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第三章 狩りの時間

「では早速イデアお嬢様に会いに行きましょう!!」

 この女は上新井杏子、突然俺の家にあがりこんできて居候することになった。

「早くしますよ大崎さん!!」

 なんでも大企業デミウルゴスの一人娘、イデアお嬢様の親衛隊らしい。

「ほら、早くヘッドセットをつけてください!!」

 最初の印象から一転してきゃぴきゃぴしている。

「…わかったよ。」

 俺はヘッドセットをつける。

「そういえばあんた俺らの近くにいるのか?」

「すぐ近くにいましたよー。気付かなかったんですね。」

 …全く気配を感じなかったが。

「まぁ入ってみればわかりますよ!早く入ってください。」

 俺はいつもこのゲームをするときヘッドセットをつけてベットで寝転がってやっている。現在ゲーム用に開発されたデバイスはこの体勢でやるのが主流だ。

 上新井は俺のベットの隣に持ち込んだ布団を敷いて寝転がっている。

 みたて俺よりも若いが見知らぬ男女が二人布団に転がってゲームをすると言うのもどうなんだろうか…。

「ぼさっとしてないで早く来てください!」

「…はいはい。」

 俺はゲームを起動する。俺の意識はここではなく仮想世界「ズー大陸」へと移行する。


 目を覚ますと昨日と同じ場所だ。俺の隣で相変わらずイデアという幼女が寝ている。

 俺が起動したのに気付いてかイデアも目を覚ます。

「…おはよー!わんわん!」

「…俺はわんわんじゃない、ジロウだ。」

 …こいつがただのプレーヤーじゃなくて事故死した女の子だなんて、まだ信じられない。

 行動を共にしろって言われたけど何をしたらいいのやら。

「ジロウさん!起動しましたね!」

 上新井の声が聞こえる。しかし姿はどこにも見えない。

「あんたどこにいるんだ?姿が見えないぞ。」

「あなたの前にいますよ、ジロウさん!」

 前を見ても草の茂みしか見えない。

 なんなんだろうか、描写バグか?

「もー鈍感ですね!ここですよ!」

 そう叫ぶと目の前にあった茂みが突然色を変える。

 グニャリと変色したかと思うと緑色の鱗状の肌、ギョロっとした眼球、とぐろを巻くような尻尾、これを併せ持つ怪物、…ではなく爬虫網有鱗目、カメレオンが姿を現す。

「あーかめちょんだ!!」

 イデアはかめちょんと呼ばれるカメレオンを指差し喜ぶ。

「お前カメレオンだったのか、ステルス機能付きは課金しないと手に入らないんじゃなかったか?」

「私は親衛隊ですよ?このぐらいの特権はあってしかるべきです!」

 なんて身内贔屓なゲームなんだ。

 上新井ことカメレオンのかめちょんは俺の頭に乗っかる。ゲームだから重さは感じないが相変わらず強引な女だ。

「では出発です!」

「たんけんだー!」

 …なんだかお守りをする相手が増えてしまった気がする。

 俺は仕方なくため息をついてかめちょんが示す方向に向かって歩き始める。頭にはかめちょん、背中にはイデアを乗せている。俺はタクシーか何かか?

「おうまさんおうまさん!!」

 …お前らゲームなんだから自分で歩けよ。

「それよりもこれからのことについてお話しさせてください。」

 俺の思いを余所にかめちょんは話し出す。

「今イデア様はこのゲームの四大都市を巡られております。」

 …四大都市。俺も一つは行ったことがある。灼熱の火山と工業の帝国「パワーオブメタルズ」、大空にあるとされる天空都市「スカイフロントウェア」、草食獣のみが住む静かな楽園「グリーンホスピタル」、海底にある水族館のような桃源郷「アクアリウムガーデン」、これら四つの都市を四大都市という。これらの都市は運営が用意したものではなくこのゲームのリリース時からプレーヤー達が結束して作ったコミュニティの運営する村だ。こうした村は数多くあるが中でも軍事力、人気、人口、経済力などのコミュニティランキングの上位を連ねるのが四大都市だ。

「それでなんで都市巡りなんだ?」

 俺がそれを聞くとかめちょんは少し寂しそうにいう。

「動物園で多くの動物を見てまわる、これがイデアお嬢様と社長の事故前の最後の約束だったそうです。」

「お花がいっぱーい!」

 かめちょんの憂いを余所にイデアは楽しそうだ。本当に記憶は残ってないみたいだな。

「そこで社長はこのゲームを作りイデアお嬢様に冒険をさせるようあるギミックを仕込みました。」

 …ギミック?

「コミュニティの村ランキング上位四つ、つまり四大都市の長にそれぞれ〈たからもの〉をプレゼントしたのです!」

 …は?

「イデアお嬢様の旅の目的は四つの〈たからもの〉を集めることでいける〈思い出の場所〉に行くことです。」

「…なんだその安っぽい設定は?」

 俺は思わずツッコミをいれる。ここは自然を体験するため作られたゲームじゃないのかよ。

「このゲームの企画部が万人の要望に答えることで参加者が増えるはずというスタンスで開発に望んでいるので仕方ないです。」

 妙に楽しそうにかめちょんは語る。

「とにかく私は幼いイデアお嬢様がこの壮大な企画をクリアできるよう選抜された親衛隊ということです!」

 相変わらず上から目線である。

「…それで一介のプレーヤーの俺もそれに巻き込まれたと。」

「まぁまぁいいじゃないですか!こんな大きなイベント通常プレイじゃ体験できませんよ!」

 …俺はそんなのより自由に駆け巡るのが好きだったのになぁ。

 俺の憂鬱を余所に上の一匹と一人は楽しそうに鼻唄を歌う。安請け合いしたけどこの先苦労しそうだ。


「それとですねジロウさん!一番大切なことがあります!」

 思い出したかのようにかめちょんは話し出す。

「なんだよ大切なことって?」

「イデアお嬢様はこれから各地を巡り冒険する必要があるのですが出来るだけ目立たないように行動しないといけません。」

「…なんでだよ?」

「…あなたにはお話ししましたがイデアお嬢様は生きた脳を直接コンピューターに接続することで作られた人工知能ともいうべき存在です。」

「そんな話してたな。」

「これは現代の倫理観的に禁忌とされているプロジェクトなので公になってしまうと会社が転覆してしまう恐れがあります。」

「それなら目立たないように普通のプレーヤーと同じように動物にすればよかったのに。」

「…イデアお嬢様のプログラムは特別で下手に改編するとエラーを起こしてしまいデフォルトの設定が使えないのです。」

「…まぁそうゆうことなら仕方ないけど、目立たないようにってどうするんだよ?」

 俺がそれを問うと待ってましたと言わんばかりにかめちょんは語り出す。

「ふっふっふっ、そこは抜かりありませんよジロウさん!イデアお嬢様には緊急時用の多くのチートコードと冒険のための貴重なレアアイテムがいくつか用意されているのです!」

 …本当に子煩悩なゲームだ。

「イデアお嬢様自身はアイテムの使用が出来ませんが私達が使えば問題ないのです!試しにやってみますね!」

 そういってかめちょんはイデアに装備アイテム、「変装ドックフード」を被せる。このフードを被ることでどんな動物でも他のプレーヤーから小さな子犬、チワワの姿に見えるようになる。レア度5、価格にして20万コインの貴重なアイテムだ。因みに猫や小鳥などに変装できるフードも存在するがどちらにしても貴重なアイテムで俺も見るのは初めてだった。

 小さな幼女の姿は可愛らしい子犬になった。お前の方がよっぽどわんわんじゃないか。

「子供なのか犬なのかまどろっこしいぞ。」

 俺が愚痴をこぼすとかめちょんは再びふふんと笑って話す。

「ならついでにコミュニティ登録しておきましょう!変装ドックフードの効果はコミュニティのメンバーには効かないんです!」

「…わかったよ。登録すればいいんだろ?」

 登録を済ませるとイデアの姿は耳のついたフードを被った幼女の姿に戻る。

「これで安心です!先を急ぎましょうジロウさん!」

「おー!!」

 むしろその言葉に不安が募るが俺達はとりあえず森を抜け出すことが出来た。


 森を抜けたところで俺は空腹ゲージの減少に気付く。そこそこ長い距離を大きな荷物を抱えて歩いていたからいつも以上に消費が激しい。

「かめちょん、ちょっと腹が減ったから狩りにいっていいか?」

「なんですかジロウさん、さっきご飯食べてたじゃないですか?食いしん坊なんですね。」

「ちげーよ、ゲームの空腹ゲージの話だ!」

「あ、ごめんなさい。てっきり現実の方かと。」

 なんなんだこの女は!?天然なのか?確かにもらった弁当は美味しかったがいまいち話が噛み合わねぇ。

「…とりあえず二人とも降りててくれ。今手持ちの食料がないんだ。」

「…仕方ないですね。イデア様降りましょう!」

 かめちょんはそういってイデアを見るがイデアは降りようとしない。

「いやー!!わんわんといっしょー!!」

 よく社長さんはこんな子供に世界を冒険させようとしたもんだ。

「イデア様!お願いです!降りてください!ジロウさんが困ります!!」

 かめちょんは声高に言うがイデアは頑なに降りようとしない。

「わんわんといっしょー!!わんわんといっしょー!!」

 遂に泣き出してしまった。

「あわわ、イデア様泣かないでください!!困ります!」

 かめちょんも慌てている。親衛隊が聞いてあきれる。

「…っち、仕方ない。このまま狩りにいく。」

「…え、それって…?」

 かめちょんが言い終わるよりも先に俺の体は獲物を求めて駆け出す。

「じ、ジロウさん!?」

「…しっかり捕まってろ!」

「わーい!わんわんはやーい!!」

 俺の背にのってイデアはご機嫌である。さっきまで泣いていたのが嘘のようだ。それに比べてかめちょんは慌てふためき落ち着きがない。頼りない親衛隊さんだ。


 俺がカボスの丘から墜落して、イデアと出会った森を抜けると草原が広がっていた。ここでなら獲物は見つけやすい。

 そう思った矢先一匹のヤギを発見する。俺の勘ではあれは新参プレーヤーだ。新参狩りはあんまり趣味じゃないが弱肉強食のこの世界でそれは通用しない。

 俺はスタミナゲージを消費し更に加速をつける。イデアの喜ぶ声とかめちょんの慌てる声が入り交じって聞こえる。


「悪いがあんた!狩らせてもらうぜ!」


 俺はプレーヤーが獲物の場合必ず声をかける。弱肉強食のこのゲームだがプレーヤーが一人の人である以上最低限の礼儀がある、俺はそう思ってる。


「ひっ、狼だ!!」


 怯えた表情でヤギは逃げ出す。古参プレーヤーなら声をかける前に気付かれるもんだが俺の声に気付いて逃げ出したところを見る限りやはり新参なのだろう。

 俺とヤギは障害物のない草原でレースゲームを始める。やはり背中に色々乗ってるぶんいつものペースは出ないが十分仕留めれる。

 足に力が入る。そんな感じがする。

 全身に血液が流れているのを感じる。

 心臓の鼓動が体に響き渡る。

 獲物めがけて一心不乱に駆けるこの瞬間、俺はこれが好きでこのゲームをやっている。

 感情高ぶる俺に聞きなれない声が聞こえる。


「わんわんがんばれー!!」


 背中に必死に張り付く少女、イデアの声だ。

 …あれ、なんかおかしいな。変な気分だ。


「た、食べないでくださいー!!」


 いつも聞いていたのはあのヤギみたいな声だ。ゲームとはいえ命のやりとりだ。恐れて逃げる。当たり前のことだ。


「わんわんはやーい!」


 無邪気な少女イデアはそんなこと気にしない。ただ俺を誉めてくれる。

 …なんだこれ?

 俺は今…、何をしているんだ?


 二分間の闘争の末、俺はあのヤギを仕留めた。仕留められたプレーヤーは所持アイテム、及び種族に応じたドロップアイテムを落としランダムでこの世界の別の場所にリスポーンする。更にいうならリスポーン時に現実の通貨で課金することで好きな動物に変更することが出来る。逆に言ってしまえば別の動物になるときは一度死ぬ必要があり今の姿に愛着のある人は極力死ぬのを避ける訳だ。

 

 俺の頭の上には目を回したカメレオン、背中の上には楽しかったと騒ぐ幼女が乗っている。

 いつもと違うのはそれだけなのになんか変な感じがする。

 いつもと同じように楽しく狩りをしていただけなのに、なにかがいつもと違う…、そんな気がする。

 

 とにかく減った空腹ゲージを回復するためにヤギからドロップした肉を食べる。

 俺の横でイデアが「ごはんーごはんー!!」と騒いでいる。

 …この子は食事はしないんだろうか?俺はふと疑問に思う。

 これはゲーム的な意味でもあり、生き物としてどうなのかという興味でもあった。

 ただ俺の食事を見つめて楽しそうに騒ぐ少女の姿に変な気持ちを抱きながら俺は体力を回復させた。

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