第二章 選ばれし勇者 大崎士郎
「大崎君!ここやっといて!!」
俺を呼ぶ声がする、係長だ。
「はい、任せてください。」
俺はその仕事をなにも言わず受ける。
「大崎!例の件はどうなった?」
俺を呼ぶ声がする、所長だ。
「先月より少し下落してしまいましたが今週中に補えそうです。」
俺はそれに正直に答える。
「大崎先輩、これってどうやったらいいんですか?」
俺を呼ぶ声がする、後輩の松下だ。
「この統計資料ね、ここのデータをスライドして持ってきたら自動計算してくれるからやってみて。」
俺はそれに丁寧に答える。
「…ありがとうございます大崎先輩!!」
「…時間なんで外回りいってきます。」
「おう!行ってこい大崎!!」
所長の大声に見送られ取引先へと向かう。
「大崎君いつもご苦労だね。」
この人は得意先の岡見さん。
「いやー仕事っすから。」
俺はそれとなく答える。
九月になり暑さが落ち着いてきた。
それでも変わりなく朝日が上って沈むまでこれを何度も繰り返す。
五年間ずっとこんな調子だ。
毎日毎日何かに迫られるように生きている。
これでいいのかなって時々思う。
それでもやらなきゃいけないことが目の前にあるからそれをやるだけなんだ。
仕事が終わって家につく。うちの職場から電車で20分、小さなアパートだ。
その日いつもと違ったのはうちの玄関の前に知らない女がたっていたことだった。スーツを着て長い黒髪を後ろで纏めており、少し目付きがきついがそれとなく上品な感じがする。
「あなたが大崎さん…ですね?」
俺にこんな美人な知り合いはいない。訪問販売だろうか?
「そうですけど…なんでしょうか?」
俺はその女に尋ねる。
「…本日はイデアお嬢様の件で伺いました。」
…イデアお嬢様?
俺はすぐには気付かなかったが昨日であった少女のことを思い出した。
「…えーと、それってゲームの話ですか?」
そう尋ねるとその女はきつい目付きを更に尖らせ俺を睨みながら言う。
「…やはりあなたには知っていただく必要があります。」
何を知れと言うのだろうか?
「…とりあえず話は長くなりますのでお宅に上がらせていただけないでしょうか?」
なんだかかなり胡散臭い上に図々しい女だなと思いつつも仕事の疲れで頭のまわらない俺は彼女を部屋にあげた。
「自己紹介が遅れました。私、株式会社デミウルゴスの技術開発課に所属しております上新井といいます。」
上新井さんは丁寧に名刺を差し出して来たので俺もいつもの仕事のように名刺をとりだし渡そうとする。すると彼女は名刺をもつ俺の手に制止をかける。
「あなたのことは一通り調べさせていただきました。」
…俺、何か悪いことしたっけかな?
「…大崎士郎。27歳独身、近くの食品卸売業の会社にて営業職を勤め昨年度主任に昇格。温厚な人柄で周りからの評価は悪くないが今一つ情熱にかける男。趣味はゲームであり飲み会の出席は出来れば控えたい…そうですよね?」
「…なんでそんな色々調べてるんですか?」
「あなたがイデアお嬢様に相応しいかどうか確認したかったのです。」
…なんだこの人は、上から目線でしゃべってきてあまりいい気がしない。
「さっきからいってますけどイデアお嬢様ってなんなんですか?」
「あなたは昨日ゲーム内でお嬢様に会っているはずです。」
「…確かに変な幼女には会ったけど、それがなんだって言うんだ?」
彼女は少し黙り悩んだ末に喋り出す。
「…イデアお嬢様は我が社の社長の一人娘なのです。」
「…それで人間がいないはずのあのゲームで一人だけ人間の姿をしていたのか?」
その事実だけ聞くととんだ身内贔屓である。
しかし俺の質問を無視して女は喋り続ける。
「…イデアお嬢様は昨年事故によりお亡くなりになったのです。」
…は?
…どうゆうことだ?
「…じゃあなんだよ、俺は幽霊と喋っていたのか?」
「…どうか私の話をお聞きください。」
女はそれだけ答え悲しそうな顔をしながら話を続ける。
「亡くなったと言いましたが正確には事故のショックで重症を負い植物状態になったのです。手を尽くしましたが回復は見込めませんでした。」
「イデアお嬢様の事故をうけ社長は大変心を痛めました。どうにかしてお嬢様ともう一度話がしたい。その思いで当時企画していたプロジェクトを私用されたのです。」
「…プロジェクト?」
「それこそがわが社が開発を進めているAIプロジェクト…、ワイルド・シミュレータでした。」
…なんでここでゲームの名前が出てくるんだよ?
「ワイルド・シミュレータは元来自然界を再現した世界で人工知能の成長過程を観測するためのプロジェクトでした。」
「社長はそのプロジェクトを利用してイデアお嬢様をゲームの中に呼び出したのです。」
「…呼び出した?」
「社長はイデアお嬢様の脳神経を直接コンピューターと接続し新しい人工知能IDEAを生み出したのです。」
…なんだよそれ?
「…つまりあなたが昨日であったのはゲームの中に生きるイデアお嬢様本人なのです。」
…つまり本当に俺は幽霊と話してたってのか?
「…なんでそんなまどろっこしい真似をするんだ?」
「ゲームの中で生まれたイデアお嬢様は生前の記憶を全て無くされ幼児のようになってしまいました。これを嘆いた社長はせめてゲームの中だけでも自由に生かそう、そう思われたそうです。」
「そして社長は生前のイデア様に動物園に連れていくという約束をしていました。その約束を果たすべく作られたのがあなたもよく知るゲーム、ワイルド・シミュレータなのです。」
このゲームにそんな壮大な裏設定があったとはな…。
「この事は社外秘となっておりますので他言は無用でお願いいたします。」
「…なんでその事を俺に話したんだ?」
「あなたはイデアお嬢様に選ばれたからです。」
…選ばれた?
「ゲームがリリースされてからイデアお嬢様は親衛隊の私と共に行動しておりました。その間他のプレーヤーとの接触は殆ど起きませんでした。」
「…なんでだよ?」
「イデアお嬢様の為に用意された動物だけの世界でしたがお嬢様はその動物達に興味を示さなかったのです。」
「おかしいぞ、あんなに俺につかみかかってきたのにか?」
「だからあなたは特別なのです。これは私の推察ですがあなたはこのゲームの本質である野性味を発揮していたからではないかと思います。」
「…野性味って。」
「あなたはあなたのキャラクター、狼としてあのゲームを楽しんでいた。その姿がお嬢様に本物の獣の様に映ったのでしょう。」
「このゲームに参加するプレーヤーの殆どがゲームとして楽しんでいてどうしても中の人間が見え透いてしまう。そんな中で純粋に自然を楽しむあなたが珍しく見えたのでしょう。」
「…はぁ。」
なんか誉められてるのかどうかわからんぞ。
俺がため息をつくと上新井とか言う女はこほんと息をつき俺に目的を伝える。
「ともかくあなたにはこれからゲーム内でイデアお嬢様と行動を共にしていただきます!!」
「…共にするって何をしたらいいんだよ?」
「イデアお嬢様についていけばいいのです。」
俺の唯一の自由な時間が…、子守りの時間になってしまうとは…。
「…拒否権はないんですか?」
俺がそれを言うと上新井さんは悲しそうな顔をして俺に言う。
「勿論拒否していただいても構いません。あなたは一介のプレーヤーですからね…。でも…。」
それだけ言って上新井さんは俺の前に土下座を始める。
「…どうかイデアちゃんの為に、…協力していただけないでしょうか?」
彼女の顔は見えないが涙声だった。
確かにこの女は最初から胡散臭くてこうゆう詐欺もあるんだろうとは思う。
でもこんなに言われちゃ断りようがない。
俺は彼女の誠意に騙されてもいいやって思った。
「…わかりました。なんだかまだわからないことは多いですけど出来る限りやらせていただきます。」
「…ありがとうございます!!」
彼女は潤んだ瞳を俺に向け笑いながら手をとってきた。…ち、近い。
「では早速お嬢様に会いましょう!」
先程までのきつい印象から一転して上新井さんは明るい感じになった。
「…先に飯食べてもいいですか?」
俺は気まずいながらも空腹を主張する。家についたのは九時で話し込んでしまって今は九時半だ。
「…こ、これは失礼しました。私が押し掛けたばかりに…。」
上新井さんは顔を赤らめ俯いた。先程までのツンツンっぷりが嘘のようだ。恐らくこっちが彼女の素なのだろう。
「…夕飯は何を食べられるのですか?」
話は済んだ筈なのに上新井さんはうちに居座り私生活にどんどん踏み込んでくる。
「…今から作るんですけど。」
俺は少しイラつきながら答える。
「…よ、よかったら私が用意したものがあるのでそれを食べてもらえないでしょうか?」
…え、用意した?
「…いいんですか、そんなのもらって?」
「大丈夫です!なんなら毎日作りますよ!!」
…毎日?…なにかがおかしい。
「…えぇと上新井さん?あなたこのあとどうする予定なんですか?」
「…え?あなたと一緒にイデアお嬢様の護衛ですよ?」
「…それってどこでする気なんですか?」
「勿論ここです!」
…なにかがおかしい。
「…えぇと、いつ帰られる予定ですか?」
「当然住み込みで働かせていただきます!」
「へ?」
「へ?」
こうして俺と上新井、電脳少女イデアとのよくわからない共同生活が始まるのだった。