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深紅の竜血  作者: 江渡由太郎
第四章 生と死の狭間
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 元宮廷魔術師イーサンの話によると、祭器は杯であり”慈母の聖杯”と呼ばれいる。


 慈母神の大司祭が己の身に神の魂を降臨させて、神の奇跡を具現化した物を願い慈母神から与えられたとされる祭器なのだという。

 その杯に入れた水などの液体はあらゆる怪我や病気を癒し、魔法による毒や呪いさえも解呪する。


 死霊による霊障や吸血鬼に咬まれたり、狼男に傷つけられたりしたことにより変異するのを浄化することもできる。

 そして、この聖杯の神聖な奇跡の力ならディヴィナの封印に、再び強い拘束力を与えてくれるはずだと言った。


「しかし、この聖杯はどのような物なのか、実際に見たものはいない」

「イーサン老師、それでは見つけられないではありませんか」

「神聖な祭器ゆえ、御神体として大切に祀っており、教皇か枢機卿でなければ祭器を目にすることができないと聞いたのだ」

 ディヴィナを蝕む混沌とした魔力から救い出すためには、時間は半日程が限界だとウィリアムに伝えた。


「聖杯は慈母神の大聖堂に祀られている、慈母神像の中に安置されていると聞いたことがある」

「それが唯一の手がかりですね。わたしたちには時間がありません。ディヴィナのためにも急ぎましょう」

 ウィリアムはイーサンに道案内を頼んだ。


「わたしが命に代えても、その聖杯を手に入れて必ずディヴィナ、君の元へ戻ってきます」

 ウィリアムは騎士の誓いをたてた。


「騎士殿、わたしを置いて行くなんて言わないでしょうね」

 エルフ族のユーリアは悪戯っぽく微笑んで言った。


「慈母神は”死は生と同じくらい大事である”と説いていますが、わたしはディヴィナを死なせたくない! 生きていて欲しいんです」

 ウィリアムはそうディヴィナを見詰めながら、まるで少女に向かって言うように呟いた。


 自分の意思に関係なく、その身に古竜を封じられた少女は高熱にうなされながらも譫言のように、ウィリアムの名を繰り返していた。


「ディヴィナ、君に光の神々の御加護がありますように……」

 ウィリアムはそっと少女の額に手を翳し、光の神々に祈りを捧げた。


 魔法学院から出て慈母神の神殿へ向かうのは、ウィリアムとエルフのユーリアと元宮廷魔術師イーサンの三人で行動することにした。

 隠密行動のため、最小限の人数で目的を果たさなければならなかった。


「慈母神の神殿は、今は無人の神殿っていうことだけど……」

「そうです。神殿の規模はそれほど大きくはないのです。この国で多くの民に信仰されていたのは”鍛冶神”なので、信者が少ないこの竜の紋章の国では慈母神の神殿は一つしかありません」

「わたしたちエルフ族は、月や星々を信仰しているの。夜空に向かって祈りを捧げるから神殿へ行くということがないの」

「あなたがたエルフ族からしたら、人間の習慣や行いには理解しがたいことが多いでしょうね」

 ユーリアはイーサンの問いに素直に頷いた。

 あまりに素直に答えた自分に驚いた。

 一瞬、この魔術師が魔法をかけたのかと思ったほどだった。


 ただ、ユーリア自身もこの旅の中で自分がエルフ族だという意識が希薄になってきていることに気がついた。

 簡単にいうと”人間”のような物の考え方に変わったという実感がある。

 それは、”永遠の命”を持つ自分たちエルフ族にはない考え方である。

 エルフ族は永遠の時間を生きるため、”変化”というものがない。


 自分を変えたのはこの旅であり、目の前のウィリアムという人間なのだ。

 きっと、それは良い事なのだとユーリアは思った。

 変化を恐れるために、滅びの運命を歩み始めた古エルフ族には未来がない。


 しかし、”森のエルフ族”は永遠の命を失った換わりに、未来を手に入れたのだと思う。

 永遠の命よりも大切なものが何なのか、ユーリアはその答えに近づいているという実感があった。


「炎の神の神殿が幾つもありますね」

 ウィリアムは辺りを見渡すと、大広場を囲むように七つの大きな神殿があった。


「炎の神の教団は竜の紋章の国では今、国教とされたためです。以前は光の神々の神殿でした」

「だから、この円形の大広場を囲むように七つの神殿があるのですね」


「この国では、光の七神の一柱である”鍛冶神”が太陽と炎を司るため、昔から民の大部分が崇めていたのですが、炎の神の教団はその”鍛冶神”と”炎の神”は同一の神だとして、宗教改革を達成させたのです」

「炎の神は一神教のため、他の光の七神の神々を異端として光の七神の教団を追放したというのですね。それで、慈母神の神殿は無人だということなのですね」


「そうです。炎の神の教団は光の七神の神殿を乗っ取り、炎の神の神殿として利用しているのです。ただ一つを除いてはですが」

 イーサンは、慈母神の神殿は祭器が安置されているためか、炎の神の狂信者の侵入を許さないのだと付け加えた。


 神殿そのものが大いなる意思を持ち、邪神狂信者を拒み神殿内には入ることができないのである。

 そのため、無人の神殿として放置されているのであった。


 ウィリアムたちは元宮廷魔術師イーサンの道案内で、慈母神の神殿にたどり着くことができた。

 ここまで来るのに、巡回の衛兵に二度遭遇した。


 一度目は、イーサンの魔法で眠らせた。

 二度目はイーサンの魔法の準備よりも早く相手が斬りかかってきたが、ユーリアの精霊魔法で樹木を司る精霊ドライアドを召喚し魅惑の虜にした。


「ドライアド魅惑の力は、後々厄介だから極力使いたくないのよ」

 衛兵を魅了した精霊使いのユーリアは複雑な表情でずっと言っていた。

 神殿にたどり着くまでの間にウィリアムは、何回同じ事を聞いたか分からないほどであった。


 衛兵にドライアドの力でユーリアの親しい友人だということを思い込ませた。

 だが、衛兵にはユーリアが恋人に映っていたようで、しつこくされたことに腹を立てていたのだった。

 その怒りの矛先が同じ人間のウィリアムに向けられ、悪かったと何度もユーリアに謝罪したが、謝罪は受け入れられなかった。


 とうとう口喧嘩が始まり、最後には二人とも口をきかないということになってしまった。

 そんな二人の若者たちの姿を見ながら、老人のイーサンは自分に失われた若さを懐かしく思いながら微笑んでいた。


「無人の神殿なのでしょうか?」

 物言わぬ石の建物に只ならぬ存在感を感じたウィリアムは、もと宮廷魔術師イーサンに訊ねたのだった。


「この神殿こそが慈母神の神殿です。では、中に入りましょう」

「ちょっと、待って! このまま中に入るのは、やはり危険だと思うわ。姿隠しの呪文を使った方がいいと思うの」

「精霊魔法の姿隠しですね。それは良い考えかもしれません。もし、中に誰かが居たとしてもこちらの姿は見えませんからね」

 イーサンは、エルフのユーリアの提案に賛成し、ウィリアムたちは姿隠しの呪文の効力で姿を消したのだった。


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