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深紅の竜血  作者: 江渡由太郎
第六章 終わりの地
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2

 暗闇と陰鬱が満ちている籠の檻の中で、少女は孤独にひたすら耐えるしかなかった。


 その籠の檻は自由を奪うためにだけ存在している隔離された空間であった。


 決して、外部からの脅威から身を守るために用意されたものではない。


 幽閉される為にだけ用意された忌まわしい物である。


 何も聞こえない。


 何も感じない。


 少女の五感という感覚が徐々に全て失われつつあった。


 朦朧とする意識と削ぎ落とされていく感覚の中、少女は己の名前であるディヴィナという自分の存在に必死に縋り付いていた。


 そうしなければ、蝋燭の揺らぐ燈火の如くとても曖昧で不確かな自己が消滅してしまいそなのである。


 既に呼吸している感覚さえない。


 そんな中でも一つだけ異質で底知れぬ畏怖を感じられるものがあった。


 それは五感で感じ取るものではなく、魂そのもので”解る”というものである。


 まるで、強制的に理解させられているようなもの。


 それは静寂な闇の中では、とても小さな鼓動の音だけしか感じられない。


 だが、途轍もない重みというか次元の違う存在である認識は本能的に理解できた。


 少女は闇の中で途方に暮れていた。


 次第に孤独に苛まれている最中でも規則正しく打たれるリズムが心地好ささえ感じていた。


「魂の同調……」


 それが少女自身の小さな体から打ち鳴らされている音ではないことに気づきはじめた。


 突然、漆黒の中に一筋の眩い光が射し込んだ。


「己を見失ってはなりません」


 どこから途もなく少女の魂に直接囁きかけた声があった。


「誰か居るの!?」


 夢心地の気分から突然現実へ引き戻されたような感覚に戸惑いを顕にした。


 光は掻き消され再びそこには闇だけが根強く居座っていた。


 心臓の鼓動はその闇そのものなのではないかと思える音で、先程とはあきらかに違う圧力をディヴィナに与えていた。


「我を解き放て!」


 その殺気を孕んだ声が闇全体を揺るがした。


 ディヴィナは逃げ隠れすり場所さえない闇の中で、必死に光の神の一柱である慈母神に救いを求めた。


 闇がディヴィナを捕まえ八つ裂きにするであろうことが理解できた。


 強大で無慈悲な存在の恐怖を抑えながら、ディヴィナは一心不乱に慈母神の名を繰り返し叫んだ。


「己を見失ってはなりません」


 先ほど聞こえたのと同じ大いなる慈悲に満たされた優しい声が、少女に魂そのものに直接響きいた。


「わたしには慈母神の加護がある……」


 少女は壊れてしまいそうな自分の存在を再び強く意識した。


 すると闇が動揺したようにディヴィナに与え続けていた圧力を緩めたはじめた。


 最強の幻獣である古竜に対し、無抵抗で無力な人間の少女が抵抗したこと感じた。


 その抵抗した力が古竜をも屈服させるほどの圧力を秘めていたために、少女へ与えていた圧力を弱めずにはいられないほどのものであったのだ。


 忌々しいほどの少女の圧力はいまだに古竜の存在を束縛するのに十分であった。


「わたしはあなたに屈しないわ! 古の竜である”抱擁するもの”よ! 深淵の闇の底へと帰りなさい!」


 ディヴィナは恐怖の内に眠っていた勇気を呼び起こして魂の限り叫んだ。


 お互いの力が拮抗する中で、魂と魂との戦いは時間の流れさえも止めてしまう程であった。


「我にくだれ非力な小娘よ。お前には我を抑える力などないのだ」


「だ、だめ……もうこれ以上……抑えることができない」


 破壊と殺戮の強い衝動がディヴィナを呑み込もうとしていた。


 ディヴィナの魂は悲鳴をあげていた。


「消滅せよ。お前には我を抑える魂の力はないのだ」


 古竜と呼ばれる存在は神々の時代から存在していた。


 神々と同等の魂の力を持っている存在なのだ。


 圧倒的なまでの強大な力の前では、ディヴィナの魂はいまにも粉砕されてしまいそうである。


「愚かな人間の小娘よ。諦めるのだ。我を封じ込めることはお前には無理なのだ」


「わたしは、あなたを開放しないわ! あなたを開放すれば、全てが……全てが終わってしまう!」


「何故、人間の命を守ろうとする? お前が守ろうとしている人間はお前の父と母を殺したのではないか?」


 ディヴィナを見据える父の物言わぬ虚ろな眼が思い出された。


 胴体から切り離された父の無惨な生首は、形相を浮かべながらディヴィナを見ているあの光景が心に動揺の波を押し寄せさせた。


「お父様……」


 竜の紋章の王族であったディヴィナは何もかも記憶を取り戻した。


 ディヴィナの父は竜の紋章の国王であり、善政を掲げた国政に取り組んでいた。


 しかし、行き過ぎた法は国民にとっては圧政でしかない。


 創造主である神々が目指した世界を実現させるかの如く、ただひたすらに神の子である善なる人間を求めた。


 その結果、法の名のもとに国民は次々と裁かれたのだ。


 盗みをしたら死罪。


 税が納められなければ死罪。


 夫役を休んでも死罪。


 三ヵ月で六万人もの命が奪われた。


 国土は挽歌と血で満ちたのである。


「この忌まわしい行いは、善なる神の子として創造された人間の本性なのだ。所詮、おまえたち人間も神々と同様に血と驕りのかたまりなのだ……」


 古竜は嘲笑うかの如く吐き捨てる様に言った。

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