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深紅の竜血  作者: 江渡由太郎
第四章 生と死の狭間
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10

 白色の大理石の床には異国の絨毯が一直線状に長く敷かれいた。

 色鮮やかなアラベスク模様の柄が織り込まれた絨毯は玉座まで続いていた。


 その先には黄金で荘厳な装飾を施された玉座が鎮座していた。


 そこには豪華な絹の衣装を纏った少女が腰を下ろしている。

 少女の絹の衣装は水中を泳ぐ魚の鱗のような光沢があった。


 少女の頭上には黄金色の輝きを放つ簡素な王冠があり、色鮮やかな宝石が装飾として施されていた。


 白く華奢な腕には肘の上まである白色の長い手袋をはめており、その小さな手には不釣り合いなほど大きな王笏を握り締めていた。

 王笏の先端には宝石が鏤められた宝珠がはめられており、レガリアの一種として権威を象徴していた。


 謁見の間では可憐な花の蕾のような小さな唇は一度も開かれることはなかった。


 少女は理解していたのだ。


 自分は謁見の間に飾られている高価な美術品同様に”お飾り”なのだということも、南方に位置する王国の王子と婚姻を結ばねばならないということもである。


 鷲の紋章の王国の第三王子と婚姻を結び、竜の紋章の王国を安定させるためにこの婚姻が必要不可欠なのだと少女は宰相である女性に言われた。


「鷲の紋章の王子とはどんな方なんですか?」

「女王と共にこの国を統治するに相応しい立派な人物です」

 女王ディヴィナは宰相の言葉に表情を曇らせた。


 女王ディヴィナは自分のことよりもその王子が気の毒でならなかった。

 何故なら自分はディヴィナという少女本人ではないのである。


 自分は獅子の紋章の国出身で、しかも物乞いなのである。

 本当の両親のことも知らない。


 ある朝、ローブに身を包んだ男性が自分の前に現れて、この竜の紋章の国へと連れてきたのだ。


 何も解らないまま、自分は王女ディヴィナという人物なのだと来る日も来る日も言い続けられた。

 違うと否定すると、ローブに身を包んだ男性によって全身を駆け巡るような苦痛を与え続けられた。


 全身の筋肉が体の内側から引き裂かれるような苦痛や、体の内側の内臓が捻られるような苦痛など様々な苦痛を与えられ、いつしか自分は何者なのかすらも解らなくなってしまっていたのだった。


 どんなに苦痛を与えられても自分の体の外側には一切傷を負うようなことは、そのローブに身を包んだ男性はしなかった。


 少女は己の歯で腕を嚙み、自分の爪で己の顔を掻き毟り、壁に体当たりして体中を痣や裂傷を負った。

 そうすれば、自分には何の価値もなくなり、この苦痛の日々から開放されるのではないかと考えたからだった。


 しかし、少女のその考えは浅はかであった。


 少女の姿を見たローブに身を包んだ男性はフードの奥で怒りの表情を隠していた。


 少女は爪を剥がされたり、皮膚を剥ぎ取られたりした。

 あまりの拷問に殺してと何度も叫び懇願した。


「おまえを甘やかしすぎた」

 そうフードの奥でくぐもった声がそう言った。


 少女の願いは受け入れられなかった。

 連日連夜、少女は体中に刃物で切り傷をつけられ、そこに塩を擦り込まれた。


 あまりの苦痛に少女が意識を失えば、冷水を顔に浴びせかけられた。


 鉄の棒を熱した物で焼き鏝をされたり、想像を絶する恐怖と苦痛を味わった。


 少女は自分の体の感覚が無くなり、痛みを全く感じなくなった。

 それだけではなく、何も聞こえない。

 何も見えなくなっていた。


 少女は生と死の狭間にいた。


 このまま自分は死ぬのだと少女は悟った。


「やっと楽になれる……」

 少女はそう言葉にした。


 暫くすると、何かの力が自分の魂へと注ぎ込まれているような感覚を体験した。

 全身の痛みを感じるが、それは徐々に薄れていく。


 意識がはっきりとしてくるのと同時に、五感が再び回復していくのが体の内側から湧き上がる生命力によって理解できた。


 少女は瞼を開けると視界がはっきりとした。

 自分の体に触れながら一心に何か聞きなれない言葉を唱えている男性がいた。


 その男性はローブに身を包んだ男性ではない。

 白い祭服に身を包んだ老人の男性であった。


 少女は自分の指先を見ると、爪を剥がされた指に新たな爪が再生されていくのが見えた。

 全身の傷も癒えている。


 傷跡も残らないほど綺麗な肌になっていた。


 砕かれた指の骨や肋骨、足首の骨も元どおりになっていた。


 少女の全身を包んでいた光は、白い祭服に身を包んだ男性の何かの言葉の詠唱が終わるのと同時に消えた。


「サイラス大司祭殿、どうかこのことは内密に」

「クリフトフ学長殿、何故こんな酷いことを……」

「この娘が王女ディヴィナになってもらわなくては困るのだよ」

 クリフトフはそう老司祭に告げた。


 少女が王女ディヴィナとして女王に即位してもらわなくては、この国は荒れるということをサイラスに告げた。


「偽王をたてるとおっしゃるのか!?」

「全部、この国のためなのだ」


 クリフトフはその後、竜の紋章の王国に炎の神の教団を招き、光の七神の教団を弾圧した。

 大司祭サイラスも王都から追われることとなったのだった。


 少女は城の塔に幽閉され、宮廷作法を体に叩き込まれた。

 その他にも知っておくべきことを全て学ばせ、少女をまるで本物のディヴィナとして人格を作り変えてしまったのだった。


「今日はもう疲れました」

 女王ディヴィナは隣に立つ自分より少し年上であろう宰相の女性に声をかけた。


 宰相の女性は軽く頷いた。

 

 女王は玉座から立ち上がり、謁見の間から退室した。

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