第七章 俺とイデアと烏合の衆
「…先輩、私なにか変ですか?」
「あ、いや何でもない、ボーとしてただけだ。」
なんだか人の秘密を知ってしまうと話すのがとても気まずくなる。松下に関しては特にだ。
この人当たりがよくて非の打ち所のないショートカットの可愛い後輩が、ゲームの中で角の悪魔と呼ばれ暴れまわっているだなんてとても思えない。
「…大丈夫ですか、大崎先輩?」
まぁ逆に考えてみれば俺は松下のことをよく知らない訳だし、ある意味それが彼女の本来の姿なのかもしれない。
「…先輩、とにかくここをどうしたらいいか教えて欲しいんですけど…。」
俺はその声で我に帰る。
「…あぁ、そうだったな。ここのデータはこうしてだな。」
とりあえずこの場はいつも通り振る舞うしかない。
俺はその日も必死に仕事に取り組んだ。
「ジロウさん、結局松下さんには話さなかったんですか?」
俺の部屋の隅でクッションを抱えながらくつろいでいるのは上新井。居候の癖に最近やつの私物が増えてきた。
「そもそもどう切り出したらいいかもわからねぇよ。お前こそ俺の時みたいに家まで出向かないのかよ?」
俺の問いかけに横を向きながら彼女は答える。
「いやージロウさんの場合は特別だったんで今回はちょっと…。」
「…なにが特別なんだよ?」
「いやー調査した感じ、あのー、ちょろいかなー、なんてー。」
相変わらず上から目線でむかつくやつだ。
「なんだよちょろいって?」
「あ、えっーと言葉の文です、優しそうだったんで多少の無茶は呑み込んでいただけるかと思いまして。」
本当にむちゃくちゃなやつだ。
「…まぁ別に俺も自由な時間が減ったこと以外困ってないしいいんだけどな。」
「むぅ…、ジロウさんはもうちょっとゲームの時みたいにするべきですよ!」
「どうゆうことだよ?」
「…なんと言うか、ワイルドというか。」
「…どうせ俺はしがないサラリーマンだよ。」
「あ、いゃーそんなつもりでいったんじゃないんですけどー。」
「じゃあなんなんだよ?」
俺が聞き返すと暫く俺の顔をみて上新井がいう。
「…むぅー、さっしが悪いですね!」
全くなんなのかわからん。
「…とにかくです!今日もイデア様に会いに行きましょう!」
「言われなくてもだ。」
俺達のパーティーはナチュラルを加え四人編成になった。なんだかんだで俺以外女ばっかりで気まずくなってしまった。
「ジロウはもふもふだぁー!」
唯一の良心は俺の背に乗っているイデアだけだ。この少女は妙に俺になついている。前より少し大人びたがまだまだ子供だ。その純粋さに心洗われる。
「私だってジロウさんの上でもふもふですよ!」
上新井ことカメレオンのかめちょんは気性の変化が激しく扱いにくい女だ。その上随分図々しい。イデアのようにお前も大人びてくれ。
「べ、別に私はそんなことには興味はないんだから。」
後ろからついてきている大きな鹿、ギガンテウスオオツノジカのナチュラルは俺の職場の部下、松下だったらしい。いつもは大人しく人当たりのいい彼女はこのゲームでは名を馳せる狂戦士だ。俺のことを異常に目の敵にして付きまとってくるよくわからないやつだ。
俺達一行は次の街スカイフロントウェアを目指し〈ピーナッツギフトツリー〉へとやってきた。このゲームの高度限界ギリギリの天空にあるこの街に行くためにはペリカン便、ドラゴン空港などの交通機関を使うかこの木を自力で登る必要がある。俺達はイデアを出来るだけ人目に晒さぬよう後者の手段を選択した。
しかしぶっちゃけ今俺達はちょっとした有名人になってしまっている。
「お、ウルフライダーズだ!」
「確かに!狼のジロウとその上の子犬、間違いないぞ!」
「キャージロウさーん!!」
「見ろ!後ろには角の悪魔もいるぞ!!」
「あんなの敵いっこない!逃げるんだ!」
元々俺とナチュラルは自分でいうのもなんだがそこそこ有名な古参プレーヤーだった。更に言うなら俺達はコミュニティに属さず一人でゲームを楽しむソロ専だったのだがそれが今になって正体不明の謎の動物を連れて同行しているのだ。目立たない方がおかしい。
更にそれに拍車をかけるのが以前立ち寄った街、「パワーオブメタルズ」の闘技大会だ。俺とナチュラルは優勝と準優勝と言う首位独占も果たしてしまった。戦闘マニアの集まるあの街であれだけ派手に暴れてしまえば余計なやつらに目をつけられる。
「へへ、お前らが噂のウルフライダーズだな!」
「テメーらを倒して俺達が名をあげるぜ!」
「これだけの数を前にして敵うと思うなよ!」
今日現れたのは有名なハンターコミュニティ「烏合衆」、烏の烏龍をリーダーとしハゲワシのバルカン、エミューのウルサンダー22の三人を筆頭としたいわゆるあらずもの集団だ。ざっと三十羽と言ったところだろう。
「ジロウ、あなたと一緒にいると獲物の方からやって来てくれて楽しいわね。」
こうゆうときにナチュラルがついてきてくれてよかったとは思う。
「…まぁあんまり目立たないようにやってくれ。」
「任せなさい、私はあなたよりも強いのよ!」
「角ねぇ頑張って!」
「ジロウさんはやらないんですか?」
「…俺はいい、お前らを乗せてて面倒だ。」
ナチュラルが先頭をきって烏合衆に突っ込む。
「来たぞ、角の悪魔だ!」
「怯むな敵は一匹だ!俺達の連携でなんとかなる!」
「あぁ、テメーなんか怖くねぇや!」
ものの数分で辺りは鶏肉だらけになった。食糧に困らなくてある意味助かる。
「全く手応えがないわ、早くあなたと戦いたいのだけど、ねぇジロウ?」
「旅が終わるまでは勘弁してくれ。」
「角ねぇつよーい!!」
俺の上ではしゃぐイデアは食事をとらない。このゲームでどの動物にも共通である空腹ゲージが彼女にはないらしい。
脳を直接コンピュータに繋いでいる彼女が現実世界でどのような姿をしているのか俺はよく知らない。
ただ俺が思うに俺の背の上にのる彼女はこの世界の全ての動物の中で一番リアリティがある。動物の姿をした人間たちが集まるこの世界で等身大の少女であるイデアは一際異質なのだ、俺はそう思う。
「ジロウさんが持ちきれない分は私が持っときますね。」
「わ、私もアイテムポケット空いてるから持っててあげるわ。べ、別にあなたのためじゃないのよ、私が倒したから持つだけなんだからね!」
この二人がイデアのことをどう思っているかも俺は知らない。ナチュラルに関しては最近ついてきたばかりで事情も簡単にしか説明してない。けれど俺への闘争心でついてきているのだから対して気にしていないんだろう。
問題はかめちょんだ。こいつは明らかにイデアの過去を知っている。前に訊ねた時は大まかに教えてくれるものの肝心なことは適当にはぐらかしてきて正直に答えようとしない。今のイデアがどんな状態か具体的に聞いても企業秘密だとか言うのだ。
前は俺も対して気にしていなかったがイデアの過去を見たことで少し気がかわった。記憶を取り戻すために過去の記憶をみたというのなら何故あんな悲しそうな思い出なんだ。もしかするとイデアの過去はあんな思い出ばかりなのか?
そうだとすればイデアがこれから記憶を取り戻すことはいいことなのだろうか?
今楽しそうに笑う彼女が記憶を取り戻すに連れてどうなるんだ?
段々と大人びて元のイデアとしての姿に戻るのだとしたら…。
「…ジロウ?聞いてるの?」
俺はナチュラルの声で我に帰る。
「悪い、考えごとをしててな。」
「なんだか現実での私の上司みたいね。」
たぶん目の前にいるのは本人なんだけどな。
「上司さんってどんな人なんですか?」
かめちょんが面白そうに尋ねる。こいつわかっててわざと聞いてやがるな。
「いつも丁寧に教えてくれて理想の先輩よ!顔はそれほどでもないけど手際もよくて仕事をする姿がかっこよくて憧れの人なの!」
…ますます松下に本当のことを話すのが気まずくなった。
「へー、いい人なんですね!私も会ってみたいです!」
黄色いかめちょんがいつになく楽しそうに話す。こいつはあとで懲らしめないとな。
「私もあいたーい!」
イデアの言葉に黄色いカメレオンは少しだけ青みがかり黄色と青、緑の入り交じった不思議な色合いになった。
「…そんなことよりも先にいくぞ。」
「…はい、ジロウさん!」
懲らしめるつもりだったがイデアの純粋さに免じて今回は見逃してやる。
〈ピーナッツギフトツリー〉、このゲーム内最大の樹木で螺旋状に伸びる巨大な階段がついている。自然に生えている木ではなく沢山の木々を繋ぎあわせて作られた人工の樹木だ。
このゲームには植物を育てる要素があるのだが通常こんな大きな木は育たない。高度限界に街を作るためにわざわざこれを作ったやつらがいるのだ。
地上からでは頂上の様子が見えないこの木を一人で作ることはぶっ続けでやっても3ヶ月はかかるだろう。ところがこの木はこのゲームがリリースされてから一週間で出来上がった。それだけ多くの人が集まりこの街を作ったのだ。
何故それが出来たか、その答えはこの街がこのゲームで一番の人気のコミュニティだからだ。正しくいうならばこの街の長が現実世界に置いても人気者だからなのだ!
「お、ジロウの旦那と角の姉ちゃんじゃないか!」
俺達が螺旋階段を登る途中で空か近付いてくるものがいる。
大鷲のタカちゃんが現れた。
「…やっぱりあなたはここにいるのね。」
この間の街で会ったばかりなのだが彼がここに現れるのは納得がいく。
何故ならタカちゃんはこの街のコミュニティに属する賞金稼ぎだからだ。
「いつもいがみ合ってるお二人が一緒だなんて珍しいじゃないか?前の闘技大会で友情でも芽生えたのかい?」
くちばしの付け根をニヤリとさせタカちゃんは笑う。器用な鳥だ。
「そ、そんなんじゃないわよ!私はジロウを倒すために同行しているの!」
「…どうゆうことなんだ?」
「あーこの前のとりさんだ!」
イデアが不思議そうにしているタカちゃんに気付き指差す。
「イデア様、人を指差すのはよくないんですよ!」
お前は舌で指差すけどそれはありなのか?
「ジロウの旦那の背にのってるお二人は前の大会でも見かけたな。旦那も遂にコミュニティを作ったのか?」
嬉しそうに笑うタカちゃん、確かにこいつとも付き合いは長いが何様のつもりなのだろう。
「…まぁ事情があってな、四代都市を巡ってるんだ。」
「ほう、それで我が都市スカイフロントウェアに来たと言うことか!」
嬉しそうに俺達の回りを飛び回るタカちゃん、この前の大会でボロボロにしたのが嘘みたいだ。
「とにかく私達は早く街について長さんに会わなきゃいけないんです!」
かめちょんはうっとうしそうにいう。そんなんだから異動になるんだよ。
「まぁまぁ長に会うということなら俺がついていった方が話が早いと思うぜ!」
そういってタカちゃんは俺達の前に降り立つ。
「どうゆうことですか?」
「俺はこれでもこの街の宣伝大使だからね!長とも古い付き合いなのさ!」
このゲームがリリースされてそんなに月日はたってないんだが俺も同じ様なことをいうし言わないでおこう。
「なら案内してくれるんですか?」
自分に都合のいい話になるとかめちょんは黄色くなる。わかりやすいやつだ。
「まぁジロウの旦那と角の姉ちゃんとも長い付き合いだ!折角だから俺も同行させてくれよ!」
…この流れは見覚えがある。
「小鳥風情が着いてきても邪魔になるだけよ、失せなさい。」
ナチュラルが口当たり強くタカちゃんに言い放つ。お前は本当に松下なんだよな?
「まぁまぁ角の姉ちゃん、固いこと言わずにさ。どうせ我が街はすぐそこさ!」
そういうとタカちゃんは再び舞い上がる。
「チキンジョッキーの兄貴はあんたらの到着を心待ちにしてるんだぜ?とびきりの試練を用意してな!」
…こいつ、俺達が街で何をするのか知ってるのか?
「おい、タカちゃんそれって…。」
俺が聞き終える前にタカちゃんが発言する。
「俺は入り口で待ってるから準備が出来たら門まで来るんだな!途中じゃセーブ出来ないぜ?」
そうして彼は風のように去っていった。
「なんだったんでしょう今の?」
「…さぁ、わからないわ。」
「とりさん格好いいね!」
三人の感想を聞き終えて俺は不安が過る。この街の長には会ったことはないが顔は知っている。
俺はこのゲームをリリース前から調べていたが、それはつまりリリース前からこのゲームが取り上げられていたと言うことだ。新しい情報がでる度にそれを紹介する輩がいたと言うことだ。このネットの復旧した現代で情報を発信するサイトと言えば動画サイトだ。
要するにここの長は動画サイトで情報発信をし、多くの信者を得ている今の時代のエンターテイナーなのだ。
「チキンジョッキー…。」
テレビの芸能人よりも知名度の高い鶏頭のパンクな広告塔、彼の名はチキンジョッキー。
タカちゃんがいうように俺達の到着を待って試練を出してくるのだとしたら何も起きない筈がない。何せ彼は毎日このゲームのプレイ動画をあげているのだ。
「…俺達もゲーム実況デビューかぁ。」
「なにか言いましたジロウさん?」
「何でもない、気付いてないなら気にするな。」
「そんなこと言われると気になるじゃないですか!」
「早くあのとりさんのところにいこう!ジロウ!」
「そうよ、さっさとけりを着けてあなたは私と戦うのよ!」
何も考えてない三人を前にタカちゃんがついてきてくれた方が話が早かったなぁとため息をつく俺だった。