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「神殿の礼拝堂には巨大な女神像があると聞いていたのだが……」
元宮廷魔術師は困惑していた。
光を司る精霊と魔法の灯りに照らされていない礼拝堂の暗闇の中から、不気味に忍び笑う者がいた。
「誰だ! そこにいるのは!」
「久しぶりだな、若造」
暗闇から姿を現した人物は愉快なものでも見ているかのように、不適な笑みを浮かべていた。
「そ、そんな!?」
ユーリアは悲鳴にも似た声で叫んだ。
深い皺が刻まれている老人は、狂気に満ちた真っ赤に輝く眼で見詰めていた。
「お前は、大司祭サイラス! どうして、ここにいるんだ!」
ウィリアムは咆えた。
「相変わらずよく咆える。真に愚かで無知よな。慈母神は”偶像崇拝はしない”とワシは言ったはずだがな」
「そ、そうだった……」
ウィリアムは自分の未熟さを思い知らされた。
大司祭サイラスは牙を剥き出しにして嘲笑った。
「宮廷魔術師イーサンではないか。おまえも王宮から追い出されたのか?」
「大司祭でありながら闇に堕ちるとは……」
「お前は勘違いをしている。ワシは選ばれたのだよ。卑称な人間から至高の存在にな」
吸血鬼サイラスは自信に満ちた表情であった。
おまえたちには永遠に理解できないだろうがというような大度にウィリアムは憤りと感じた。
「おまえたちはワシには決して勝てないと身をもって知ったはず。それでもまだワシに戦いを挑むか?」
「たとえ、おまえに勝てなくても一矢報いてやる!」
おもしろいと吸血鬼は嘲笑っていた。
「大司祭サイラス、あなたは戦う気はないってことなの?」
「ワシには崇高な指命があるからな。おまえたちと遊んでいる暇はないということだ」
「大司祭であるあなたに、教えて貰いたいことがあるの」
「あの小娘のことであろう?」
「何故それを!?」
吸血鬼は表情一つ変えることなく、おまえの心を読んだのだよと言った。
「聖杯という祭器は杯としては存在しない」
「存在しないって、架空の物っていうことなの?」
「ワシも聖杯については興味があってな。色々と調べたよ。教団でも教皇と枢機卿しか知り得ない秘密だからな。だが、ワシは不死の王となり枢機卿の一人から全てを聞き出した」
サイラスは吸血鬼の魔眼の魔力で、枢機卿の一人を魅了したのだと言った。
「どうだったんだ?」
ウィリアムも話の続きが気になり、吸血鬼に詰め寄った。
サイラスはそう慌てるなと言いながら話始めた。
「慈母神の奇跡の御業で古竜を己の魂に封じ込めた女司祭が、竜の紋章の王の妃になった。そして、生まれた女子の魂に”血の継承”で古竜は赤子に封印が移るのだ」
「それは知っている」
「若造、解らぬか? 聖杯とは物ではなく、人の処女の女子だったのだよ」
「何だって!?」
「そうだ、あの小娘自身が聖杯なのだよ。そして、その力は血が薄まったように封印の効力も弱まったのだよ」
大司祭サイラスの言葉に、ウィリアムは耐え難い苦痛を味わった。
慈母神の聖杯はディヴィナ自身なら、古竜を封印する力は彼女自身なのだ。
「封印が解けたらどうなるんだ?」
「古竜”抱擁するもの”が復活し、ディヴィナ王女……否、ディヴィナ女王は死ぬ。だが、二つほど助かる手段はある」
「それを止める手段はあるのか?」
「一つは、古竜”抱擁するもの”と同化する。これは魂がどちらになるかは解らぬ」
「もう一つは?」
「もう一つは、”深紅の竜血”の力を使う。しかし、”深紅の竜血”という紅石は存在するのかすら解らぬ」
「そんな……」
ウィリアムはサイラスの言葉を聞いて愕然とし、膝から崩れるように床に膝まずいた。
誰もが蹲るウィリアムに、かける言葉を見つけられずにいた。
「なんて様だ! ここより墓場の方がよほど活気がある!」
大司祭は途方に暮れているウィリアムたちに向けて、侮蔑の言葉を吐き捨てた。
「おまえたちは、考えたことはないか? 何故、竜の紋章の国の王は古竜”抱擁するもの”に止めを刺さなかったのか。何故、ファーヴニルを女司祭の魂に封印したのか。この国はどの国よりも脅威だと考えたことはないのか?」
大司祭サイラスの姿は塵と化して、その場から掻き消えた。
多くの問いかけを残した大司祭の居なくなった礼拝堂は、静寂そのものであった。
「ここまで来たのに、何も解決することができなかった」
「ウィリアム殿下、魔法学院へ戻りましょう。あそこには書庫があります。深紅の竜血という紅石についての文献を調べてみましょう。そのための時間はまだあります」
「そうですね。ここで諦めてしまったら本当に何もかもが終わってしまいます」
ウィリアムは元宮廷魔術師イーサンの言葉に従うことにした。
それ以外何も自分では最善の策が見つからないからである。
自分自身が情けなくて仕方がなかった。
何一つ自分の力で解決することができない未熟な自分が本当に情けなかった。
「深紅の竜血さえあれば、何とかなるなら手に入れてみせる!」
ウィリアムは全ての光の神々に誓った。
そして、古今の神々にも誓った。
「ディヴィナを必ず、救ってみせる!」
そう、心の中で叫んだ。




