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深紅の竜血  作者: 江渡由太郎
第六章 終わりの地
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6

 大地が震え、そして哭いていた。


 凄まじい地響きは、広大な草原の遥か遠く離れた古城にまで轟いていた。


 城主は壮年の男だが、見るからに怯えていた。


 顔面蒼白という言葉は、まさしくこの王に相応しい有り様である。


 それを一向に隠そうともせず、玉座の回りを狼狽えた表情のまま世話しなく歩き回っていた。


 文官と武官はそんな主の姿を侮蔑を込めた眼で冷ややかに見詰めていた。


 花崗岩でできている城内の床や壁さえも、城の主を蔑み侮蔑の笑みを浮かべている様な雰囲気を感じさせていた。


 西側の明かり取りの窓からは、黄金色の光が射し込んでいる。


 それが陽の光ではないことは、この玉座の間に居る誰もが周知の事実であった。


 いままさに城下が炎で燃え上がっているのだ。


 聖都と吟われたこの“黄金色の獅子の都”がその名の黄金色の炎に包まれていた。


 巨大な城程もあろう姿の翼竜が大空を舞っている。


 翼をはためかせる度に、その風圧により大地が引き裂かれるかのような悲鳴をあげているのだ。


 文官の一人である初老の男が己の主に恭しく声をかけた。


「殿下、あれは北方の大陸に棲息している老竜です。何故、南のこの地へやって来たのかは分かりません。竜に襲われてはもう打つ手はないため一刻も早く民と共にこの地から離れなくてはなりません」


 初老の男は控え目に主に進言した。


 この男こそ六魔道士の一人であり、この獅子の王国の宮廷魔術師で名をマーク・オーウェンである。


 失われた古代語魔法の第一人者であり、幾つもの失われた秘術を現代に甦らせていた。


 遠く離れた大空を我が物顔で飛び回り、巨大な口から黄金色の炎を噴出する太古の魔獣にして最強の幻獣である竜のことを一番理解しているのもマーク自身である。


 人間には想像を絶する程の永い年月を生きた竜は“老竜”となり知能も優れ、複数の複雑な魔法すらも掛け合わせて巧みに操るのだ。


 その力は上位種になると、神をも滅する力をも持つとされる“古竜”に匹敵する存在ですらある。


 今、獅子の王国を滅ぼさんとしているのは、まさしくそれであった。


 黄金色の瞳と黒い鱗の巨大な竜は、蝙蝠の様な大きな翼で死を運んでくる。


 それゆえ、その姿から“黒竜”又は“邪竜”と呼ばれている。


 千年以上も生き続けている老竜は、再び咆哮をあげた。


 遥か遠くから放たれたその咆哮は、聞くもの全ての魂そのものを打ち砕いた。


 炎から逃げ惑う人間や家畜、自然動物に至るまでその場に崩れ落ち一瞬のうちに息絶えた。


 そんな絶望の渦中ではあるが宮廷魔術師マーク・オーウェンの魔法の防護壁により、玉座の間に居る者たちはその恩恵を受け死を免れた。


 だが、城内の警備兵や宮廷の貴婦人の多くは、断末魔をあげたかの様な形相のまま息き絶えていた。


「進退窮まったとは、このことだな……」


 宮廷魔術師は口には出さなかったが、周りの者たちも各々それは理解できた。


「宮廷魔術師殿、何か策はないのか?」


 主からの言葉に武官や文官が一斉にマークへ視線を向けた。


「セフィロトの守護者たち……我が国への救援を求める文を持たせ使者を早馬で向かわせてあります……」


「おお‼ セフィロトの守護者たちならば、あの邪竜を屠ってくれるというもの!!」


 この玉座の間に安堵の溜息が漏れた。


 しかし、宮廷魔術師だけは余談を許さない状況であることに変わりがない現状だと王を諌めても聞く耳を持たないのである。


 恐怖の度が過ぎると人間はその状況から一刻も早く逃れたいと考える。


 ささやかな望みさえも、それがあたかも最大の救いの策であるかのように錯覚するのだ。


「皆よ、同士が駆けつけるまで暫しの辛抱だ‼」


「国王陛下、万歳‼ 国王陛下‼ 万歳‼」


 王の激励に皆が恐怖の中から奮い立った。


 人民を一瞬にして魅了するカリスマ性の持ち主、これこそが王としての資質かも知れない。


 宮廷魔術師は自分には決して手に入らないものに畏敬の念を示した。


 知識や技術のように求めれば得られる力とはまた別の力とは王という資質というものなのだろう。


 マークは樫の木の杖を握り締めてセフィロトの守護者たちの助力が得られることを願った。


 セフィロトの守護者とは永い年月の間お互いに同盟関係にある。


 獅子の紋章の王国の南方にある森はセフィロトの土地とし、不可侵条約を締結しているのだ。


 森は太古の姿を残し、そこで暮らす民はエルフ族である。


 セフィロトと呼ばれる生命の樹を護り、自然の掟に従い暮らしているのだ。


 古エルフ族は“深い森の民”、“暗い森の民”、“太古の森の民”がこの大陸には存在する。


 セフィロトの守護者たちは古エルフ族に敬意を込めてそう呼んでいる。


「セフィロトの守護者たちがあの老竜を退治してくれるのだろうか? もし、助けに来てくれない場合は……」


 マークの脳裏に負の連鎖の如く、次々と悲観的な考えが沸き上がってくる。


 あえて神にも匹敵する竜と闘うことが、彼らにあるのかという疑問が払拭できない。


 同盟を結んでいるといっても遠い昔の話であり、その同盟に立ち会った者は既にこの世にいない。


 誰もがそんな盟約など反故だというのではなかろうかとさえ考えられる。


「わたしは絶対に拒絶する」


 己がセフィロトの守護者ならば、絶対にそう使者に告げるだろう。


 犠牲を覚悟で人間を助けたとして何の特があるだろうか。


 いま生き残った人間でさえやがて死に、この今の出来事を覚えている者もいなくなるのだ。


 たとえ、セフィロトの守護者が救ってくれたとしても記憶は失われてしまう。


 そんな人間を救う価値がセフィロトの守護者たちにあるとはマークは思えなかった。

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