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深紅の竜血  作者: 江渡由太郎
第一章 始まりの地
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2

 老魔導師はウィリアムにある仮説を話した後に、話聞かせるよりは”百聞は一見にしかず”とし、暖炉の前の椅子から立ち上がった。


 そして、若者が居る木製のテーブル席へ移動し、空いている椅子に腰を下ろした。


 トレバーは古木の枝のように枯れた指で、宙に何かを描くような動作をし、上位古代語を唱えた。


 すると、ウィリアムのもとへ成人男性の頭程の大きさの巨大な水晶球が、宙を舞うようにやってきた。


 古代語魔法は、魔力の源であるマナを直接物質から引き出すことによって行使することができる。


 呪文を正しく使うためには、魔法の発動体として樫の木の杖に上位古代語を刻んだ物を使用したりする。


 老魔導師ほどの大魔導師になるとそれらの発動体なしで、複雑な身振りで魔法陣を印すだけで魔法を発動させることができるのである。


 そして宙を舞う巨大な水晶は、テーブルの上に置かれた水晶用の座布団の上に舞い降りた。


 座布団の中には、綿の代わりに魔晶石のさざれが詰まっており、物見の水晶球が座布団に沈み込んでいくときに硝子の欠片が擦り合うように音がした。


 この老魔導師の話によるとこの物見の水晶球は、世界に十三個の物見の水晶球が存在し、十二個までの存在は確認されている。


 トレバーが所有するこの物見の水晶球は、その中でも最大の魔力を附与されている。


 世界の果てまでも映し出すことができ、過去の出来事までも見ることができる。


 更に、その魔力は永続的に働きかける魔法の水晶球なのだ。


 物見の水晶球の魔力は、附与魔術師の魔力に比例する。


 老魔導師の所有する、この物見の水晶球を作り出した附与魔術師の魔力が強大だったということだった。


 老魔導師は、物見の水晶球の所有者同士が互いに水晶球をとおして見ることもできるため、十二個の物見の水晶球の所有者と協力して十三個目の物見の水晶球を捜したこともあったが、最後の一つは見つからなかったのだという。


 トレバーは節くれだった指を物見の水晶球に翳して、再び上位古代語を詠唱し始めた。


 数百年もの遥かな昔には、上位古代語と下位古代語の二種類があった。


 上位古代語での会話や文章には魔法語が使用され、その会話や文章には魔力が帯びていた。


 しかし、古代王国時代に栄華を誇った魔法は今では、魔法の資料や呪文書に残された一部を除き、そのほどんどは失われている。


 物見の水晶球は怪しげに発光させながら、その魔力を発動させた。


 水晶球の中では、映像が映し出されている。


 ウィリアムをそれを覗き込むように見た。


 父たちはこの砦には訪れていないが、最近この北部の大地に、別の大陸からやって来た女性と密会していたのだった。


 その女性の素性は詳しくは分からないが、物見の水晶球から見た限りでは、別の大陸で信仰されている異教の神の司祭のようだった。


「拝火教か……」


 老魔導師はウィリアムに、その異教の神の司祭は”炎の神の女司祭”だと言った。


 炎の神を崇めるその女司祭は、炎のような真っ赤な祭服を身に纏い、それは女性の姿態をなぞるかのように輪郭を強調していた。


 どちらかというと司祭の祭服というよりは、貴婦人の煌びやかな衣装にも見える。


 女司祭はこの砦近くにある海岸洞窟にいて、そこで結界を張り物見の水晶球の魔力を退けているため、王たちがいるとすれば洞窟ではないかとウィリアムに言った。


 老魔導師の話では、父ユアンは野心家であるということだった。


 この雪と氷に閉ざされた北の大地から、陽の光が降り注ぐ南の大地への憧れが固執へと変わり、やがて野心の炎へと変わっていったのだという。


 その野心を現実のものにするために、力を欲した王は海を渡ってきた炎の神の教団と手を組んだのではないかとうのが、老魔導師の考察だった。


 炎の神は、この大陸で信仰されている光の七神ではなく”異教の神”である。


 信仰の祈りの言葉や、生け贄として血液や心臓を捧げる”血の代価”で、神の奇跡をこの物質界に行使できる。


 人身御供は邪悪な習俗だというのが、ほぼ全ての人間の共通認識だが、信仰する神が違えば神に生け贄を捧げるこの宗教儀式は行われているのも、これもまた真理なのである。


 生け贄を捧げることから邪悪とみなされ、闇司祭と言い伝えられていた。


 闇司祭と邪教の祭壇の逸話や炎の神の”汝の望みこそが、真に求めるべきものである”という教義はこの大陸では異端とされていた。


 死霊魔術の系統と同様に不死生物の創造・操作、死者を蘇生することも禁忌ではないため、あらゆる勢力に異端視されていたのだ。


 ウィリアムは何故そのような邪悪な力に、父ユアンは魅入られたのか理解できなかった。


 父ユアンは王であり、家族を愛するように国と民を愛していた。


 民のことをいつも考えていた。


 邪心を奉じる教団と手を組むような、どうしようもない人間ではなかったはずだ。


 途方に暮れている若者は頭を振る。


「概して、善悪というものは幻想なのだよ。所詮、妄想の類に過ぎん!」


「そんなことはない!」


 老魔導師の言葉にウィリアムは必死に抵抗した。


「人間は生まれながらにして”善”が備わっていると思いたいのだよ。人間は”善なる神の子”だと自分に語り聞かせて、生きる苦しみを和らげ”神の祝福”に縋ろうとしているのだ」


「そんなことはない……」


「……なるほど……」


 父を敬愛している息子が流している涙を目にし、老魔導師は言葉を噤んだ。

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