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深紅の竜血  作者: 江渡由太郎
第四章 生と死の狭間
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2

 荒々しい風が、荒れ地の乾いた砂を巻き上げている。

 風が運んできた細かい粒子の砂は、白金の長い髪にまとわりついていた。


 黒エルフの娘はそれを忌々しく思いながらも、精神の集中力を乱すことなく精霊語の詠唱を続けていた。

 荒々しい風はやがてつむじ風となり渦を巻きながら、その勢力を徐々に強めていた。


「風を司る精霊の王、我が召喚に応じたまえ」

 アデーレは風の上位精霊に呼び掛けた。


「我に呼び掛けるのはお前か、エルフの娘よ」

 風を司る精霊の王は答えた。


 圧倒的な存在感に気圧されながらも、アデーレは初めて接触を持つ風の精霊王ジンに呼び掛けた。


「わたしの名はアデーレ。黒エルフ族です。風の王よ、わたしに力を貸してください。目の前の侵略者たちを退かせる力をお貸しください」

 アデーレは懇願するように願った。


「氷の精霊王フェンリルの力を借りたように、我の力を借りたいというのか? 先刻、氷の精霊王は数百年の長きに渡る使役から解放された。今度は風の精霊王を使役するつもりなのか? エルフの娘よ、答えよ!」

 風の精霊王からの威圧的な力が、交信をしているアデーレの精神に直接圧力をかけた。

 アデーレはそれに屈することなく、風の精霊王に対峙した。


 身が切り裂かれ魂までもが粉々に引き裂かれるような、恐怖心を抑えられそうになかった。

 アデーレはいままで真剣に精霊魔法を学んだことがない自分を、今になって呪わずにはいられなかった。


 黒エルフ族は元は古エルフ族であり、その自分には永遠の命がある。

 永遠の命があるがゆえ、そして生まれた時から精霊魔法の使い手である若い自分には、幾らでも学ぶ時間はあると思い込んでいた。


 その傲慢さが大きなつけとなって今、精算を迫られているのだ。


「風の王よ、わたしはあなたを使役することはしません。あなたのその神に匹敵する力をお借りしたいのです」

「エルフの娘よ、お前の力を示してみよ。さすれば、我はお前の力となろう」

「でも、どうやって示せば良いのですか?」

「我の力を使いこなせば風は刃のことし、使いこなせなければそれまでということ」

 風の精霊王は、黒エルフの娘アデーレに力を貸してくれると約束してくれた。


 それは、アデーレの精霊使いとしての実力を認めたことを意味する。

 未熟な精霊使いなら、精霊王と交信することすら叶わないからだ。


 風を司る精霊の王ジンが言ったように、精霊使いの力量によってこの物質界で発揮する力が異なってしまうのだ。


 古エルフ族の女王イザベラのような精霊使いならば、風の精霊王は風の刃によって空を裂き大地を砕きこの大地を飛散させてしまうことだろう。


 黒エルフ族では最年少である自分には、幾らなんでもそれほどの力は到底持ち合わせていなかった。

 黒エルフ族の王ヴェンデルベルトの娘としての血の力にかけるしかなかった。


 精霊魔法の詠唱を始めてから、いったいどれほどの時間が経過したのだろうか。

 エルフ族として永遠の命があるがゆえ、時間というものに対しての感覚や意識が稀薄だった。


 だが、精神力が限界だと己に悲鳴をあげて知らせている。


 アデーレは覚悟を決めた。


「風の精霊王ジンよ! わたしたちに仇成す目の前の侵略者たちを風の刃で切り裂いて!」

 アデーレは気力を振り絞って叫んだ。


「よかろう」

 風の精霊王は、威厳に満ちた声で答えた。


 荒れ地の乾いた砂を巻き上げているつむじ風は、その大きさを瞬く間に巨大化させた。

 その渦の上部には人間の上半身が姿を現した。


 隆起した逞しい筋肉を露にしており、まるで伝説の巨人さながらの迫力である。

 下半身は巨大なつむじ風のまま、荒れ地の大地に立った。


 狼の王の軍勢はざわめき出していた。

 先ほどアデーレたちに遣わされた使者の騎士も、狼の王の傍で狼狽していた。


 風の精霊王は狼の王の陣に、巨大な竜巻を発生させた。

 あらゆる物を呑み込み、巻き上げられた砂が鑢のように削り粉々にしていく。


 騎乗していた馬ごと騎士は、上空へと巻き上げられた。

 砂が鋼の鎧を削り火花が散っていた。


 騎馬はズタズタに引き裂かれ、騎士も無惨な骸と化して地上に降り落ちてきた。

 炎の兵たちは狼の王を取り囲むように、重なり積み上がっていた。


 まるで石の祠のような形を成したため、風の精霊王の刃は狼の王までには届かなかった。


 突然、猛烈な激しい風は止み静寂が訪れた。


 古エルフ族は、目の前の光景を呆然と見詰めていた。

 偉大な精霊王は見事、敵を滅ぼしてくれたのだ。


 しかし、その期待は見事に裏切られた。


 溶岩石の体を持つ炎の兵は積み重なった陣形を解いて、再び元の整列した陣形へと移動した。

 溶岩石の体は風化したように削られてはいたが、その硬度は損なわれてはいなかった。


 その陣形の中心には、狼の王ユアンの姿がある。

 人間は狼の王しかいなかった。


 狼の紋章の騎士たちは先程の風の精霊王の攻撃で、その肉体はズタズタに引き裂かれ荒地の大地を朱に染め上げていた。

 数百人の騎士団が一瞬のうちに冷たい物言わぬ肉塊と化したのだが、狼の王の表情は何一つ変わらなかった。


 黒エルフの娘アデーレは、狼の王の姿を確認したところで気を失った。

 精神力を全て使い果たしてしまったのだ。


 黒エルフ族は指揮系統を失い、成す術もなく闇の森へと敗走しるしかなかった。


 風の精霊王は確かに、この物質界で強大な力を発揮した。

 黒エルフの娘アデーレが若いエルフでありながらも、熟練の精霊使いと同じように上位精霊の力を引き出したにもかかわらず、結果的には敵を倒すことができないのである。


 あの炎の兵がいる限り、この戦いには勝ち目はないということを痛感させられたのだった。

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