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激しい炎が森の樹々を燃え上がらせていた。
炎の葉をつけた黒い幹の樹々が森全体に広がり、この森の名である”闇の森”に相応しい、おぞましい姿をしていた。
黒煙は空高く立ち昇り、暗雲が太陽さえも覆い隠してしまった。
天から黒い煤が雪のように地上へと舞い降りてきた。
若木が燃える渋い臭いや、肉や髪の毛が焼ける不快な臭いが闇の森に漂っていた。
闇の森は死んだ。
地下に築かれた王宮は、突如地底から噴出したマグマに呑み込まれた。
黒エルフの王ヴェンデルベルトは、その永遠の命に終止符を打ったのだった。
マグマは地表の樹々も呑み焼き付くした。
「アデーレ様、マグマに囲まれました」
「進退窮まったとは、このことね」
黒エルフの娘は自嘲染みた笑みを送った。
突如、地下宮殿に沸いて出てきたマグマにより、黒エルフの王宮にいた者たちは皆一瞬で死に絶えた。
逃げ出した者たちもその命はそう長くは持たなかった。
皮肉なことに永遠の命と永遠の時間が、彼ら黒エルフ族の本来的の危険を察知する感を鈍らせたために、大地と火の精霊の力の異変に気づくことができなかったのである。
北部の寒冷地帯から氷の精霊王フェンリルが解放され、そのために大地の精霊と火の精霊の力が活発になったのではという安易な考えしか持たなかったのだ。
今目の前に広がるこの光景こそが、彼らの傲慢さ全ての結果であった。
世界樹も失われ、妖精界への帰る術を失い、闇の森は灰となった。
アデーレは黒エルフ族の生き残りは自分と護衛の二人だけであることを理解した。
「黒エルフ族の時代は終わった。我らはこの闇の森と共に滅びるとしよう」
「承知しました」
護衛の黒エルフ族の男性はそう言った。
アデーレは精神を集中させていた。
高まる精神力と共に精霊語の詠唱を始める。
大地を司る精霊の王である魔獣ベヒモスの召喚を試みていた。
アデーレには時間はなかった。
今までは時間について考えることなどなかったのだが、今は時間が自分の残り命を感じさせた。
人間は、限りある命と時間の大切さを理解しているために、必死に人生を生き抜いているのだとアデーレはやっと理解した。
その人間の必死さが破滅へと駆り立てること自体がエゴである。
人間たちの自我の欲望であるそれを止めることさえしなかった者たちへの罰が、今アデーレにも与えられていた。
自分の持てる力全てを使って、自分の最期はあの忌々しい狼の王を道連れに、この物質界から消滅する覚悟はできている。
「大地を司る精霊の王ベヒモスよ!」
アデーレの召喚は成功し、大地を司る上位精霊が姿を現した。
岩肌の外皮に覆われた一角の獣の姿をしたベヒモスは、神の力に匹敵するその力で闇の森全域と荒れ地の一部を含む広大な大地を裂き、裂かれた大地は大きな揺れを伴い地下深く奈落の底まで陥没した。
狼の王ユアンの陣営も、その大地の裂け目に呑み込まれ姿を消した。
魔獣ベヒモスの姿が消え、精霊界へと還った。
アデーレもまた大地の奥底で永遠の命を終え、永劫の死を迎えたのだった。
物見の水晶球でその光景を傍観していた者がいた。
ふしくれた枯れ枝のような指には、幾つもの指輪がはめられている。
大きな宝石をあしらった指輪は装飾品としてではなく、別の用途のために用いる魔法の指輪であった。
老婆は王が大地の裂け目の奈落の底へと落ちたのを見た。
大地の裂け目からはマグマも吹き出しており、陥没した大地はマグマで直ぐに満たされた。
このことにより荒れ地をマグマが越えるスピードは衰え竜の紋章の領土の国境辺りに到着する時間稼ぎとなったのだ。
老婆は王が死んだことに失望を感じずにはいられなかった。
悪名高い狂王になって貰うために、あのユアンに尽力したのだ。
獅子の紋章の領土を腐敗させ一国を滅ぼし大地は腐り人々は死に絶えた。
領土を侵略し続ける狂王は、きっとこの大地全てを統べる王となる。
あの若者に父親である狂王を殺させ、その若者が新たな王となり、老婆はその王の傍らに立つことを夢見ていた。
「わたしの王……」
老婆はそう心の底から呟いた。
老婆の室内には巨大な水晶の棺があった。
その中には、ディヴィナという名の少女が閉じ込められていた。
「わたしの王には、英雄になるための名声が必要なの。ディヴィナ、あなたには古竜を解放してもらうわ」
黒衣の魔女は、水晶の棺に向かってそう言った。
忌々しい炎の神の女司祭の紅い女は、炎の神を復活させた。
神殺しは全ての人間や種族に対しての名声にはならない。
炎の神を信仰する教団からしたら、神殺しの若者は”悪魔”や”邪神”と呼ばれることになる。
しかし、神殺しの古竜を退治したとなれば、ウィリアムという若者の名声は不滅のものとなる。
老婆はそのために、ディヴィナを拐い水晶の棺に閉じ込めた。
間もなく少女は息絶える運命なのだから、その命をどう利用しようが問題ないと考えた。
だが、ディヴィナを救う手段の深紅の竜血である紅石もまた、老婆の手元にあるのも事実である。




