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第一章 嵐の夜に

 今日のズー大陸は大荒れだった。

 このゲームには天候もあり今日は特にひどい嵐だったのだ。

 この嵐の中、「カボスの丘」に来るのは俺みたいな古参プレーヤーだけだろう。

 今回の目的は「銀の麒麟」だ。嵐の中でしか出現しないレアな幻獣種で倒すと時価2万コインする「麒麟の角」が手にはいるのだ。俺はそれを狙っている。

 このゲームがリリースされてから三ヶ月経つが現在も同時ログイン者数は10万人を越えている。なのに今までサーバーエラーが出たことはない。

 俺はその一ヶ月前から開始されていたβ版からこのゲームを遊んでいて相当慣れている。

 水溜りに俺の姿が映る。

 俺のこの世界での姿は狼だ。文字通りの「一匹狼」だ。

 別に友達がいないわけじゃあない。実際何人かこのゲームをプレイしている知人はいる。

 ただ社会人にもなって一緒にゲームしようぜ!なんて言えないのだ。長らく話もしてないしなんと切り出したらいいのやら…。

 ともかく俺は一人でもこのゲームを楽しんでいる。

 俺のプレイスタイルは肉食動物として基本的なハンターだ。腹が減ったら草食動物を狩り、気ままにこの世界を放浪している。

 今回コインが欲しいのは最近実装された空腹ゲージの消耗を抑えるアイテム、「世界樹の首輪」を手にするためだ。このゲームのコインは課金では手に入らない。コインを得るためには農業だったり狩りだったりしてアイテムを集め、町の交換所で交換しないといけないのだ。ちなみに狩る対象はプレーヤーでもNPCでも構わない。どちらでも倒すと所持アイテムを全て落とすのだ。

 俺は狩りも楽しんでいるがやはりこの大自然を駆け巡り自由に楽しみたい。その為に行動と共に減る空腹ゲージの減少は押さえたいんだ。

 ともかく俺は今強力なボスNPC「銀の麒麟」を狩るために洞窟に身を潜めている。やつが現れるとき落雷が落ちるらしい、それを待っているのだ。

 …耳をすませ獲物を待つ、この感覚は現代社会では中々味わえない。

 感覚を研ぎ澄ませ獣になりきる。

 じっとやつが来るのを俺は待っている。


 カッ!!


 来たぞ!雷だ。!!

 俺は全速力で落下地点を目指す。どうやら雷が落ちたのは崖側のようだ。

 俺が駆け出すとどこからか同業者が現れる。

「またジロウの旦那か、狩り場で会うのは何回振りだ?」

 俺の真上に現れたのは大鷲のタカちゃん。いつも俺の狩りを邪魔してきやがる。

「今回こそ私に譲って欲しいのだけど!」

 俺の右隣に現れたのはオオツノジカのナチュラル。草食動物の癖にやつはハンターだ。

「ファッキンジャップ!!」

 俺の左隣に現れたのはゴリラのストロンガー。恐らくアメリカ人だ。

 何だかんだコイツらとは因縁がある。負けるわけにはいかない。勝負とはそうゆうものだ!

「今日も俺が獲物を頂くぜ!」

 俺はスタミナゲージを削って更に加速する。

 直線勝負のスピードなら俺の方が早い。ライバルのタカちゃんも今日は雨でいつもほどは早くない。これは勝ったな!

 目の前に目標の姿を補足する。やつはもう俺のものだ!!


「ぴりーーーん!!」


 突然銀の麒麟が嘶く。


 カッ!!


 するとやつの周囲に落雷が落ちる。

 そんなの聞いてないぞ!強力な幻獣種とは聞いてたけど雷を操るだと!?どこの狩りゲーだ!!

 俺は落雷を直前で避ける。

 するとどうだろう、雨の影響で足場は泥沼状態になっており足をとられる。

「くそ!!」

 勢いよく駆け出したせいか体が止まらない。俺の体は崖の方に投げ出される。

「ははっ、悪く思うなよジロウの旦那!」

「駆け出したあんたがバカなんだからね!」

「ウホー!!」

 あいつらここぞとばかりに好き勝手言いやがって!

「覚えてろよちくしょー!!」

 俺はそのまま崖の下の森に墜落した。


 …くそ、落下ダメージは蔦が絡まってくれたおかげで軽減できたがかなりHPを持っていかれた。これじゃあ銀の麒麟を仕留めにいけない…。

 失意の中、俺はとりあえず蔦を振りほどき地面に降り立つ。この辺はまだ立ち寄ったことのない森だ。

 10万人もプレーヤーがいるのにこの世界はまだまだ未開のエリアが多い。

 それは生き残るのに中々シビアな難易度になっており即死級の自然のトラップがひしめき合っているからだ。更に言うなら追加のマップも用意されているらしくこのゲームはまだまだ遊べそうだ。

 俺はこの森をどこに行くでもなく歩いていると湖につきあたった。

 気がつけば嵐は収まってきて月明かりが差し込んでいる。

「こんなきれいな場所があったんだなぁ…。」

 そんなありきたりな感想をもらすと湖の真ん中に泡が立ち始める。


 誰かのテリトリーだったか!?

 そう思ってすぐさま身構える。

 ブクブクと立つ泡が次第に強くなる。


 …来るか!?


 俺は攻撃体制を構え泡の主を睨み付ける。

 しかしそこから出てきたのは予想外の生き物だった。


「…人間だと?」


 泡の中心にいたのは大きな泡に包まれた小さな人間だった。

 小さな金髪の幼女だ。

 その幼女は泡の中で静かに眠っていた。

 …おかしい。

 俺はそう思った。

 ゲームの中の出来事だがこれが異常な事態であると気付いていた。

 このゲームにおいて一種類だけ登場しない動物がいる。

 それが人間だ。

 このゲームのことはリリース前から調べていて現状登場する動物、プレーヤー、NPCを含めて全て把握している。

 確かにゴリラやオラウータンのような霊長類も存在するが明らかな人型のキャラクターは例え幻獣種でもいない。公式にそれは発表されていた。

 改造データの可能性も考えられるがこのゲームにおいてそれは限りなく低い。今や世界を牛耳る大企業「デミウルゴス」が大々的にセキュリティの高さをうたっているのだ。なんだったら改造プレーヤーを摘発すれば懸賞金がもらえる。仮にそのデータが使えたとしても一日経たないうちにBANされる。

 ならどうしてこいつはこのゲームの中にいるんだ?

 悩む頭をよそに俺の体は一歩前にでる。

 泡から湧き出る神秘的な光がこの湖を照らしていた。

 更に数歩近付くと幼女を包んでいた泡が弾ける。それと同時に彼女は眠りから目を覚ます。


 俺はその幼女と目があってしまった。

 金色の髪が夜風になびき、澄んだ青い瞳をしたそれは人というには儚く妖精のようだった。


「わんわんだー!!」


 幼女は俺を見つけるとそう叫びながら飛び掛かってくる。

「な、なんなんだおまえはー!!」

 驚いて退くも一歩遅かった。幼女は俺に飛び乗りはしゃいでいる。

「わんわん遊んでー!!」

「はぁ…何をいってるんだお前は?」

 このゲームをプレイする子供は少ない。一昨年施工されたVR規制法により14歳以下の子供のVRデバイスの使用は制限されているからだ。それでもこのゲームを遊ぼうとする子供は少なからずいるらしい。それを加味してもこのゲームのプレイ人口の殆どが大人だ。

 とにかくこの幼女はそんなの粗末事と言わんばかりに俺の背中ではしゃいでいるのだ。

「落ち着けお前!」

 俺はその幼女に忠告する。

「遊んで遊んでー!!」

 全く聞いてくれない。

「黙らないとここで噛み殺すぞ!!」

 少し声高に叫んだ。

 すると幼女は黙りこみ突然泣き出す。

「あしょんでよーあしょんでよー!!」

「わかった、わかった!落ち着け!!」

 俺は幼女を乗せてその場を走り回る。それに気をよくしたのか幼女も笑顔を取り戻す。

「わーい!お馬さーん!!」

 俺は狼なんだが…。

 幼女の機嫌を無事にとることが出来た俺は彼女が何者か尋ねる。

「お前、名前は何て言うんだ?」

「イデア!」

 屈託ない笑顔で彼女は答える。ゲームの中の筈なのにまるで現実の幼女のようだ。

「…お前もプレーヤーなのか?」

「ぷれーやー?なにそれ?」

 彼女は初めて聞いたとばかりにきょとんとしている。

 このゲームでは他のプレーヤーを視認するとある程度プロフィールを見れる機能がある。これでプレーヤーとNPCを見分けることが出来るのだがこの娘のプロフィールは何かおかしい。

 プロフィール自体は表示されるのになんのデータの記載もなく通常のプレーヤーと異なりプロジェクトIDEAという謎の記載が載っているのだ。

 運営が知らないうちに新要素を追加したのか?とりあえずそう思うことにした。

 ともかく今日はもう遅い。明日の仕事もあるしそろそろ落ちるか…。

「わんわん遊んでー!!」

 幼女は俺の毛皮を引っ張る。ゲームなので感覚はないがなんか痛い気がする。

「悪いな嬢ちゃん、今日はもう落ちるんだ。」

「えー遊んで遊んで!!」

 …聞き分けのない子供だ。

「…明日遊んでやるから今日は勘弁してくれ。」

「…ぜったいだよ!!」

「…わかった、わかった。」

 守るとも知れない約束をたてることでその場をしのぎ寝床の用意をする。

 このゲームでは寝床を作って寝ることでしかセーブとログアウトが行えない。強制ログアウトをした場合そこそこのペナルティがかされる。このせいでゲームを中断しない人が多くある種の社会問題として最近ニュースでも取り上げられている。

 寝床が出来上がり体を横に倒す。すると幼女は隣で横になる。

「…何してるんだおまえ?」

「わたしもねるー!!」

 そういって俺の体を掴みながら彼女はすやすやと寝息をたて始める。さっきまで泡の中で寝てた癖に面白いやつだ。

「…ふっ、おやすみ。」

 それだけ言い残してログアウトする。


 ヘッドセットを外すと部屋の明かりが目に差し込んでくる。この人工的な明かりが先程までの大自然は仮初めのものだと俺に訴えかける。

「…誰かにおやすみっていったの、いつぶりだったかな。」

 それだけ呟いてそのまま眠った。

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