第十二章 イデアと杏子とオフ会と
「先輩助けてください!」
残業中に声をかけてくるやつがいる、松下だ。
「どうしたんだ松下?」
係長は外でタバコをふかしていて、所長は今日は本社で会議だから営業所にいない。事務員さんは定時で帰ってしまったし他のメンバーもまだ帰ってこないだろう。
「今度の知り合いと飲み会に行くことになってしまいまして。」
これは松下のプライベートな話なのだが俺はなんの話か知っている。
「どうにも断りにくくて行くことになっちゃったんですけどあんまりそうゆう経験がなくて…。」
「…先輩の予定が空いてれば、一緒に会場の下見に来てくれませんか?」
どうしたものか…、松下から誘われることなんてなかったしむげに断ると言うのもよくない。
だが恐らく下見に行ってしまうと俺はその店に二度行くことになってしまうのだ。
この事は松下は知らないし、知っていたらそんなことも言わないだろう。
どちらにせよ松下とも一度話をしないといけないのだ。松下のいう通り一度下見に行くのもあながち間違いではないのかもしれない。
「…なら今週の金曜どうだ?」
「…ありがとうございます先輩!」
俺はとりあえず安請け合いで答えた。
松下がこんな話を切り出してきたのは恐らく先日のゲーム内の出来事がきっかけだろう。
かめちょんから事情を聞いた次の日、ログインすると予定時間通りに他のメンバーも集まっていた。
俺達は平日に大体十時から十二時までの二時間程度遊んでいる。休日はその倍以上遊んでいるんだがな。
ナチュラルに関しては俺と仕事の時間も同じだし予定通りに現れるのは自然な流れだ。昔からナチュラルは俺と同じ時間帯でいつもいるなと薄々感じていたが今はそのからくりを知っているから驚きはないのだ。
タカちゃんは俺たちよりも少し遅め、十一時前くらいでやって来た。
俺達が集まってもイデアは眠っていた。
かめちょんが本部に連絡したところ〈たからもの〉による記憶の再生で負荷がかかってしまったらしい。
検査結果では一日安静にすることで復旧するらしい。
とにかくイデアのプログラムは特別で余計な手が加えられないため安静にして経過観察することになった。
実際とても心配ではあるが倒れたときと違いすやすやと眠っているのでとにかく見守ることにした。
旅の主役であるイデアが療養する必要が出たため俺達はスカイフロントウェアで足止めをくらったのだ。
これを機会にと言うことでかめちょんはナチュラルとタカちゃんにイデアのことについて事情を話すことにしたのだ。
イデアの記憶の深い部分を見てしまった以上中途半端な説明ではよくないと思ったのか、それともチキンジョッキーのいう通り旅は道ずれと言うことなのかはわからないが二人に事情を話した。
イデアが大企業デミウルゴスの社長の一人娘であること、自殺未遂で植物状態になったこと、それが今電脳世界で生きていること、かめちょんがイデアの記憶に出てきた少女本人であること、とにかく一杯だ。
ナチュラルは最初驚いていたが二度もイデアの記憶に触れてイデアの過去を知ってきたからか割りと素直に事情を飲み込んでくれた。
タカちゃんについてはよくわからない。何か知っていたかのような余裕があり、こいつがどう感じているかわからない。しれっとついてきて当然のようにこの場にいるのだ。
とにかく二人に事情を説明すると二人も理解してくれて口外しないと約束してくれた。
ゲームの中での口約束ではあるが二人も真剣な様子だったしそれに関しては心配はなさそうだ。
話がまとまるとかめちょんは一度直接会って話がしたいと提案した。
私情が入り交じったプロジェクトではあるがイデアの存在は会社の命運を握るものなのだ。ゲーム内だけで済ますわけにいかない、そう彼女は思ったのだろう。
ナチュラルは強く反対していたが大きな秘密を打ち明けられた後で気まずかったのか断りきれず折れてしまった。
タカちゃんについてはとても乗り気で場所のセッティングまでしてくれると言ってきたのだ。彼がどこに住んでいるか俺達は知らなかったが彼の強い勧誘にかめちょんは乗り、彼らの主催で俺のゲーム人生で初のオフ会の日取りが決まったのだ。
それから数日して無事にイデアは目を覚ました。
前よりも少し背が伸びて小学生の上級生くらいになったろうか。初めて会った時の倍位になったかな。
長く伸びたら金髪に青い瞳、白い素肌も相まって本当に妖精のようだ。
「…ジロウ、おはよう!」
俺達の心配を他所に何事もなかったかのように彼女は起き上がった。
起き上がってすぐに俺に抱き付いてくる。
段々と元の姿に近付いているとわかってはいるが不思議なことに俺は彼女が成長しているように感じる。
そんなことを思いながら俺は少し寂しくなる。
「…心配しましたよイデア様!!」
泣きながらかめちょんはイデアの肩に乗る。
呆気にとられるイデアだったが俺がイデアが倒れてから数日ほど寝ていたことを伝えるとイデアはこう答える。
「ごめんね杏子お姉ちゃん、心配かけて。」
イデアはかめちょんのことを杏子として認識したのだ。
これにかめちょんは驚きより一層涙を流す。
「…私のことがわかるのイデアちゃん?」
「…なんとなくね、そうやって呼んでた気がするの。」
ワイルド・シミュレータでは皆、動物の姿をしている。プログラムとして生きるイデアもその姿形を捉えて認識するとかめちょんは言っていた。
その上このゲームはボイスチャットで会話をする訳だが自動翻訳システムの都合上多少音声が変調される。全く別の声になるという訳ではないが現実世界の声と少し似てるような似ていないような微妙な調整がされる。この仕様のお陰でこのゲームではネカマは少ない。いないわけではないんだがな。
それゆえにイデアがかめちょんについて得られる外見的情報から本人を特定することはないはずなのに彼女はそれを行った。
これも不安定なイデアのプログラムが影響しているのだろうか?
とにかく彼女の肩で泣く黄色いカメレオンをイデアは撫でていた。
これじゃあどっちがお姉ちゃんかわからないな。
「改めてみると本当に姉妹のようね。最初はよくわからない子犬に見えてたけど本当に女の子なのね。」
俺の後ろからナチュラルが語りかけてくる。彼女とは改めてコミュニティ登録を行ったからイデアの真の姿が見えるようになっていた。ついでにタカちゃんもだ。
少女とカメレオンが姉妹だなんて通常じゃとても思わないが俺はナチュラルの意見に賛成だった。
松下にも兄弟はいるのだろうか?
俺はふと疑問に思った。
前に上新井の話を聞いて知らなかったことが山のようにあったのだ。上新井とは一ヶ月程度一緒に過ごしたがその上で知らないことが一杯だったのだ。
松下が俺達の営業所に来て半年経つが上新井以上に松下のことを知らない。
話を聞いてみるのも面白いかもしれない、そう思った矢先に松下から誘いを受けたのだ。
「ここが例の会場か。」
その週の金曜日、俺と松下は早めに仕事を切り上げタカちゃんが指定したお店に来ていた。
かめちょんに松下と飲んでくると言うとぶーぶー文句を言われたがいきなりみんな集まって正体を明かすのは気まずいと説明してなんとか逃れた。
ゲーム内でもイデアに今日は会えないかもしれないと伝えると渋々了承してくれた。
出来れば少しでもイデアと一緒にいてやりたいが現実の全てを放棄するわけにはいかない。社会人は大変だ。
土曜日は沢山遊ぶと約束してイデアをかめちょんに任せた。
俺が話した後当然ナチュラルも来れないと話すのだが彼女は奇遇ねと話すだけで目の前にいるのが明日同席する男だとは気付いていないようだ。
その後タカちゃんも空気を読んでか姉妹二人で過ごすといいと言ってログアウトした。
まぁたまにはこうゆうのもいいだろう。
俺達がついた店はお洒落な洋風居酒屋「バードフェイス」、駅前にある割に知名度は低く閉店時間が早いのに密かな人気がある隠れスポットである。
個人経営の店でなんでも店長がヨーロッパで料理の修行をしてきているらしい。その分味は確かなのだと。
「なんか二人きりで話すなんて初めてですね。」
店の前に来て初めて緊張を示す松下。
誘ってきたのはお前の方だろうに不思議なやつだ。
「…とりあえず入ってみようぜ。」
俺はちゃんと先輩らしく松下を引き連れて店内へ向かった。




