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深紅の竜血  作者: 江渡由太郎
第五章 嘆きの壁
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7

 死界で響き渡る威厳ある声は、ウィリアムの剥き出しの魂にのみ直接語りかけた。


「ここで、おまえのできることは何一つない。人間よ、去れ」

 その声には威圧感は全く感じられず、無垢で純心さをも感じさせる物言いであった。


「使命を果たすまでは去れません」

 ウィリアムの返答に暫くの間、沈黙が続いた。


「まあ、よいか。去ったとて再びここへと送られてくるのだからな」

「それはどういう意味ですか?」


 ウィリアムと冥府を司る神との間で、お互いの魂同士の会話のやり取りが続いた。


「最後の審判というものを知っているか? 世界の終末を意味するこの日に神がこの地上に舞い戻って来て、生きる者も死んだ者も現世での善い行いと悪い行いとが測りにかけられるというものだ」

 冥府の神は憂いを含んだ声で言った。


「わたしたちの行いを冥府を司る神であるあなたが測りにかけるということでしょうか?」

 冥府を司る神はそうともそうでないともいうように、最後の審判は”神”が行うと告げた。


「おまえたち人間が信じるように、一般的な最後の審判の概念でも、神が再臨する前にこの世界で生きとし生けるものである人間は全て死に絶える。その後、死者が復活し全ての魂が肉体に戻るのだ」


 冥府を司る神はそのまま話を続けた。


「最後の審判の日、復活した生きとし生けるもの全ての人間は、自分が発した言葉と自分の取った行動に責任を取らねばならない。生きるものと死んだものの魂がこの地上での己の全ての行いを神の前で裁かれるのだよ。現世で善行を積んだ者は天国へ行き、悪行を重ねたものは奈落へと送られる」


「今、この死界で歩いている人たちはこのまま奈落へと落ちた場合、審判の日には復活できないということですか?」


「奈落へ落ちたもの、死んだものも最後の審判の日に裁かれる。それは終末の日に死に絶えた人間が今一度復活したのち神の前で審判を下されるのと同様だ。肉体なき死んだものは霊体として、復活したものは魂が己の肉体へ戻った状態でだ。そちらも、神の前では己の魂そのものが神の前で裁かれるのだよ」


 ウィリアムは古竜ファーヴニルの魂を己の魂の中に封印している少女ディヴィナの魂を救って欲しいと頼んだ。


 それについては冥府を司る神は沈黙を続けた。


 ウィリアムは質問を変えて、古竜を倒す術はあるのかと訊ねたのだった。


 冥府を司る神は”ある”と一言だけ告げると、現世に戻りそのエルフの剣グラムでディヴィナの魂に封じられている古竜ファーヴニル”抱擁するもの”を突き刺すのだと言った。


 ウィリアムはエルフの剣グラムでディヴィナの魂を貫いたらどうなるのかと訊ねると、冥府を司る神は古竜ファーヴニル”抱擁するもの”は人間の少女の魂から解き放たれたのち、新たな姿で物質界で存在するだろうと教えたのだった。


 そして、冥府を司る神は本来ここに存在すべきではないウィリアムの魂を強制的に死界から追い出し、現世である物質界へ送り戻したのだった。


 真実の鏡の鏡面が再び七色へと発光し、水鏡のような鏡面からウィリアムの魂が現世へと戻ってきた。


 魔法学院の部屋の中では、仲間たちが心配そうに抜け殻のウィリアムの肉体を見詰めていた。


 ウィリアムは元宮廷魔術師イーサンから渡された懐中時計を見ると、残された時間はあと一分ほどしかないことに気づいた。


 慌てて、抜け殻の肉体へと剥き出しの魂を重ねるようにすると、乾いた布が水を吸い込むように魂は肉体へと吸い込まれていったのだった。


 ウィリアムは深く息を吸い込むと、先程まで感じられなかった五感が感じられることに気づいた。


 ゆっくりと体を起こすと、力が入らず再び倒れそうになった。


 若い騎士のピーターとドワーフ族のイムリが両側から支えてくれたので、後ろへ倒れることは免れた。


「あちらの世界はどうでしたか?」


 元宮廷魔術師のイーサンは心配そうな表情で、無事に帰還した若者に訊ねた。


「死界は亡者で溢れていました。ディヴィナの姿を見つけたのですが、どうすることもできませんでした」


「ディヴィナが居たってことは、もう彼女は死んだってこと?」

 エルフ族の娘ユーリアは絶望を湛えた瞳でウィリアムを見た。


「ディヴィナは死んでいるとは思えない。冥府を司る神がわたしに言ったんだ」

「何を言ったの?」

「このエルフの剣グリムでディヴィナの魂を貫けば、古竜ファーヴニルの魂を再び物質界で封印することが出来ると言ったんだ」

 ウィリアムは腰に帯びているエルフの剣グリムを手で触れながらそう言った。


「冥府を司る神と対面したのですか?」

 元宮廷魔術師イーサンは驚きのあまり目を大きく見開いていた。


「冥府を司る神の姿は見ていないが、声はわたしの魂に直接語りかけてくれた。とても純心無垢な神だとわたしはそう印象を受けた。世界に終末が訪れることと、神が再臨することで最後の審判を人間たちは受けなければならないことを話してくれた」

 ウィリアムの話を聞いて、部屋の中に居る誰もが言葉を失ったのだった。



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