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神殿の扉の前に立つと元宮廷魔術師は、上位古代語を唱えた。
そして、魔法の鍵や罠はありませんとイーサンは、ウィリアムとユーリアに言った。
お互いに姿が見えないのだから勝手に動き回らないで欲しいと、ユーリアは二人に忠告した。
ウィリアムは何度かユーリアにぶつかったり、足の踵を踏んづけたりしてしまい、仕舞いにはお互い重なり合うようにして転倒した。
そのため姿隠しの魔法の効力が無効になってしまった。
「もう! 信じられない! あなたは王子なんでしょ、もっとしっかりしなさいよ」
「すまない……」
これからは周りにもっと気をつけて行動することにしょうとウィリアムは言うと、やれやれという表情で乱れた髪や衣服を整えたユーリアは、先を急ぎ始めた。
乳白色の大理石の壁面は何も装飾はされておらず、鏡面のように磨きあげられていた。
神殿内の廊下は、二つの光に照らされている。
「ユーリアが召喚した光を司る精霊とイーサン老師の魔法の明かりのお陰で、真っ暗な神殿内を歩かずすんで本当に良かった」
「感謝するならきちんと態度で示して頂きたいものだわ」
ユーリアの言葉を真に受けて、苦笑いを浮かべる若者の姿に胸が苦しくなった。
ユーリアは最近、自分がエルフ族であることを呪わしく思う。
目の前の若者の実直な性格に興味を惹かれて、仲間が止めるのも聞かずに故郷の妖精界へ招き入れた。
古エルフ族の女王イザベラはそんなユーリアの気持ちを尊重してくれ、掟を破った罰を与えることはしなかったのだ。
ドワーフ族の廃墟である地下王宮を出た後もユーリアは深い森には戻らずに、ウィリアムと行動することを選んだ。
人間たちの争いに巻き込まれて森が灰になることを阻止する目的で、ウィリアムについて行くと言ったのだが、本心はあのドワーフ族のイムリと同じだった。
ユーリアは人間の若者を気に入り、彼の行くところへ一緒についていきたい、彼の目にするものを一緒に見て同じように感じたいと思っていた。
何故そのような気持ちになったのか、自分でも理解できなかった。
自分たちエルフ族は高貴で知的な種族であり、人間は野蛮で無知な種族だと教えられていたので、人間に興味を持つことなど考えたことがかなったからだ。
黒エルフ族の闇の森を抜けて南部へ行くと若者が決めた時も、この無謀な選択を受け入れて彼の後をついていった。
自分でも馬鹿げていると思いながらも、そうせずにはいられなかったのだ。
頭で考えて行動しているのではなく、理性よりも感情を優先して行動していた。
それはエルフ族ではなく、まるで人間と同じであると自分の中で幾多の葛藤が生じていた。
闇の森を抜けて荒れ地の町に着くと、慈母神の大司祭サイラスという吸血鬼の魔眼の力で操られ、レイピアで若者を串刺しにしたと聞かされた時は、身が引き裂かれ心が砕け散る程の苦痛を味わった。
あの若者は自分のことを気遣い、そして心配さえしてくれたのだ。
ただ、あの若者は狼と犬の区別もつかない。
頼りになる人物とはかけ離れた世間知らずな若者に対し、好感から愛情へと気持ちが揺らめき始めていることを意識しだした。
だが、自分は人間ではない。
人間の男性は人間の女性と結ばれるのが一番幸せなはずなのだとエルフ族のユーリアは自分に言い聞かせた。
人間とエルフ族の愛は悲劇しかないのである。
結ばれた二人の間に生まれた子は半エルフ族と呼ばれ、人間社会からもエルフ族社会からも拒絶され迫害される。
ユーリアがもしウィリアムと結ばれて、子供をもうけなくても人間であるウィリアムは確実に死を迎える。
ウィリアムは年を重ねて老いていく。
目の前の老魔術師のように老いは必ずやってくるが、ユーリアには老いがない。
最期の日を迎えてウィリアムがこの世から去り、自分だけが変わらぬ姿のまま取り残される。
永遠の命を持つ古エルフ族である自分に寿命がないことが、こんなに残酷だと考えたことがなかった。
ウィリアムと死に別れた後も自分は彼を思い続けて、この先も永遠に生き続けなければならないのである。
そんな蕀の道でもやはり彼と共に歩み、彼の人生の一部になりたいと思っていた。
しかし、ウィリアムはディヴィナに好意を持っている。
人間同士の愛に、エルフ族である自分が入り込む余地などないことも知っている。
ユーリアは自分の激しく燃える感情を、深い海の底へと沈めるように心に蓋をした。
自分さえ諦めれば、誰も傷つくことはないと自分の気持ちを欺いていた。
「ユーリア……まだ怒っているのか?」
神妙な面持ちで考え込んでいたユーリアに、ウィリアムが突然声をかけてきた。
「な、なんでもないの。ほら、わたしは森の妖精族でしょ。岩に囲まれていると閉塞感があって不安なの」
「そうか……すまない。ユーリアには無理をさせてばかりだな。樹々の森がこの国には多いから、この任務が終わったらそこへ行って少し休むといいよ」
「そうね。竜がいる森ですから、きっと快適に休めるでしょうね」
ユーリアは悪戯っぽい笑みを浮かべて、それを苦笑いしている若者へ向けて送った。




