表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深紅の竜血  作者: 江渡由太郎
第六章 終わりの地
62/67

4

 焔が水の精霊界の乙女たちを一瞬のうちに消し去った。


 古エルフ族の娘であるユーリアは絶望の表情を浮かべていた。


 ユーリアには水を司る下級精霊ウンディーネたちが炎の高熱で水の体が沸騰して蒸発し、物質界から消滅した光景が精霊使いであるために見えていたのだ。


 水の乙女たちは絶命したのではなく、物質界において力を行使するための媒体である水が無くなったために精霊界へ戻ったのだ。


 それでも、精霊を傷つけてしまった事実は変わらない。


「ウンディーネたち、ごめんなさい」


 ユーリアは精霊界へ届くように強く念じた。


「なかなか手強いな」


 ドワーフ族のイムリが歯痒いといった表情で古エルフ族の娘を見た。


「離れた場所にいるから接近戦が得意なあなたの出番はまだよ」


「材料さえあればカタパルト位なら簡単につくれるんだが、ここには本当に何もない」


「大丈夫よ。優秀な魔術師が二人もいるんだから。こちらに神聖魔法の使い手がいないから怪我だけしないで頂戴ね」


 ユーリアはイムリにそう言って微笑んで見せた。


 余裕があるわけではないが、ここで取り乱したりしては相手の思う壺だと思ったのだ。


 目の前の炎の山羊の魔物はトレバーの話によると炎の神の女司祭だというのだ。


 だとしたら、相手は傷ついても己に回復魔法を使うことができる。


 北の賢者と呼ばれた大魔導師トレバーは上位古代語の詠唱を行いながら右手に握られている魔法使いの杖を複雑に操り、宙に魔方陣を描いた。


 紫色に発光する魔方陣の中から無数の黒い手が次々と現れて、一斉に紅い女と呼ばれる炎の神の女司祭へ掴み掛かって行った。


「黒魔術に対抗するには黒魔術じゃ! 失われた古代語魔術の一つを復活させた。禁忌の魔法で闇へと還るがいい!」


 トレバーの禁断の呪文は確実に紅い女に効力を発揮した。


 無数の黒い触手は炎の山羊の魔物の四肢を掴み体を包み込むように束縛したまま、紫色の魔方陣の中へ引きずり込もうとしている。


 誰もがこれで決着がついたと確信していた。


 だが、黒い触手は焔に燃え上がり細かな塵と化して消滅した。


 三ツ又の矛により魔方陣は切り裂かれ、魔法の効力は完全に失われた。


 間髪いれずにイーサン老師は光の矢の呪文を紅い女へ放った。


 無数の矢は魔物の肉体を貫き致命傷を与えた。


 傷口から葡萄酒のような鮮血が吹き出している。


 紅い女は獣のような鳴き声であったが、神聖魔法の呪文を詠唱した。


 真紅の光に包まれると傷口がみるみるうちに塞がっていったのだった。


 その光景を見ていたイーサン老師が口から血を吐き出し、その場に俯せの状態で倒れた。


 老魔術師の突然の吐血にウィリアムは何が起こっているのか理解できずに、ただ見ていることしかできなかった。


 枯葉色の賢者のローブは血に染まり倒れた石畳の床面には血溜まりができた。


 眼に鮮やかな真紅の血は波紋を描きながら大きく広がり続けたのだった。


 イーサンが物言わぬ冷たい骸になるのに然したる時間は掛からなかった。


「己の負った傷を回復させる代価として、相手に傷を与えて己の負った傷を回復させるという黒魔術の禁忌の呪文じゃ!」


 警戒するように促しながら叫ぶトレバーの顔色は先程とは明らかに変わっていた。


 ユーリアはその場を牽制するためにありとあらゆる精神に作用する精霊魔法を行使した。


 離宮の庭園の木々から魅惑を司る精霊ドライアードを召喚したり、建物の影から闇の精霊で恐怖を司る

シェイドや戦の精霊で勇気を司るヴァルキリーを召喚したのだった。


 山羊の顔を持つ魔物の周りであらゆる感情を司る精霊たちが紅い女の感情を刺激した。


「効いているのか!?」


「分からない……」


 ウィリアムの問い掛けにユーリアは力なく答えた。


 古エルフ族の娘はあることに気づいた。


 目の前の魔物に精霊たちは何の効力も与えられずにいたのだ。


 それは、目の前の炎の神の女司祭には”感情”が欠如していることに他ならなかった。


 山羊の魔物は精霊使いであるユーリアの周りに炎の礫を浴びせた。


 悲鳴と共に華奢な体が宙を舞った。


 先程まで森の妖精が立っていた場所には炎が散乱している。


「大丈夫か!?」


「ええ……何とかね」


 ユーリアは気持ちが激しく動揺していた。


 もしあの攻撃を避けられなったならば、火だるまになって絶命していたに違いないのだから。


 古エルフ族の娘は覚悟を決めた。


 精神集中を高めていき、精霊界の一つの扉を開いた。


「わたしの呼び掛けに答えて! お願い!」


 暫くの沈黙ののちユーリアの呼び掛けに答える巨大な意識が現れた。


「森の娘だな。我に語りかける永遠の存在よ」


 圧倒的な意識の力が圧力として直接ユーリアの存在そのものを脅かした。


「そうよ。貴方の力を貸して欲しいの」


「お前に我を使役する力と資格があるのか?」


 ユーリアは圧倒的な力を有する精霊の問いに迷わず答えた。


「わたしには貴方を使役する力がまだないかもしれない。でもエルフ族として生まれたからには精霊使いとしての資質はあるわ! それが貴方にとっての資格ということならね」


「いいだろう……我を物質界に召喚してみよ! お前の力が未熟なら我は物質界にてその力を行使できぬし、できたとしても我の力を最大限に発揮させることは叶うまい」


 炎の上位精霊イフリートはそう言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ