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深紅の竜血  作者: 江渡由太郎
第五章 嘆きの壁
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 純白の海原が何処までも果てしなく続いていた。


 窓越しから見えるその景色は、風に吹かれては絶えず形を変え海面の波のようである。


 外の景色のように絶えず時間の波に翻弄され続けて、終焉の日の訪れに無力な人間たちにいったい何ができるのだろうかと北の賢者は己の考えに耽っていた。


 簡素な装飾の年代物である木製椅子に座した姿勢で、膝の上で分厚い書物を開いたまま老魔術師トレバーは雲海が広がる外の世界へと想いを馳せていた。


 愛する者たちと心の安らぎに包まれたまま、最期の時間の一瞬までも一緒に過ごすことが幸せなのだろうか。


 それとも、最期のその一瞬という時間までも希望を抱き続け、運命に抗いながら必死に運命へと立ち向かうことが人間として在るべき姿なのだろうか。


 だが、人間は不完全な存在であるがためにどちらが答えなのか理解する力がなかった。


 しかし、トレバーは自問自答しながらもどちらも答えでありどちらも答えではないと考えていたのだ。


 大魔導師と呼ばれたトレバーは、答えは一つとは限らないと導き出していたからなのだ。


 全知全能の神々が持ちうる力に比べたら、とるに足らない矮小な存在である人間ゆえに答えは無数に存在する。


 不完全な存在ゆえに曖昧模糊によって、答えが無数に存在するとトレバーの考え方である。


 神々ならば絶対値でしか物事を判断しない。


 それは、あらゆる可能性を考慮したうえで導きだされた絶対的な最終結果なのだ。


 それゆえ、”白か黒”や”善か悪”という絶対値の極論が出される。


人間を”善なる神の子”として創造したならば、神々は惜しみなくその叡知を人間たちへと還元したはずである。


 その反対が現在この地上に迫っている”最後の審判の日”である。


 神々は”堕落した悪しき人間を滅ぼせ”と決断したことには違いないのである。


「こんな時だからこそ……こんなに心が穏やかなのかもしれんな……」


 大魔導師と呼ばれた老人は、空中に浮かぶ浮き島に設けられた離宮という名の建物の窓の外に広がる”天国”としか思えない景色を眺めてながら独り言を呟いた。


 トレバーはその”天国”を見たことはないし、聖職者が語る”神々の住まう世界”だとも信じていない。


 神々は不滅の魂であり高次元の天界と呼ばれる世界に存在するが、不完全な存在の不完全な魂である人間が神々の住まう世界へと行けるとは考えていないのだ。


 人間は己の死後の世界に不安を感じ恐怖している。


 若いうちは死とは無縁であるかのようにそのようなことを真剣に考えることはないが、歳を重ね己の死と向き合うような年齢になると死から近づいてくる。


 そして自分は死んだのちいったいどうなるのだろうかと考える。


 ある人は”無”になるという。


 またある人は”善行を重ねていれば極楽浄土へ行き、悪行を重ねていれば地獄へ堕ちる”という。

”天国”や”地獄”へと死後の世界に向かう話が多くの人に信じられているからこそ、人間は己の死後の


 世界に向かうために悪行を重ねないように自制しているのかもしれない。


 ただ、大魔導師トレバーが達した答えは”神々は存在する”と”死後の世界は存在する”である。


 神々は肉体を失ったが、不滅の魂で存在し続けている。


 それは神々が自らの姿に似せて創造した人間も同じである。


 肉体を失ったのちは魂の存在となる。


 しかし、人間は不完全な存在であるがために不完全な魂でもある。


 魂は不滅でないために、その魂の存在する力が失われやがて無となるのだとトレバーは考えていた。


 魂の存在する力が失われるまでは、それを統括するために死後の世界に向かうのだ。


 冥府を司る神がその任に当たり、死界や冥界へと不完全な魂を導いていると考えていた。


 神々が存在する天界は神々とその僕である天使が存在する世界であり、人間が死後向かう世界ではないのだ。


 また、魔界は悪魔が棲む世界であり、人間が死後向かう世界ではない。


 妖精界や精霊界のように、それぞれの世界にはそれぞれの住人が存在するのだ。


 人間は物質界な住人であるが、死後は物質界での肉体を失った魂の存在のみとなるため冥府を司る神の法則により魂は死界へそして冥界へと向かう決まりとなっている。


 だが、例外もある。


 それは、この物質界に強い未練がある魂や何かの呪縛により物質界から離れられない魂が存在する。


 それらは物質界で霊として存在するのだ。


 霊として存在するといってもその魂は元は人間の魂であり、不完全な存在の不完全な魂であるため、やがて数百年という歳月をかけながら魂の存在する力が失われ消滅し”無”となるのである。


 大魔導師トレバーは己の死と向き合う齢である。


 自分は何かを成し得たのだろうかと考えたこともあった。


 大魔導師として後生に名を残したかもしれないし、歴史に名を刻んだかもしれない。


 だが、この世界が滅べば何も残らないのである。


 自分が今まで得た知識も力も書物や魔法道具に遺したとしても、全てが無になれば何の意味もないのだ。


 こんなことならささやかな幸せを掴んで、皆と同じように家族を持つ生き方を選ぶのもよかったのかもしれないとさえ思った。


「歴史は繰り返される……」


 最後の審判の日が訪れて、それでも生き残った人間たちはまたこのような悲劇を繰り返すのだろうかと考えると老魔導師の胸は痛むのであった。

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