺と高校の同級生は互いに無関心だったというのに。


 「嫌い? 特に関わったこともないのに、嫌いになる理由があるのか?」


 「ずっとあんたに負けて、二番だったから」


 「何が?」


 「成績。うちの高校はそこまで頭がいいっていう高校じゃなかったじゃない? だから一般受験で上位の大学に行く人なんていない。でも何故か毎年、一枠だけ、この大学の指定校推薦があって、例年、成績一位の人が絶対にその枠を取ってた。それが当たり前だった。だから私も必死に一位を取ろうとした。でも上には、ずっとあんたがいた」

 

 悔しそうな表情をちらつかせながら、彼女は話し続けた。

 

 でも今の話の中に、抽出すべき点が一つだけあった。俺はそれについて問い正す。


 「いや、でも俺は指定校なんてとってないぞ」

 

 俺の、この淡々とした返事に対し、彼女を苛立ったようにため息を吐き、今日一番の鋭い目つきをし、応酬する。


 「そこよ! そこが今でもあんたのことが嫌いな理由」


 「どういうことだよ」

 

 はっきり言って意味が分からない。俺は身に力を入れぬよう、平静を装いながら彼女の言い分を聞く。


 「あたしはあんたがこの大学の指定校を取ると思ってた。それでも、一応駄目元で推薦の申請はしておいたの。そしたら何故か合格してた。慌てて直ぐに刀根山に聞きに行ったわよ、『直原は一葉の推薦に申請しなかったの?』って。そしたら『直原は一葉どころか、どこの大学にも推薦出してないよ。あいつはそもそも指定校推薦に興味がなかったんじゃないのかな』、だって。それでわかったの。必死に頑張って、一位の座を取ろうとしてたのは私だけだったんだって。あたしはあんたと勝負している気でいたのに、あんたは勝負どころか、全く無関心で、あたしの存在を知りすらしなかった。それがどうしても許せなかった」

 

 彼女の言い分、それ自体は分かった。

 

 でも、分かったところで、それを受け入れ、理解できるわけではない。

 

 彼女は彼女自身の考えを正しいと、何の猜疑なく、自信を持って俺の方に非があると口に出している。

 

 でもそれは俺にとっては、受理する理由の欠片もない、愚劣なものに過ぎない。

 

 愚劣な意見に対して反抗したところで、それは愚行になるだけだ。

 

 ここはどう返事をするべきが得策だろうか。

 

 ふと俺は周りに目を向ける。

 

 そこには、俺たち二人の論争に呆気に取られ、埴輪の置物のように口をポカンと開けた、ゼミ生たちが置かれていた。

 

 まずい。これは一刻も早く、収拾をつけた方がいいな。

 

 くっっそ……。

 

 俺の安心、安全、無関心ライフがこんなやつに簡単に破壊されては堪ったもんじゃない。

 

 俺はこの会話をさっさと終わらせるために、反論したい気持ちを押し殺して、パツキンジャージに視線を向ける。


 「あー、そうか……なんか……悪かったな」

 

 完璧。これでこの重苦しい空気から打開できる。

 

 そう思っていた。

 

 しかし、この発言を受けた彼女の眉間に見る見る皺が寄っていく。


 「だから……あたしはあんたのそういう無関心なところが……」


 「まあまあ、少し落ち着きなさい」

 

 彼女の熱り立った言葉を制止したのは、教室の真ん中の席に座り、この質問タイムという名の拷問タイムに許可を出した、教授だった。

 

 まぁ、教授もこんな事になるなんて、考えていなかっただろうけど。

 

 教授に言われ、興奮気味になっていたパツキンジャージも、ふと周りのゼミ生たちを視認して、我に帰る。


 「……すみませんでした」

 

 口ではそう言っているものの、若干不貞腐れたような表情をしている。

 

 いや、なんでそんな顔してるんだよ。納得がいかないのは俺の方だろ。

 

 なんで言いたいこと言いたい放題だったお前の方が、納得いってませんズラしてんの?


 「チッ」

 

 はい! 出ました! また出ましたよ舌打ちが! 今度は皆さん聞こえましたよね?


 「まさか質問タイムの時間がこんな事になってしまうとはね〜、慣れない事はするもんじゃないね」

 

 え、普通に教授が喋り始めちゃってるし。何? こいつの舌打ちは俺にしか聞こえないような特殊加工なの? っつか教授慣れない事ってことは、例年はこんな質問タイムとかしないのかよ、なんで選りに選って今日、そんな事しちゃったの?


 「私の算段では、小野山さんの『とかとか』について誰か質問したりしないかなーって思ってたんだけどね」

 

 ですよねー。わかりますよー、その気持ち。『なんで質問タイムとかしちゃったの?』とか思ってしまってごめんなさい。あなたのその算段は至極真っ当です。

 

 やっぱり、おかしいのは、今も尚、腕組みしながら、煮え切らない態度を出し続けているこのジャージ野郎だ。

 

 ってか小野山さん、なんで『えっ、うち? なんのこと?』みたいな顔してんの? もしかして自分が『とかとか』言ってる自覚ないんですか? 口癖か。癖って怖いね。


 「まぁ、質問タイムは思いもよらない形になってしまったけど、次の予定の、このゼミはどんな風に進めていくかについての話に移ろうか」

 

 教授のその提案には賛成だ。目の前の女は腑に落ちないような態度を取っているけれど、他のゼミ生たちの気持ちを考慮した上で、これ以上、この空気を重くしてはいけない。話題を変えて、空気の洗浄を行わねば。


 「すみません……そうして下さい」


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