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深い森のエルフ族であるユーリアは、宿舎の庭にある芝の上に腰を下ろしていた。
ウィリアムは彼女の傍に駆け寄ると、大型の犬もそれにならって駆け出した。
ユーリアはウィリアムが駆け寄ってくるのを見て、猫が驚いて跳び跳ねるようにエルフの娘は後ろへ跳ね退けた。
「な、なんで逃げるんだ!?」
「ウィリアム……あなたの隣にいるのって……」
「犬がどうかしたのですか? もしかして犬が苦手なのか?」
「犬ですって!? それは狼よ! 狼の紋章の王子のくせに”本物の狼”は知らないっていうの!?」
「何だって!?」
ウィリアムはこの大型の犬が狼だと知り驚愕した。
狼はその場で伏せておとなしくしていた。
「ごめんなさい。わたし、あなたを傷つけてしまったのだと聞いたわ」
ユーリアはレイピアでウィリアムを貫いたこと詫びた。
「あの吸血鬼に操られていたんだ。気にすることはない。皆の命が無事で本当に良かったと思っているんだよ」
「ありがとう」
ユーリアは宿舎へ戻ると言い弱々しい微笑みを送った。
宿舎の中で悲鳴が聞こえた。
ウィリアムは何事かと思い、急いで悲鳴のところへ向かって走った。
月明かりが差し込む宿舎の中では、女官が独り泣いていた。
女官の周りには同僚の女官や神官たちが、血塗れで床の上に転がっていた。
冷たい骸となった神の僕たちは、首があらぬ方向へ向いたり、腕が千切れていたり、腹から臓物を吐き出した状態という見るも無残な光景が広がっていた。
ウィリアムが辿り着くとユーリアたちも丁度その場に集まって来た。
「いったい、何が起こったんだ。こんな酷いことをいったい誰が!」
ウィリアムは咄嗟にあの大司祭サイラスの仕業だと思った。
「グレイシー、何があったんですか?」
グレイシーに声をかけながら近寄ろうとするウィリアムの行く手を拒むように狼は前に出た。
狼は威嚇するような唸り声が女官へと向けられた。
グレイシーは床に広がる血の絨毯のような真っ赤な眼で、ウィリアムたちを見据えた。
「ウィリアム、あなたが気づかなければよかったのよ。気づいてしまったためにこの者たちは死ななければならなくなったの」
「グレイシー、何故なんだ!?」
「わたしは大陸貿易船に忍び込み、海を渡ってこの地に来たの。そして、娼婦として夜の街で男を狩り続けた」
グレイシーはそうして町から町へと転々と移動してこの町ハイスまでたどり着いたのだというのだ。
それからというものこの町でも男相手に狩りをしていたのだが、ある晩街の路地裏で立っていたグレイシーに声をかけてきた男がいた。
その男こそ大司祭サイラスだった。
十四歳という幼いグレイシーにサイラスは猥褻な行為を強要した。
グレイシーはその時にこの大司祭の魂の邪悪さを見抜き、同胞として迎え入れるためにサイラスを吸血鬼に変えたのだった。
翌朝、大司祭の遺体が路地裏で発見され、大聖堂へと運ばれたのだ。
町の誰もが大司祭の死を悼み、そして憂い涙したのだった。
その時、サイラスは再びこの世に甦った。
神の僕として甦ったのではなく、不死の存在の王である吸血鬼としてである。
サイラスはグレイシーを慈母神に仕える女官として神殿に招き入れた。
それからは大司祭はグレイシーの手駒として、働き続けたということだったのだ。
だが、サイラスは突如現れた竜に葬り去られたのだとグレイシーは言った。
サイラスを吸血鬼に生まれ変わらせたことでグレイシーとサイラスの意識は共有されるのだというのだ。
ウィリアムはグレイシーこそが、悪の根源なのだと理解した。
ウィリアムは腰に手をやると、剣はなかった。
丸腰の状態でこの吸血鬼に立ち向かうのは不利である。
すると、ウィリアムの傍にいた狼に異変がおきた。
悶絶するような苦しげな声を上げながら、狼の手足が人間のような形状に変化しはじめた。
やがて、狼は二本の脚で立ち上がり、全身の筋肉が隆起した逞しい人狼へと変貌を遂げた。
「ライカンスロープ!」
吸血鬼は牙を剥き出しにして、目の前の狼男を威嚇した。
ライカンスロープは、驚異的な脚力で突進して行く。
吸血鬼は指先の爪を刃のように伸ばし、狼男を切り裂き始める。
宙には、狼男の体毛や血肉が飛び散ったが、狼男も鋭い爪と強靭な腕力で吸血鬼の胴を真っ二つに引き裂いた。
グレイシーの上半身は床の上に鈍い音を立てて落ち、それを追いかけるように下半身もその場で崩れ落ちた。
狼男は勝利の遠吠えが、宿舎の壁に反響した。
その遠吠えは突如、止んだ。
狼男の腹部を貫く、真っ白い腕が見えた。
グレイシーは死んでおらず、切り裂かれた肉体を再生させて狼男の背後から腹部を抉ったのだった。
狼男は痛々しい鳴き声を上げて、人間の姿へと徐々に戻っていった。
腹部から腕が突き出ている、裸体の男を見て驚きのあまりその場で凍りついた。
その鍛え抜かれた体の男は、ウィリアムと行動を共にしていた若い騎士ピーターだったのだ。
老騎士バイロンと若い騎士ピーターは、狼の紋章の王城ロンカストラ城へ戻ったはずだったのだが、今、目の前に居るのだった。




