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深紅の竜血  作者: 江渡由太郎
第四章 生と死の狭間
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8

 ユーリアとイーサンは真紅の巫女の拘束の呪文の呪縛に囚われた。


 赤く発光するシャボン玉のような球体の魔法の結界に閉じ込められてしまい、その声はウィリアムにも届かない完全に隔離されたものであった。


 ウィリアムはエルフの剣を振るい続けた。

 金属と金属とがぶつかり合い、互いに激しく火花を散らしていた。


 首なし騎士は一太刀毎に巧みに太刀筋を変え、攻撃の手を決して緩めなかった。

 正攻法であり騎士の型に忠実である攻撃であるからこそ、騎士として鍛練を積んだが未熟なウィリアムにも次の攻撃が何とか予測できた。


 剣術指南役である老騎士バイロンに、幼い頃より剣術を教え込まれていたことが幸いしていた。


 だた、騎士の剣術試合や稽古とは違う命を掛けた闘いでは、実践慣れしていないウィリアムの方が部が悪い。


 しかも、相手は実体がある亡霊であり、死ぬことを知らない恐れ知らずの亡者である。


 首なし騎士の太刀を受ける度に、その剣圧がずっしりと重いため、ウィリアムの体力を削ぎ落としていった。

 肩で息をし始め、疲労から目も霞はじめてきた。


 呼吸を整える間もなく繰り出される攻撃に、防御に徹することしかできなくなっていた。


 金属が乾いた音を立て、宙に舞い上がり剣が激しく回転しながら石畳の地面へと落下した。


 ウィリアムの手の中には剣がなくなっていた。

 手の感覚が麻痺したかのように、激しい痺れがウィリアムを襲っている。


「こ、これまでか……」

 絶望が覆い被さるように無力な若者を包み込んだ。

 己の不甲斐なさを痛感させられた。


 自分の首も首なし騎士が掴んでいる生首の一つに加えられる運命なのだと死を突き付けられた。


「ディヴィナすまない……」

 少女に誓った約束が果たせないことを悔いた。


 首なし騎士の大剣が大きく振り上げられた。


 そして次の瞬間、勢いよく降り下ろされた。


 何も感じかなったと瞼を閉じているウィリアムは思った。


 それに何も音が聞こえない。


 そこには静寂があるだけであった。


 もう事切れたために五感が失われたのではないかと考えた。


「今の自分にできることは、自分の信じた道を進むことだけ」


 ウィリアムは瞼を開けて、声の主へと視線を向けた。


「ディヴィナ!?」

 ウィリアムの目の前に少女が両手を広げて立っていた。


 首なし騎士の大剣の刃は、少女の首で寸止めされていた。


「何故、わたしの命令に背くことができる!?」

 真紅の巫女と呼ばれる女司祭は困惑していた。


 支配している首なし騎士が、その支配を拒んでいるのである。


 真紅の巫女は己の腕の中にある首なし騎士の生首に手を翳し、上位古代語の詠唱を始めた。

 すると、首なし騎士はその魔力を拒絶するように全身を痙攣させている。


 魔法の支配下に抗いきれず、再び操り人形と化した。

 亡者の騎士は大剣を大きく振り上げて、それを下ろした。


 ウィリアムはディヴィナの腕を掴み、身を翻した。


 風圧と舞い上がる砕け散った岩が宙を舞い地面へ振り注いだ。


「ディヴィナ、何故ここに来たんだ!?」

「わたしはあなたの力になりたい。それでは駄目ですか?」

「ディヴィナ……」

 ウィリアムは少女の気持ちが胸を熱くさせた。


 ウィリアムは石畳の上で主を待つ剣を拾い上げた。

 気力も体力も限界であったが、護るべき者のために最後の力を振り絞った。


 首なし騎士の太刀筋を読み、騎乗したままのその騎士の剣を握る手をエルフの剣で切り落とした。


 剣を握ったまま手首から切断された手は石畳の上に落ちる前に黒煙となって消えた。


 そのまま、ウィリアムは走りだし、真紅の巫女の間合いに入った。


 拳を握り女司祭の腹部に一撃を見舞うと、真紅の巫女は後ろへよろめき石畳に尻餅をついた。

 腕に抱えていた生首は石畳の上で鈍い音をたてながら転がっていく。


 それは、ディヴィナの足元で回転を止めた。


 形相の生首の虚ろな眼は少女を見詰めていた。

 それはまるでディヴィナを責めているかのようであった。


 少女は突然、激しい頭痛に襲われた。


 耐え難い苦痛である。


「誰もが父を恨んでいた……誰もが母を憎んでいた……誰もがわたしを……」

 少女は己の内から沸き上がる苦痛の泉の中で悶え苦しんでいた。


 首なし騎士は握っていた生首の髪の毛から手を離して生首を手放した。

 亡者の騎士は騎馬から降りると、ゆっくりと少女の方へと歩き始めた。


「ディヴィナ! 逃げろ!」

 最後の力を使い果たし、石畳に跪いて動けずにいるウィリアムは必死に叫んだ。

 少女は両手で頭を抱えていた踞っている。


 ウィリアムの声は少女に届いてはいたが、聞こえてはいなかった。


 首なし騎士はディヴィナの元へたどり着くと歩みを止めた。


 少女の足元に転がっていた一つの生首を拾い上げ、本来あるべき場所へとそれを戻した。


 首なし騎士は再び己の首を取り戻したのだった。


 死んだ魚のように虚ろな眼はディヴィナへ向けられている。


 亡者の騎士は片手で少女の腕を掴み立ち上がらせた。


「父様……」

 ディヴィナは全てを思い出した。


 亡者の騎士は何も言わず、再び歩き始めた。

 ウィリアムの横を通り過ぎ、石畳で四つん這いになり嘔吐している、真紅の巫女へと近づいて行った。


「来るな!」

 真紅の巫女は、何度も繰り返し叫んだ。


 亡者の騎士は女司祭の首を掴み、そのまま体を持ち上げ宙に浮かせた。


 生枝をへし折るような鈍い音を立てながら首の骨が砕けた。


 全身を痙攣させながら絶命した女司祭から手を放すと、その骸は力なく地面に落ち、指先の末梢神経が最後の痙攣の動きを終えると肉の塊となって動かなくなった。


 すると、呪縛から解放された亡者の騎士は砂時計の砂が流れ落ちるように、その姿は塵となって崩れ去り消えたのだった。


「終わった……」

 ウィリアムは安堵からかその場に崩れ落ち、一気に意識を失った。


 ディヴィナがよろめきながら、ウィリアムの元まで歩み寄った。


「ウィリアム……ありがとう」

 少女は涙を流しながら若者の手を握った。


 ユーリアとイーサンは、真紅の巫女の拘束の呪文の呪縛から解き放たれ、やっと動けるようになった。


 イーサンは真紅の巫女の死体を原子レベルまで分解まで消滅させる魔法で、争いの痕跡である死体を消し去った。


 これで廃墟の魔法学院にまで疑いの目は向かないはずだと、元宮廷魔術師は言った。


 イーサンは、ウィリアムの体を浮遊の呪文を使って浮かせた。


 そして、イーサンたちは再び魔法学院の地下へと向かうことにしたのだった。

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