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慈母神の神殿を出ると、外には炎の神の教団が神官戦士のような出で立ちで皆、その場で生き絶えていた。
美しく妖艶な輝きを湛える満月の月明かりに照らされて、散乱した血と肉の塊が街道の石畳を油絵画のように鮮やかに彩っていた。
これ以上ないという凄惨な光景は、惨いという一言に尽きた。
大司祭サイラスが吸血鬼としての強大な力で、一瞬のうちにその場に居た数十人の命を奪い去ったのだった。
「あのような化け物は、二度と相手にはしたくはないものだな」
「全くだわ。命が幾つあっても足りない」
永遠の命を持つ古エルフ族のユーリアの命が幾つあっても足りないとなると、人間の限りある命ではその何十倍、否その何百倍の命があっても足りないのではないかと、ウィリアムはふと思った。
「人間の一つの命の重さとエルフ族の一つの命の重さは同じよ。いいえ、虫の命や草花の命、ありとあらゆる存在しうる命そのものが全て等しく平等なの。命に優劣なんて存在しないわ。」
考え込んでいる人間の若者を察して、エルフ族の娘はそう言った。
「ここに長居は無用です。さあ、魔法学院へ戻りましょう。直にここに炎の教団や竜の紋章の衛兵たちも駆けつけてくるはずです」
元宮廷魔術師の言葉にウィリアムは頷いた。
ユーリアの提案で再度、姿隠しの魔法を使い魔法学院へ向かうこととなったのだった。
路地を歩いて進んで行くと、何度か竜の紋章の衛兵たちとすれ違いもした。
ウィリアムは移動中からずっと何かの気配を感じていた。
畏怖を感じるような、とても抗うことの出来ない感覚であった。
それは、先程の衛兵たちのものではく、況してや吸血鬼である大司祭サイラスのものでもない。
底知れぬ恐怖を感じるウィリアムは、自分の前を歩いているであろうエルフの娘に声をかけた。
「何か、感じないか?」
「空気が……冷たい……いいえ、空気が凍てついている気がするわ」
姿隠しの魔法でお互いの姿は見えないが、エルフの娘の恐怖にひきつっている表情がその声から容易に想像できた。
「首なし騎士です」
ウィリアムの背後から元宮廷魔術師の声が聞こえた。
魔法学院の正門の前に首なし騎士はいた。
黒馬に騎乗し、黒色の甲冑に身を包んでいた。
それは、竜の紋章が刻まれている竜騎士の鎧であった。
黒馬の首もあるべき場所には存在しなかった。
首なし騎士の手には三つの生首があり、髪の毛を掴んで生首をぶら下げていた。
恨めしそうなその生首の眼は、先程ウィリアムたちがすれ違った竜の紋章の衛兵の生首であった。
「何てことを!」
ウィリアムは怒りを感じた。
首なし騎士は首から上がないので、何も言葉を発しなかった。
亡霊となったその姿は、国王であった時と何一つ変わらぬ威厳に満ちた存在感を放っていた。
騎馬である黒馬の長くしなやかな鬣が、風に吹かれている。
月光がその鬣をより一層美しく演出した。
騎士であるウィリアムには、この黒馬がいかに美しい風貌であったか容易に想像できた。
生きていた時に目にしたかったとさえ思う。
目の前の黒甲冑の騎士は、街人に聞いた話のとおり、この国の国王なのかもしれないと思った。
鎧の胸当てには、この国の紋章である竜が刻まれている。
この場にディヴィナがいないことがせめてもの救いであった。
自分の目の前に父親が、首なし騎士という亡霊として姿を現したと知ったら、きっと一生涯癒えぬ傷として彼女を死ぬまで苦しめ続けることであろう。
そんなことは絶対にディヴィナにはして欲しくはなかった。
彼女のためにも、この首なし騎士の亡霊をこの場で倒さなければならない。
竜の紋章の国王の死を愚弄させるような真似をこれ以上させてはならないのだ。
「お前たちが、炎の教団に仇なし神官たちを皆殺しにした悪魔だな!」
首なし騎士の後方から女性の声がした。
真紅の祭服を纏った若い女性が、ウィリアムたちの前まで歩み寄ってきた。
その手には、男性の生首が抱えられており、赤紫色の光に包まれていた。
光はまるで生き物のように揺れ動き、生首が赤紫色の炎の中にくべられているかのようである。
「それは、わたしたちではない! だが、首なし騎士はここで倒す!」
ウィリアムは真紅の祭服の女性に言った。
「わたしは崇高なる炎の神の司祭である。真紅の巫女と呼ばれている。わたしの死霊魔術でおまえたちも亡者の仲間に入れてやろう!」
真紅の巫女はそう言うと、上位古代語を詠唱し始めた。
「イーサン老師! 炎の神の司祭は神聖魔法だけ使うのではないのですか!?」
「炎の神の司祭は死霊魔術を使います。それは魔法使いの使う古代語魔術であり、禁忌の暗黒魔術なのです」
ウィリアムは目の前にいる真紅の巫女がただの神に遣える司祭ならば、何とか戦いにも勝機があると考えたが、魔法使いでもあるとなると話は別である。
魔法使いが一人いるのといないのとでは、戦いに大きな差が生じる。
味方に魔法使いがいれば、頼もしい限りであるが、敵に魔法使いがいるとなると絶望的になる。
それだけ、魔法使いは恐ろしい存在なのだ。
ウィリアムは腰から長剣を鞘から引き抜いた。
月光に照らされダマスカス鋼の刃が、星の輝きの如く銀色の光を放った。
「ダマスカス鋼の刃がどうしてここに!?」
真紅の巫女は明らかに狼狽していた。
「古エルフ族の女王イザベラから賜った物だ!」
ウィリアムはエルフの剣の剣先を、真紅の巫女の方に向けて叫んだ。
「この地にはまだ、古エルフ族が生き残っているのか!?」
その言葉に反応したのは、ウィリアムではなく古エルフ族の娘であるユーリアであった。
「よく見れば、確かにエルフがそこにいる」
真紅の巫女はユーリアを見て納得したように言った。
「わたしの故郷の大陸では、おまえたちの同族である古エルフ族は皆、炎の神への生け贄に捧げられたのだよ」
真紅の巫女は、滅び去った古エルフ族の生き残りであるユーリアを嘲笑いながら、そう言ったのだった。




