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青白い魔法の明かりが暗い室内に灯っていた。
冷たい石壁の大きな室内は、薄暗さが重苦しい印象を与えて、息をするのも苦痛な閉鎖された部屋である。
地下にあるこの部屋は以前は会議室として使用されていたが、今は目の前の老人が寝起きといった生活する場として使用していた。
「ここは魔法で結界が施されておりますゆえ、外部からは隔絶された空間となっているのです」
元宮廷魔術師であった老人は、そう言って木製の椅子に腰を降ろした。
魔法の結界が施されているのでこの室内では魔法は使えないという。
外部から遠視の魔法でこの部屋を見ることも、物見の水晶球で覗き見ることもできない。
ここでの出来事は完全に秘密となるのだ。
「イーサン老師は何故この廃墟に留まっているのですか?」
「わたしの死に場所はここと決まっている。この地で生を受け幼少期からずっとこの魔法学院で学んだ。わたしにはこの場所が全てなのです」
イーサンは遠くを見るような目で語った。
「ディヴィナについてなのですが……」
「王女については少し話が長くなります。まずはこの国の現状をお話いたします」
先の王の治世、宮中は腐敗していた。
汚職と賄賂にまみれ高額な税を取り立てられいたのだ。
王宮で生活する王も王妃もそのことについては知り得なかった。
ましてや幼い王女など知るよしもなかった。
王の圧政とも言われ、当時の魔法学院の学長クリフトフの”狂王討つべし!”の声の元に民が集まり、 不正をして己の財産を肥らせていた貴族たちは捕らえられ斬首刑になった。
貴族たちは狼狽し、持てる限りの財産を持って国外へ逃亡したのだった。
竜騎士たちは王から王位を奪い、幼い王女に王位継承させて、成人するまでの間は官吏が国政を代行する流れであり、宮廷魔術師であったイーサンにも誘いの声がかかっていた。
だが、王を殺害し国を乱しているのは貴族たちであり、この腐敗にはこれ以上関わりを持ちたくないと思ったのだという。
イーサンは王女が投身自殺をしたと、その現場を目撃した近衛騎士隊長から聞いた。
そして、魔法学院の学長クリフトフの提案で幼い王女に似ている物乞いの少女を、獅子の紋章の王国から連れてきた。
その物乞いの少女を”王女ディヴィナ”だとし、王位継承をさせ女王として即位させた。
その後、魔法学院の学長クリフトフの招きで、炎の神の教団を招き入れた。
光の七神の教団との紛争もあったが、炎の神の教団が勝利した。
光の七神の教団は俗世に塗れており、神の奇跡である癒しの魔法を使える神官も二人ほどしかおらず、司祭の地位にいるものでさえ、神官が使うような癒しの魔法の効力しか行使できないという現状であった。
全てに怠惰であった光の七神教団は王都から追放され、地方都市へ逃れて行ったのだ。
イーサンはこの出来事を期に宮廷魔術師を辞任したのだという。
その後、魔法学院の学長クリフトフは、宮廷魔術師イーサンの後任としてその地位に就いたのだが、その数日後に学長は暗殺され帰らぬ人となったのだ。
魔法学院の学長の死により、魔法学院の導師や魔法使い、見習いや学生といった者たちが、以前から敵視していた炎の神の教団と争いを始めた。
炎の神の教団は死霊魔術を操り、アンデッドの兵士で魔法学院を滅ぼした。
その犠牲者までも死霊魔術によって幽霊として亡者の仲間入りさせ、見せしめのためにこの世に留めたのだ。
廃墟と化した魔法学院へイーサンは戻ってきたということである。
「しかし、王女は投身自殺をしたのなら、ここにいるディヴィナは違うんじゃないでしょうか?」
ウィリアムは腑に落ちない表情で訊ねた。
「わたしは宮廷魔術師をしておりました。その時に何度も王女に面識はあるのです。間違いなくそこにいらっしゃる方はディヴィナ殿下です」
「それだけでは、本人とは言い切れない。誰もが認めざるを得ない何か証拠みたいなものはないのでしょうか?」
イーサンは自分が疑われているのではなく、目の前の青年は自分の言っていることを認めたいという熱意が伝わってくるのが分かった。
この青年にこの国の未来を託してみようと思った。
暫くの間、老人は己の考えに耽っていた。
何か重大な決意をその瞳に湛えながら、ウィリアムの瞳を真っ直ぐ見詰めている。
「これは、竜の紋章の王国の国家秘密ゆえ他言無用に願いたい」
そう言ってイーサンはウィリアムだけを隣の別室へ案内した。
別室はとても小さく簡素な部屋であった。
部屋の中には本棚だけがあり、そこには無数の書物と巻物が所狭しと納められていた。
一目で書庫だということが分かった。
魔法の書物や巻物はきっと計り知れないほどの価値のある物に違いない。
そんな書物に囲まれていては、圧迫感しか感じられなかった。
「様々な知識を身に付けるのはとても高尚なことです」
書物を見渡して苦笑いを浮かべている青年にイーサンは言った。
「大事な話というのは?」
本題に入るためウィリアムは元宮廷魔術師に話をするように促した。
「竜の紋章の王国では、王族の王子又は王女にある儀式を施します」
「儀式ですか?」
「五十年程昔、古竜”抱擁するもの”が大陸から北部へ渡って来たそうです。吟遊詩人が歌う叙事詩のように七人の勇者が古竜”ファーヴニル”を倒しましたが、命を奪うことはできませんでした。そこで、竜の紋章の王と慈母神の女司祭は古竜を封印することにしたのです」
「古竜を封印するとは、いったいどうやって?」
ウィリアムは身を乗り出すように訊ねた。
「慈母神の女司祭は己の体に慈母神を降臨することを願い、その神の奇跡で古竜を己の魂の中へ封印することを願ったそうです。そして、古竜が永遠に封印されるように次世代へと封印が継承されるように”血の封印”を慈母神に約束されたそうです」
「血の封印……」
「竜の紋章の王と慈母神の女司祭は婚姻を結び、やがてその封印は子へと引き継がれたのです。今はディヴィナ殿下が継承しています」
「ディヴィナが継承している……」
ウィリアムはあまりに壮大な話の内容で、おとぎばなしを聞いている感覚を出ず実感が沸かなかった。
「古竜の封印が弱まると、背中に古竜の刺青が浮き出ると伝えられていますが、実際に目にしたことがないため真意の程はわかりかねる」
イーサンはこれが国家秘密だと言った。
ウィリアムは記憶の糸を手繰り寄せて行くと、ある出来事の場面を思い出したのだった。




