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冥府を司る神は、最後の審判の日について思いを巡らせていた。
最後の審判の日に人間が裁かれるのは光の七神によってだと思っていたが、そうではなかったのだ。
炎の神は”破壊”を司るがその他にも”再生”を司る神である。
全てを無にしたのち、そこから新たなものが再生するという。
炎は森も一日で焼き尽くす。
その森が焼失した後は、そこから何十年何百年かけて森が再生する。
新たな生命を育むために焼失した森の灰が、その環境を整えるのだ。
だが、今回は全てを無にするという意味合いが違うのである。
惑星そのものを消滅させるのは、今のこの物質界を完全に消し去ることを意味している。
妖精界、精霊界、天界、冥界、魔界、死界などの世界は、別世界であるため物質界の消滅の影響を受けないとは言い切れない。
もし、この炎の神の行いで冥界に歪みが生じるかもしれないし、各々の世界がいっしょくたに融合し混沌と化す恐れすらあるのだ。
もし、そのような危機的な状況に陥る可能性もある。
冥府を司る神は、己の無力さと無知さに苦笑いした。
神という至高の存在であるにも関わらず、分からないことが存在するのである。
推測や可能性について考えるなど、人間がすることだと思っていたからだ。
神は全知全能であり、万能な存在でなければならない。
そうでなければ、たちどころに人間たちは神を崇めはしないし畏敬の念や畏怖を抱いたりもしない。
神は人間にとって”尊い”存在でなければならないのだ。
炎の神はこの大陸へ炎の神の教団を導き、教団は光の神々の教団を弾圧した。
その結果、信者がいなくなったこの大陸では光の神々の加護が失われてしまい、神々の奇跡を行使したりする者もほとんど残っていないのだ。
まして、その身に神の不滅の魂を降臨させるほどの徳のある人間はもはやいない。
この地獄と化した今の大地では生ある者は死すべき定めであり、それから逃れることはできない。
いまや冥界や死界は亡者で溢れ返っているのだ。
物質界への介入する手段を奪われた光の神々が、天界でなす術なく手をこまねいているため、この人間の世界を救う者はいない。
冥府の神は今、最大の力を有している。
亡者たちが冥府の神の存在を信じていることが、神に力を与えるのだ。
遥かな昔、炎の神は神の肉体のまま物質界で眠りについたように、冥府を司る神は冥界にて神の肉体のまま存在している。
冥府の神は炎の神と対等に戦うことができる唯一の存在であった。
それどころか、炎の神は究極に力を使い無力な赤子同然である。
惑星ニビルをこの惑星へ衝突させるために、力を使いきったため炎の神は疲弊しきっているのだ。
冥界を統べる自分ならば、炎の神を滅することができるはずであると考えた。
だが、炎の神を滅することでこの惑星へ接近中の惑星ニビルとの衝突を回避することができるのかさえも分からなかった。
冥府の神は恐怖を感じた。
それは惑星ニビルのことではなく、己の無力さに対して恐怖したのだ。
「何も分からないということがこれほどまでに不安に陥るとは思いもしなかった」
冥府を司る神はそう呟いた。
「神である我々が、何も分からないなどということがあるものか。ましてや不安などとは無縁だ」
炎の神は鼻で笑った。
「わたしがもしおまえを滅すると言ったらどうする?」
冥府を司る神から予期しない問いに炎の神は沈黙した。
その沈黙には動揺などの感情は含まれてはいなかった。
「神同士が戦うということがどんな結末をもたらすか、まさか忘れたわけではあるまい」
「忘れるものか。あの神々の戦いは忘れたくても忘れられるものではない。わたしはあの日に殺されたのだから……」
冥府を司る神の意外な言葉に炎の神は興味を示した。




