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深紅の竜血  作者: 江渡由太郎
第四章 生と死の狭間
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11

 波が荒々しい波飛沫を上げながら黒い海は猛狂っていた。


 空には暗雲が立ち込め、遠空に雷が瞬き眩い閃光と共に雷鳴を轟かせていた。


 激しい突風と横殴りの雨が窓ガラスに叩きつけている。


「竜でも現れそうな空だわ……」

 純白の絹生地である寝衣姿の少女は窓際に立ち、窓ガラス越しに見える外の景色思いを馳せていた。


 侍女は新しい水が入ったガラスの水差しとグラスを寝具の横にある小さな木製のテーブルの上へと置いた。


 そして、主人である少女が見詰めている窓の外の景色に視線を向けた。


 侍女は何も言わずに少女の寝室から静かに退室したのだった。


 少女は気にすることなく、侍女が出ていった扉を一瞥した。


 施錠される時の重苦しく憂鬱な鈍い音が聞こえた。


 侍女は少女が言葉を求めるまで話すことができないという身分であることも理解していた。


「わたし……ディヴィナじゃない……わたしは、わたしの名は……」


 少女は本当の名である”マリー”と心の中で静かに呟いた。


 マリーは自分の本当の両親の名も顔も知らない。


 獅子の紋章の王国では、物乞いであった。


 慈母神の神殿の前に赤子のマリーは捨てられていた。


 暫くの間は修道女である女官たちに育てられた。

 そして、里親である夫婦がマリーを引き取りに来たのだ。


 夫婦はマリーの他にも三人の子供の里親になっていた。

 国から養育費が支給されるため、夫婦は子供たちを育てるのに何不自由なく生活を営むことができた。


 だが、マリー直ぐに育児放棄され、他の三人の姉妹に育てられた。


 夫婦は子供たちの養育費手当を全て自分たちの生活費に当てており、主人も働きに行かず一日中家の中で怠惰な生活を妻と一緒にしていた。

 家事労働は全て子供たちにやらせていた。


 更に近所の家へと家事手伝いをやらせて、金銭も稼がせていたのだ。

 子供たちが必死に働いたその稼いだ金銭も、里親である夫婦に取り上げられた。


 食事も殆んど食べさせてもらえず、三人の姉たちは次々と命を落とした。

 夫婦はその度に孤児の里親として受け入れて、死んだ子供の事は伏せたままにしいない子供たちの養育費を需給し続けていた。


 マリーが十歳になる頃には何人もの姉たちは命を落としたり、ある姉は十二歳を過ぎ時に奴隷として売られた。

 ある晩、夫婦がマリーを売る話をしていた。


 それは奴隷として売られた姉とは違う売られ方だった。


 マリーの臓器を売る話をしていたのだ。


 マリーと本物の姉妹のように感じていた十一歳の姉はマリーの腕を掴み外へと連れ出した。


「マリーは逃げなさい。ここはわたしが居れば大丈夫。できるだけ遠くに逃げて、そしてあの人たちに見つかって捕まらないようにして生きて!」

「お姉ちゃん……」

「さあ、急いで!」

 マリーは暗闇の中を走り抜けた。


 助けてくれたお姉ちゃんはきっと酷い目にあわされて、マリーの代わりに売られるに違いない。


 マリーは珠のように目から溢れ落ちる涙も拭うことなくひたすら走り続けた。


 そして、マリーはその日から再び孤児になった。

 裏路地で物乞いをしてると、気の良さそうな中年女性が声を掛けてきた。


 マリーを自宅へと招き入れ、食事を与えてくれた。

 ここ何日も飲まず食わずで過ごしていた。

 温かい食事を与えてもらうのも、まともな食事を与えてもらうのも、マリーにとっては初めてであった。


 そして、湯に浸かり体の汚れや髪を洗うのも初めてだった。

 冷たい川の中で体や髪を浸して汚れを落とすことしかしたことがなかった。


 マリーは中年女性が用意した柔らかい生地のタオルで体を吹いていた。


「綺麗になった。まるでお姫様だね」


 マリーを見るなりそう中年女性が声を掛けてきた。


 マリーはいつも夢見ていたことがあった。

 今の自分は偽りで本当の自分はお姫様なのだと空想していたのだ。

 そうすることで毎日どんなに辛くても切なくても、あの里親の元で何とか我慢することができた。


 マリーは中年女性が用意した下着や衣類を着た。


「服はきつくないかい? 娘の服だけど、丁度良いみたいだね」

「娘さんがいるですね」

 マリーは中年女性に服の礼を言いながら、その娘の事を訊ねた。


「おまえさんは歳は幾つだい?」

「わたしは十歳」

「わたしの娘も同じ歳だった。体が弱い子でね、その年の流行り病を患って三年前に死んだんだ」


 それが原因で夫とも別れてしまい今は独りで暮らしているのだと言い、中年女性は目頭を押さえながら少しの間涙を堪えていた。


「さあ! 湿っぽい話は終わり。疲れているだろう? 今夜はもう寝ないとね」

 マリーは中年女性の娘の部屋へと案内された。


 ベッドがあり、布団も用意されていた。


「ここを使ってちょうだい。すまないね、わたしの家は貧しくて客室がないんだ。」

「こんなに良くしてもらって……」

「娘にまた会えたと思って、わたしも嬉しいんだ。さあ、おやすみ」

「ありがとうございます。おやすみなさい」


 マリーはふかふかの綿が入ったベッドと真新しいシーツの上に体を沈めた。


 全てが初めての経験だった。


 里親の元では子供たちはみな床の上に寝かされていたのだ。

 布団もなく身一つで眠るのと、今ベッド眠るのとでは雲泥の差がある。


「本物のお姫様みたい」

 マリーは幸福に包まれていた。


 瞼を閉じた途端に、眠りへ誘う魔法にでもかけられたかのように深い眠りに堕ちた。

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