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果てしなく続く亡者の行進があった。
それは目を背けたくなるほどの無惨な姿であった。
全身の皮膚が焼けただれている人々は、虚ろな目で歩き山の頂きのような細く険しい足場の道を歩き続けていた。
亡者たちは現世での姿で、生と死の狭間である冥界への入口である死界の黄泉比良坂を歩き続けている。
その先には奈落の底が大きな口を開けて人々を呑み込んでいた。
亡者たちはその穴へ次々と堕ちて行った。
断末魔が死界に響き渡っている。
ウィリアムは目を覆いたくなるような光景と葛藤していた。
この終わりの見えない亡者の列の中から一刻も早くディヴィナを探し出さなければならなかったのだ。
剥き出しの魂となったウィリアムにとって、今の自分に何がいったいできるのか分からなかった。
亡者の列に近づいて、自分の目の前を通りすぎる人たちに声をかけたが、何も返答はなかった。
亡者の一人の肩を掴み話し掛けるが、凄い力で払い除けられた。
この生と死の狭間の世界である死界では、冥界へと続く入口の奈落の底へ向かうことだけが、亡者である者たちに課せられた苦行のようであった。
ウィリアムは途方に暮れていた。
宛もなくむやみややたらに駆け回っても無意味であり、もしディヴィナを探し出せたとしても先程の亡者たちのように無視されるのが目に見えていた。
暫くの間、亡者の列を眺めていた。
体が腐敗している人たちが続々と進行してきたのだ。
騎士の男性は獅子の紋章が付いた甲冑に身を包んでいたが、顔か腐敗し眼窩からは眼球が垂れ下がっていた。
不死の生物であるゾンビさながらのおぞましい姿をしている。
その後ろを歩き続けている人たちは貴族などの貴婦人たちであった。
皆、腐敗した姿であり現世の痛ましい肉体をしている。
臣民たちも腐敗した姿をしており、その数は無数であった。
一国の人口がこの亡者の列に加わっているのだ。
「この中からディヴィナを探し出すなんてできるのだろうか!?」
ウィリアムの脳裏に不安が過った。
「早く目的を果たさなければ……」
自分の弱気を払拭するように呟いた。
竜の紋章の国の元宮廷魔術師イーサンからは、限られた時間内に現世へ戻らなければ、現世に戻れなくなると伝えられていた。
戻れなくなった剥き出しの魂は、目の前の亡者の列に参列することになる。
そうなると、奈落の底へ向かって歩き出し、冥界へと堕ちるしかないのだ。
魔術師から託された懐中時計は、残り時間一時間を示していた。
与えられた二時間の半分が既に失われていた。
気だけが焦るが、ディヴィナを探し出す手掛かりが全くないのだ。
もう諦めかけたその時だった。
探し求めている少女の姿を目にした。
ウィリアムは岩肌の足場を駆け出した。
走ってもウィリアムとディヴィナの距離は縮まるどころか、益々遠ざかっていくかのような感覚であった。
前進できずにいることに焦りを感じずにはいられなかった。
足踏みしているかのように距離は縮まらず、気持ちだけが前へと進むことに囚われている。
「どうなっているんだ!?」
何者かが邪魔をしているのではないかと思えるほど、ウィリアムの前進を阻む何かの力が働いていた。
「何故、生者がこの死界に居るんだ?」
突然、声を掛けられたウィリアムは声がした方へ振り向いた。
そこには、黒曜石のように美しい光沢の甲冑に身を包んでいる死界の女騎士の姿があった。
「あなたは!?」
「わたしは冥界の王からこの死界を預かる者。おまえは何しにここへ着たのだ?」
死界の女騎士はそうウィリアムに訊ねた。
「わたしの名はウィリアム。ここへは人を探しに来た」
「ここは生と死の狭間。冥界の入口の死界である。ここへやって来た者はみな冥界へ向かう者のみ。おまえがここで探し人を見つけたとしても連れ出すこと叶わず」
死界の女騎士は険しい表情をウィリアムへ向けた。
「どうしても、ディヴィナという少女を連れて帰らなければならないのです」
「おまえの世界にも理があるように、この死界にも理がある。それを曲げることできない」
冥府を司る神に仕える騎士は、生者であるウィリアムの存在を訝しく感じ始めていた。
「冥界の王に拝謁することは叶わないでしょうか?」
「おまえは今、自分が何を申し出たか解っているのか? 冥府を司る神に人間ごときおまえが拝謁することができるわけがあるまい」
「あそこに居る少女を再び現世へ戻してもらいたいのです」
ウィリアムは引き下がらなかった。
死界の女騎士は目を凝らすように、青年が指差す方向へ視線を向けた。
そこには、純白の寝衣に身を包んだ少女の姿があった。
美しい黄金色の長い髪は死界に吹く冷たい風に靡いている。
海色の大きな瞳は虚ろな現実を見詰めているようであった。
少女の魂は時折、黄金色に輝いていた。
「あの娘は何者だ? 死者なのか生者なのか分からない。魂の中に別の……冥界の王に匹敵するほどの魂を感じる……」
冥府を司る神の僕である女騎士はもう一つの異変に気づいた。
ウィリアムの腰に吊るされている長剣の鞘から眩い光を発せられているのだ。
ウィリアム自身もそのことに気づき、腰へと手を伸ばしおそるおそる長剣を鞘から引き抜いた。
エルフ族の女王イザベラから授かったエルフの剣”グラム”の刃から黄金色の光が発せられているのだ。
「その剣はエルフの剣だな」
「はい。グラムという名のエルフの剣です。何故、発光しているのかはわかりませんが……」
ウィリアムは困惑するしかなかった。
そのときである。
果たしなく続く死界の隅々まで響き渡り、魂自体に直接語りかけるような威厳に満ちた声がした。
死界の女騎士は顔を伏せて、尊敬や服従を表すためにお辞儀をした。




