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第六章 〈たからもの〉の秘密

 松下角子は独り暮らしである。ある会社で営業マン、もとい営業ウーマンの卵として働く彼女の趣味はゲームだ。外に出掛ける元気もお洒落をする時間も殆どをゲームに費やしている。それだけ今流行りの「ワイルド・シミュレータ」が魅力的なゲームとも言える訳だが彼女にとってゲームは自分とは別の自分になれる場所なのだ。

 営業職として人当たりよく他人から浮かないことに気を配って生きている彼女は誰か他人を傷付けたりするようなことは決してしない。そんな彼女であっても職場環境でのストレスを全く感じずに過ごしているわけではない。社会への不平不満がないわけではない。彼女のストレスは概ねこの仮想世界で晴らされているのだ。ゲームの世界で戦いに明け暮れ敵を凪ぎ払うことで日頃のフラストレーションを発散しているのだ。

 ことさらに言うならば彼女は戦いの為に徹底した戦略をとっている。わざわざ課金限定のギガンテウスオオツノジカを自機キャラとして設定したのは草食動物で生存能力も高く、なおかつ戦闘能力も高いからだ。厳しい環境下でも力任せで解決できるパワーと機動力、これを備えていると判断した上での選択だったのだ。

 そんな彼女の戦略は中々的を得ており、リリースが開始された「ワイルド・シミュレータ」においてそこそこ有名なプレーヤーとなっている。

 ついた異名は「角の悪魔」。彼女の傍若無人な活躍は肉食動物プレーヤーでも逃げ出す程であった。

 しかし彼女の連勝記録を止めたものがいた。その名も「一匹狼」のジロウ。彼もまた名のあるプレーヤーであり圧倒的な持久力と攻撃性能で一匹で十匹分の群れの様な強さを誇っていた。

 彼女と彼が出会った時、激しい戦いを繰り広げた。ジロウは狙った獲物にしか攻撃を仕掛けないため「角の悪魔」が「一匹狼」を追い回す戦いになったのだ。戦いの当日は二人のプレーヤーにも時間があった。六時間に及ぶ闘争の末にジロウが勝利を勝ち取ったのだ。

 彼女はこの事に強いショックを受けている。ストレス発散の為に今まで多くの敵を凪ぎ払ってきたのだが長きに渡る死闘の末勝てなかった相手がいるのだ。負けたままで引き下がってはストレスが溜まる一方なのだ。それ以来ジロウの出現情報を聞いては戦いに挑む、これが彼女の日課になったのだ。


「ジロウさん、こんなところまでわざわざ来るプレーヤーもきっとそんなにいないはずですよ!」

 俺達は今パワーオブメタルズを離れ次の街、空中都市「スカイフロントウェア」を目指し〈ナツメグ山道〉の中腹に来ているところだ。山間に小さな洞窟があり丁度その中にいる。光源になるアイテム「蛍ランプ」があって助かった。現実時間で言うなら闘技大会から一週間と一日経って日曜日になったところだ。

「お前が言うと妙に誰かが来そうな気がするんだが。」

 わざわざ洞窟に隠れているのはイデアの〈たからもの〉を開けるためだ。老虎の忠告に従って他のプレーヤーの少ないこの山道をわざわざ通ってきたのだ。

「たからもの!!」

 険しい道のりだったが相変わらずイデアは無邪気だった。

「ならイデアお嬢様!開けていいですよ!」

 かめちょんが宝箱の隣でイデアに向かって声をかける。イデアも今まさに宝箱を開けようとしている時だった。


「見つけたわジロウ!前の借りを早速返させてもらうわ!!」


 洞窟の外から大きな角をもつ化け物が現れた。

 勿論知っている顔だ。この前激戦を繰り広げたオオツノジカのナチュラルだ。

「えっ!つけられてたんですか!?」

 かめちょんはビックリして紫色に変わる。

「気配を感じなかったが…、いったいどうやって?」

「こんなときのために姿を隠すアイテム〈森の羽衣〉をゲットしてきたのよ!早く勝負なさいジロウ!!」

「待ってくれナチュラル、今取り込み中なんだ!」

「問答無用!!」

 彼女がそう叫んだとき後ろから光が放たれた。

 俺達が話しているうちにイデアは宝箱に触れていたのだ。

 光の中で宝箱は本来の〈たからもの〉としての姿を取り戻す。

「なんなのこれは!?」

「どうなるんだかめちょん!?」

「こんなの私聞いてませんよー!」

 光が落ち着くとイデアは手に何かを持って俺達の方を向いてきた。

 最初は光に包まれてなにかわからなかったそれは次第にその光を弱め姿を現す。

 それは首輪だった。よく使い込まれたボロボロの首輪だ。

 イデアは俺の方を向いて一言呟く。


「…フレディ?」


 イデアは泣いていた。

 何かに怯えているのではない。

 始めてみる表情だ。

 悲しそうな顔で泣いていた。


「どうしたんだイデア!!」

「お嬢様!!」

「なんなの?どうしたの!?」


 俺達はイデアに駆け寄る。俺達が近付く頃にはイデアは目を閉じ静かに倒れかかってきた。

 俺は体でイデアを受け止める。

 俺達が駆け寄った側にイデアが握っていた首輪が落ちる。

 首輪が落ちる瞬間に俺達の意識が一瞬暗転する。

 気が付くとイデアの姿はなく俺達は別の場所にいた。

 ぱっと見た感じ大きなお屋敷の庭のようだ。

「なんなんでしょうここは?」

「お前は知らないのかよ?」

「〈たからもの〉を手にいれたらどうなるかなんて聞いてないですよ!」

 相変わらずかめちょんは役に立たない。

「どうなっているのジロウ?」

 ナチュラルもさすがの事態についてこれてないようだ。

「俺が聞きたいぜ、そんなこと。」

 俺達が話していると目の前を一人の少女と犬が通る。


「待ってフレディ!」


「…え、…イデア?」

 その少女は俺の知るイデアより大分大きく幼女ではなく少女の姿をしていた。それでもどこかイデアの面影がある。

「…そんな、…お嬢様。」

 かめちょんは青色と紫色を交互に発し動揺を示している。

「…かめちょん、なにか知っているのか?」

 俺は上新井に訪ねる。

「…あれはイデア様の、…幼い頃のお姿です。私も父につれられて何度かお会いしています。」

「…じゃあなんだ?俺達はイデアの記憶を見ているのか?」

 俺の問いに上新井は答えない。言葉を失い涙目になっている。

 俺達の沈黙を余所にイデアは犬に話し掛ける。

「…フレディ、私と遊んでくれるのはいつもあなただけよ。またお父様に約束破られちゃった。」

 悲しそうにイデアは話し掛ける。

「…私にはママもいないし寂しいよ、フレディ。」

 彼女がそういい終えると再び俺達の意識は暗転し次のシーンが始まる。

 先程と同じ場所にイデアは立っていた。

 さっきまで犬がいた場所には小さな十字の木が立て掛けられている。

「…フレディもママのところに行っちゃった。」

 それだけ呟きながら彼女は泣いていた。

 それは俺達がこの景色を見る前に洞窟で見た顔と一緒だった。



「…イデア!!」



 俺が叫ぶと再び意識は暗転し元いた洞窟に戻っていた。

「…なんだったの今のは?」

 ナチュラルは突然の現象に呆気にとられている。

 かめちょんはしゃべらない。相変わらず青色だ。

 俺達が途方にくれているとイデアが目を覚ます。

「…ジロウ?」

「…イデア!気がついたのか!」

「…おはようジロウ。」

 にっこりと微笑みかけてくるその顔は以前までの幼い無邪気な表情ではなかった。

「…どうしたのジロウ、まじまじと見て?」

 口振りもあの幼いイデアではない。

 気のせいか少し背も伸びた気がする。

「…お前こそどうしたんだイデア?」

「…どうもないよ?」

 俺が次の言葉に戸惑っていると上新井が口を開ける。

「…ジロウさん、目的通りですよ。」

 いつもは鬱陶しいくらい明るい彼女だが今日は初めてあったときのように冷静にしゃべっている。

「…イデア様は恐らく記憶を少し取り戻されたのです。」

「それってどうゆうことだよ?」

「記憶を取り戻すことで本来のイデア様に一つ、近付いたのです。」

「…じゃあなんだよ、これから〈たからもの〉を集める度に記憶が戻っていくっていうのか?」

「…恐らくそうです。」

「俺達があれを集める度にあんな悲しそうなイデアを見ないといけないのか!?」

「…そうと決まった訳ではないです。」

「じゃあどうなんだよ!楽しい思い出が待ってるかもしれないのかよ!?」

「…それは。」

 上新井は口をつぐむ。

 彼女はイデアの過去を少なからず知っている。だから黙ったのだ。

「…喧嘩しないで二人とも。」

 イデアが俺の毛皮を握っている。初めて会ったときの無邪気な手とは違い寂しさが伝わってくる。

「…ごめんよ、イデア。」

 俺は尻尾で彼女を包む。

「…かめちょんも、その、悪かった。」

「…いいんですよジロウさん、私も知らなかったんで。」

 それだけ言って俺達は黙りこくってしまった。

「…私には何がなんだかわからないんだけど。」

 話に取り残されたナチュラルが口をきる。

 俺とかめちょんは顔を見合わせて、そのあとでイデアを見る。

 俺達の視線に気付いたのかニコリと笑ってくれる。少し大人びたけどイデアはイデアのままのようだ。

 それから俺とかめちょんは顔を見合わせ視線をナチュラルに向ける。

「他の人を巻き込むのはとても気が進まなかったんですけど仕方ないですね。」


 それから俺達はナチュラルに簡単に俺達の旅の事情を話した。話せないことも色々あったがとにかくイデアのために旅をしていることだけ伝えた。

 それを聞いたナチュラルは少し考えてから俺に訊ねてくる。

「…つまり旅が終わるまではあなたは自由に動けないのね。」

「まぁそうゆうことになる。」

 彼女はそれを聞いて少し間を空けて答える。

「なら私も連れていってくれないかしら?」

「何でだよ?」

「私は早くあなたにリベンジがしたいの!だから用事はさっさと済ましてほしいのよ!」

 かめちょんとは違う意味で横暴なやつだ。

「…あまり一般の人を巻き込むわけには。」

 俺の時とは打って代わってかめちょんは消極的である。わざわざ家にまで上がってきたあの行動力はどうした?

「まぁ承諾するのもしないのもあなたたちの勝手よ。でも断られたって着いていくんだからね!」

 いつもにまして食いぎみで話してくるナチュラル。

 俺達が答えあぐねているとイデアが喋り出す。

「私は一緒に行っていいと思うよ!お友達はたくさんいた方が楽しいもんね!」

 さっきよりも目を輝かせてイデアは話す。

 さっきの断片的な記憶をみてわかったが彼女はつながりに飢えているのだ。

「お嬢様がいうなら仕方ないですね。」

 イデアの意見にかめちょんも賛同したようだ。

「お前らがいいっていうならいいんじゃないか?」

 俺の答えを聞いてナチュラルは嬉しそうに答える。

「決まりね!これからよろしく頼むわ!」

「うん!よろしくね角のお姉さん!」

 イデアとナチュラルは早速意気投合している。

 にこやかに笑う彼女達を俺が見ているとその視線に気付いたのかナチュラルは顔を赤らめながらそっぽをむく。

「べ、別にあんた達と群れたくていくわけじゃないんだからね!あくまで早くあなたとの決着をつけるためよ!!」

 これを聞いてかめちょんは微妙な表情だ。

「…面倒な人がついてきちゃいましたね。」

 こんなときにぴったりの言葉がある。

 お前が言うな、だ。

 俺はそれを内心に納めて少し笑った。



「…ジロウさん、ヤバイですよ。」

 ゲームを終えた日曜の夜、明日の仕事に備えて準備をしていると複雑な面持ちの上新井が話し掛けてくる。

「なにがヤバイんだよ?」

「あのナチュラルとかいう生意気な鹿のプレーヤー情報を見てたんですけど…。」

 相変わらずこの会社は個人情報の管理が杜撰だぞ。

「それでなにがやばいんだよ?」

「…恐らくジロウさんの知人です。」

 ふーん、まぁ高校や大学の知り合いとは最近話してないしあり得ない話でもないか。

「…あなたの会社の後輩の女の子です。」

 ふーん、松下か。そういえばゲームやってるって言ってたなぁ。

 松下がナチュラルかぁ。

 …え?

「…それマジ?」

「マジです!」

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