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深紅の竜血  作者: 江渡由太郎
第六章 終わりの地
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7

 玉座の間では宮廷魔術師マーク・オーウェンが宰相として、セフィロトの守護者へ文を出した使者の戻りを待っていた。


 突然、玉座の間の正面に位置する観音開きの重量感がある扉が、重々しい音をたててゆっくりと軋みながら開かれた。


「戻ってきたか! 待ちかねたぞ!」


 マークは期待を込めて扉の方へと視線を向けた。


 だが、その人物を確認すると直ぐにそれは警戒心へと変わった。


「久しぶりに聖都へ寄ってみたのだけど、お邪魔だったかしら?」


「何しに来た……」


「この私を呼びつけるなんて、いったいどういうつもりなのかしら?」


 幾分、皮肉を込めてその女は言っているのだが、端正な顔だちで無表情なために、その真意はうかがい知れなかった。


「皆が噂しておるぞ。“黒衣の魔女の傍にいると生きては帰れない”ってな」


 そう言ったのは宮廷魔術師マーク・オーウェンであった。


「ずいぶんな、挨拶ね。今の時代の宮廷魔術師殿は目上の者に対する礼儀を知らないのかしら?」


 玉座の間に居合わせた文官や武官たちはざわめいた。


 何故なら、目の前に現れた美しい女が初老の宮廷魔術師よりも年上には見えないからである。


 そして、黒衣の魔女はゆっくりと右腕を前に伸ばした。


 それは、まるで宮廷魔術師マークに対して拳を突き出すような姿勢であった。


 中指には大きな紫水晶に金で繊細に細工を施された美術品のような指輪がはめられている。


 それは、濃い紫色から薄い紫色に炎の様なものが妖しく揺れ動きながら宝石の中で輝いている。


 装飾品はまるで命ある生き物のようにも感じられる。


 魔晶石に蓄えられた魔力とそれに付与魔術師が特定の強力な魔法をその指輪に付与した代物であると、古代語魔法に精通したマーク・オーウェンには分かった。


「残念ながら黒衣の魔女よ、貴様のその魔法の玩具はここでは使えんよ」


「そうなの? 試してみる?」


「ワシの魔法の防護壁の中では、ありとあらゆる魔法は瞬時に無効になる。貴様もこの古代語魔法の呪文の効力の絶大さは知っておろうに」


「そうね。確かに知っているわ。その古代語魔法の防護壁の呪文の前では、例え炎の神の焔も竜の咆哮さえ無効にしてしまうでしょうね。でも……」


「何か他に打つ手があるとでも?」


「もし万が一、今のような状況で私が無力な存在になった時の事を私が考えないでここへ来たと思うの?」


 黒衣の魔女の能面の様な感情のない顔からは、相手が何を考えているのかも読み取ることはできない。


 宮廷魔術師と黒衣の魔女の間で目には見えない何かの攻防戦が繰り広げられている。


「まさか!」


「ご名答。そのまさかよ」



「そ、それは……あの魔導具の一つ“水瓶座”なのか!?」


 宮廷魔術師マーク・オーウェンは目を輝かせていた。


 何故なら、魔導具は世界に十二種存在し、そのいずれもが絶対的な力を有しているのだ。


 あらゆる万物の原理原則をも無視したその力は“神の領域”を超えているとさえ伝えられている。


 その魔道具の製作者はアナスタシア・ボギンスカヤという名の高名な魔導師であった。


 古代王国時代初期に彼女は古代語魔法と錬金術を極めていたと古文書には記されている。


 そこには、十二種の魔導具を創作するために、魔界から魔神王を呼び出した。


 そして、十二の都市の住人の命を代価にして等価交換により十二の魔導具を手にした。


 その魔導具は古代王国の初代王に仕える十二人に与えられた。


 やがて、歴史が流れ魔道具の奪い合いの戦乱の最中、その十二種の魔道具は散り散りになり所在地不明の幻の魔導具となったのだった。


 突然、一つの咳払いがした。


「漆黒の魔女を呼んだのは余ぞ! オーウェンは余の客人に対して無礼な振る舞いは許さぬ」


「も、申し訳ございません……殿下」


 先程まで狼狽しきっていた人物とは思えないほどの威厳を取り戻した王に、宮廷魔術師を含む文官と武官も動揺した。


「黄金色の獅子の王、私はあなたに私の力をお貸しいたしましょう。ただし、見返りは必要です」


 黒衣の魔女の感情の欠片もない声は、静まり返った玉座の間の隅々まで届いた。


「黄金か? それとも領地か? 何なりと申せ。お前の望みは全て叶えてやると王の名にかけて約束しよう」


 黒衣の魔女はそれでも表情一つ変えずにただ軽く頷いた。


 黄金色の獅子の先代王は、北の狼の王が率いる軍勢に敗れ、国土の大半は占領されてた。


 王家の第三王子であったチャールズは戦地に赴くことも王位継承権に巻き込まれることなく僻地の領主を務めていたのだ。


 それが北の狼の王の軍が黒エルフ族との戰が始まると、軍がそちらへ進軍した折りに黄金色の獅子の残存兵力で王都を奪い返したのだ。


 その後に玉座に迎えられたのが王位継承権第三位のチャールズであった。


 王族の生き残りであったチャールズが王になってまだ間もないが、再び王都が戦火包まれたのだった。


「殿下も気づいているかと思いますが……この戦いは何も得られない戦いです」


「戦っても何も得られない!?」


「全ては炎と血に染まり、瓦礫と屍の山と化すことでしょう」


「それでも、あの忌々しい竜は殺すことはできるではないか!」


「民が居なくなった王国を治めるような愚行な王に、この先誰も仕えはしないでしょう」


「余が愚行な王だと!?」


「まさに、愚の骨頂です。権力を握ると傲慢と虚栄に満ち横暴に走る。挙げ句の果ては自己愛が強すぎるために狂王になるのです」


「この余を……黄金色の獅子王であるこの余を……愚弄するのか!!」


「怒鳴れば相手が黙ると思っていらっしゃる。それは小心者で臆病者である確固たる証でございます」


「おのれ! 誰か! この狡猾な魔女を捕らえよ!」


 近衛兵の二人が黒衣の魔女の両脇に立った。


「宮廷魔術師殿、一ついいことを教えてあげるわ」


 黒衣の魔女は感情なき陶器の人形の表情のままそう言った。


「わたし……あの古竜を手に入れたの」


「なに!? 伝説のあの“抱擁する者“をか!? しかし、あれはあくまでも伝説では!?」


「そうかしら? よく考えてみて宮廷魔術師殿。あなたたちの祖先の歴史のことよ」


「だが、しかし……」


「いままでそうであったように……伝説はやがて、神話になるのよ」


 やがて、宮廷魔術師マーク・オーウェンは黒衣の魔女の真意を読み取った。


「お前は……歴史に名を残したことに飽きたらず、今度は神にでもなろうというのか……」


「お会いできて、楽しかったわ。あなたたちに光の神々の加護があらんことを。最後に会えて良かったわ。さようなら、昔の友人マーク・オーウェン」


 黒衣の魔女は紫色の指輪を天井に向けて上位古代語を一言唱えた。


 すると、強力な魔法の防護壁の魔力が水瓶座と呼ばれる魔導具の紫色の宝石へとたちまち吸い込まれた。


「ま、待て! 抱擁する者には手を出してはならん! 言い伝えが本当ならば、あれには手を出してはならん!」


 そして、黒衣の魔女は神聖語の詠唱を済ませて神聖魔法の帰還の呪文でその場から姿を消したのだった。

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