第二十四章 お父さん
「ありがとう、運転手さん。」
俺が家につくすぐ手前でタクシーが止まり中から帽子を深く被った黒服の男性と恰幅のいい男性が二人降りてきた。帽子を被った男性の言葉は片言で外国人だというのがすぐにわかった。
時刻は夜の九時半、この通りに人気はない。俺は関わるまいと足早に帰路につく。
「ジロウさん大変です!!」
帰って早々にかめちょんは騒がしい。
「どうしたんだよいきなり?」
「しゃ、しゃ、社長がいらっしゃってます!!」
「…は?」
俺が玄関先で立ち竦んでいると先程の黒服の集団がやってくる。
「こんばんわ。」
帽子の男性は片言で挨拶をくれる。
「遅くに失礼するよ、ジロウ君。」
俺の狭い部屋に彼は上がってきた。二人の恰幅のいい男達は玄関の前で待機しているようだ。かめちょんが最初に待っていたときといい近所に変な噂がたたないか不安になる。
落ち着きのないかめちょんは彼に話しかける。
「Long time no see Mr.Edwards.」
初めてかめちょんが英語で喋るところをみた。改めて考えれば彼女はアメリカに住んでいたのだ、日本語よりもそちらが母国語なのだろう。
しかし俺は英語はさっぱりだ。確かに大学をでるまで何かしら勉強してきたが今どき自動翻訳器がスマホで簡単に使えるようになったから困ることはなかったのだ。俺はなんと答えればいいのか迷っていると俺達の前にいる人物はポケットからネクタイピンのような機器をとりだし襟元につける。
「大丈夫だよジロウ君、翻訳器は用意してある。」
その男性が話した英語は遅れて落ち着いた男性の音声として話される。
「自己紹介が遅れたね。私はパルメニデス・エドワーズ、株式会社デミウルゴスの社長をしているものだ。」
彼はそういって俺に手を差しのべてくる。
「株式会社御手洗商店の大崎士郎です、よろしくお願いします。」
俺は仕事の癖で営業時の挨拶で出迎える。向こうの礼節がどんなものか知らないがいつも通りの対応が無難だろう。
「遅くに失礼したね、ジロウ君。話はかねがねメイチョン君から聞いているよ。」
握手を済ますとにこやかな笑顔を俺に向けてくる。こんな時間に訪ねてきて失礼な人だと思っていたがそれを許してしまえるような爽やかさがある。
外では帽子を被っていて分かりにくかったが改めてみると歳は所長よりもとっているようだが若々しい印象、短く整えられた金髪でいてどこかイデアを思わせる外見だ。
だが彼の瞳は青くなかった。力強いブラウンだった。
「こんな時間にお邪魔して済まないね。中々時間がとれなくてね。」
パルメニデス氏は話始める。
「娘がお世話になっているようだから一度挨拶をと思っていたのだよ、日本に来る機会は少ないから目立たないようにするのは大変だったね。」
困りげな顔で喋る彼はこの世界に名を馳せる大企業デミウルゴスの社長、今俺の家にいるということがまずありえない。ここに来るために多くの労力をさいていたようだった。
デミウルゴスは脳の発する微弱な電磁波の解析に成功した企業で今あるVRデバイスの技術の殆どをこの会社が生み出したのだ。
俺達の遊ぶゲームもそうだが医療やレジャーの分野もこの会社のもたらしたVRデバイスの力で盛り上がりを見せている。どこにいてもロボットアームを通じて高度な手術が受けられるし家にいても遠くの国の様子を見られるのだ。
近年は人工知能の開発に力をいれておりその一環としてワイルド・シミュレータはうまれたのだ。
「申し訳ありません、なんの準備も出来ていなくて。」
かめちょんが申し訳なさそうにしていることから事前に連絡があったというわけでもなさそうだ。
「いいんだよメイチョン君、君の頑張りはいつも見ている。」
パルメニデス氏は穏やかな表情で答える。
「それよりも話を本題に移そう。娘の話だ。」
パルメニデス・エドワーズ、俺達の前にいる彼はイデア・エドワーズの父、俺達がイデアと呼ぶ少女の父、その人なのだ。
「いつも娘と遊んでくれてありがとう、感謝するよ。」
「君達の冒険はとても愉快だ、見ていてとても面白い。」
「…見ているって?」
「私はいつも君達の旅の様子を見させてもらっている。」
「あの世界は私の会社のものだ。全ての出来事を映像データで確認することが出来る。」
「見るだけでなく君達に害をなすものを排除することもね。」
彼は俺達の旅の全てを知っていた。闘技大会での白熱した試合も、沢山の鳥達とのかくれんぼも、一日限りの奇妙なサーカスも。
彼は見ていた。俺達のプレイ時間もかめちょんを使って把握して可能な限りその目で見ていた。
「…どうしてなんですか?」
俺はふと、檻のなかにいたイデアのことを思い出した。
「…ジロウさん?」
俺達が振り向いた時に二人がいなくなったあの日のことを思い出した。
「どうしてそれが出来るのにイデアと居てやらないんだ!!」
俺の中にあったのは怒りだった。
あの世界での冒険を経て、積み重なったもやもやが今明らかになった。
それは怒りだった。
「ジロウさん!落ち着いてください!!」
「大丈夫だメイチョン君、…彼の言いたいことはよくわかる。私はわかっているよ。」
彼は冷静だった。
思えば顔を合わしたときから、さわやかではあれど静かだった。
「…君達には聞いてもらいたい。私の懺悔を。」
神を信仰する信徒のように静かだった。
「私はこれを伝えるためにここに来たのだ。」
私の妻は出会った時から病気を持っていた。金持ちの娘だったがどうにも治らない病気だったのだ。
あの娘が生まれた時、私の妻は死んだ。
わかっていたんだ、死ぬことは。
今時、代理出産すればいいのに…、妻はそれを拒んだ。
そしてあの娘は生まれた。
私は怖くなった、あの娘が。
そっくりだったのだよ、妻と。
死んだはずの妻と同じ顔の彼女が生まれた。
死んだ筈の妻が私を恨んで蘇ったかのようだった。
私は愛していなかったのだ、あの女を。
あの女が思うほどに、私は愛していなかったのだ。
私は怖くなって逃げた。
持てる時間全て仕事に勤めた。
私にはあの娘が大きくなるのに十分な資産があった。
何も困ることはない。
そのはずだった。
あの娘は自ら死を選んだ。
妻と同じ様にな。
正確には違うと君達は言うのだろう。
けれど私には同じだった。
息はあれど動かなくなった娘を私はみた。
病室について初めて彼女が人間関係に悩んでいたことを知ったよ。執事、メイチョン君の父から聞いたのだ。
私はその時、自身の愚かさを知った。
怖れていたあの娘が大事なものであったと気付いた。
…おかしな話だよ。私はその日までそんなことを考えたことはなかったのに。
娘よりも会社の方が大切とすら考えていたのにな。
私はもう一度やり直したくなったのだ。
彼女との関係を。
可能な限り手は尽くした。
しかしこの世界でそれは出来なかった。
ならこの世界ではない場所で。
そこに私達の理想とする世界を作ろう。
私はそう決心した。
私の会社にはそれが出来た。
それが出来るだけの技術があった。
私は神にでもなったつもりだった。
私達は彼女を作ろうとした。
彼女を元にその世界に彼女を作ろうとした。
私の持てる全てをもってだ。それは神に誓うよ。
しかし上手くはいかなかった。
彼女は彼女ではなかった。
私の知る彼女ではなかった。
技術的には問題はなかったはずだ。
何が足りなかったのか。
その時の私にはわからなかった。
私の雇った技術者達にもわからなかった。
私達の試みは失敗した。
しかし会社の技術を集結して行ったプロジェクトだ。失敗の二文字で片付けることは出来なかった。彼女を作るのに沢山の金と時間、他社からの技術提供があったからだ。
生きた人間のIA化、この禁忌の実験に手を出してしまった我々は後には引けなかった。
だから彼女が彼女でないことを知っても私達の実験は続いた。
彼女を彼女にするために新しいプログラムが開発された。
人工知能として未熟なそれを彼女に近付けるための修正プログラムだ。
それが自己改善プログラム、君達の言う〈たからもの〉だ。
しかしその内容を知って私は怖くなった。
そのプログラムは自身の根元にある内部データをとりだし、それを元に起動するものだった。
つまり彼女の過去の記憶から起動するのだ。
それの中に私の記憶があるのか。
私は怖くなった。
わかっていたからだ。
彼女の記憶の中に、私がいないことは。
私自身、家族の思い出など疎ましいものとして考えていた。
あの女を愛してはいなかったし、こうなるまであの娘のことも深く考えたことはなかった。
プログラムの起動にあたって私は怖くなった。
私がいかに不貞な親であったか、それを直視することが出来なかった。
私自身の目でそれを受け入れることが出来なかった。
だから見守ることにした。
娘を慕っていたメイチョン君を使ってね。
私は私の作った世界の神になり、空から彼女の誕生を見守ることにしたのだ。
プログラムの成長も時間をかけて四段階にし、ゆっくりと見守ることにした。
プログラムの性質上、一度に負荷をかける訳にもいかないという理由もあったがそれ以上に私はその事実をみたくなかった。
彼女の記憶の中に私がいないことを認めたくはなかった。
思考回数を増やすことで淡い期待を持ちたかったのだ。
プロジェクトが立ち上がるとメイチョン君はよくやってくれたよ。
私が話すことの出来なかったそれと話せるようになったのだから。
メイチョン君の努力でプロジェクトは軌道にのったものの順調ではなかった。
私は内心喜んでいた。
あれの中にあった記憶を見なくてすむのだからと。
しかし私の安心はすぐに覆された。
君が現れたからだよ、ジロウ君。
君は偶然あれの前に現れた。
私は知っている、君の目的が少なくともあれとの出会いでなかったことはね。
あれは君を見つけると今までにない反応を示した。
何がそうさせたのか私達も解明出来てない。
ただ確かなのはあれにとって君は喜ばしいなにかだったのだ。
メイチョン君にもそれはわかっていた。
だから彼女が君の元へ出張申請をだした時、私も困り果てた管理部を説得して許可をおろさせた。
君達の旅を見守っているとそれは確かに彼女に近付いていった。
君達は旅を進めることで当初の目的であったプログラムの起動を順調に進めた。
その際に彼女の記憶に触れたと思う。
私もそれを見ていた。
やはり彼女の記憶に私はいなかった。
私はその事実に直面する度に、同じ事実に直面する君達を見てきた。
君達は彼女の記憶をみて、あれに歩みよっていった。
それは私には出来なかったことだった。
そしてジロウ君。
君はあの非現実の世界であれを家族だと言ってくれた。
私にはそれは出来なかった。
私には出来なかったのだよ。
彼女を作ろうとしていた私にとって。
あれを娘だと認めることが。
…私には出来なかったのだよ。
「君達のお陰で順調に娘は完成へと向かっている。本当にありがとう。」
話を終えた金髪の男性を前にして俺の中の怒りはまだ消えてなかった。
「…わかっているならどうして。」
怒りは確かにあったけど彼にそれをぶつけることが出来なかった。
「…どうして一緒にいてあげないんですか。」
俺はもう一度彼に聞いた。
「…あの娘は、イデアは、あなたを必要としていた!!」
「あの娘はイデアではないのだよ。」
彼の静かな言葉が部屋に響いた。
「あの娘はイデアを元に生まれた。確かに似た外見、思想、記憶、ほぼ全て彼女と同じだ。」
「しかしあの娘はイデアではないんだ。イデアの記憶を引き継いだ何かであってイデアではないのだよ。」
「彼女は蘇った死者ではない。私の罪を映す鏡なのだよ。」
「イデアは確かに私を求めていた。けれど今のあの娘が求めているのは私ではない。」
「彼女が求めているのは私ではなく冒険を共にした君達なのだよ。」
悲しいのか嬉しいのかよくわからなかった。
「…全ての記憶を取り戻したら、イデアちゃんはどうなるんですか?」
涙目のかめちょんは訊ねた。
「彼女は死ぬよ。」
彼は答えた。
「前の報告でもあったろう。記憶を手に入れて自分のデータを書き換えているんだよ。」
「自身が死を選んだ事実を知り、彼女はそれを自分のプログラムに書き加える。」
「仮に生き残ったとしてもそれは君と多くの時を過ごしたイデアではない。」
「そもそももう彼女の肉体はこの世に存在しないんだ。」
「…なんだよ!!じゃあなんのためにかめちょんは今まで頑張ってたんだよ!!」
「…ジロウさん。」
「おかしいだろ!!俺達があの娘と一緒にどれだけ旅をしてきたかあんたは知ってるんだろ!!」
「…ジロウさん。」
「なんであんたはあの娘が死ぬってわかってて冒険なんかさせたんだよ!!」
「生きてて…、欲しかったんだよ…。」
「彼女がイデアでなかったとしても…。」
俺達の前にいる男は涙を流していた。
そこにいる男は大企業の社長でも、仮想世界の創造主でもない一人の父親だった。
彼の大層な肩書きよりも親という身近な言葉が一番しっくりきた。
「邪魔したねジロウ君。」
彼は再び帽子を被り玄関前にたつ。
「君達には話しておくべきだとおもってね。出来れば鹿の娘と鷹君にも話したかったのだけど今回は時間切れみたいだ。」
彼は時計を確認しながら話す。
「いえ、話してくれてありがとうございました。」
俺はちっとも感謝はしてないがいつもの癖でそれだけ世辞をいった。
まだ頭の中で整理が出来ていないのだ。
「…また落ち着いた時に話がしたいね。」
それだけ話して彼の雰囲気が変わる。
「私は〈思い出の場所〉で君達を待っている。」
「今度は娘と共に私に会いに来ておくれ。」




