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深紅の竜血  作者: 江渡由太郎
第三章 永遠の生命
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4

 ウィリアムは父ユアンと再会することができた。


「炎の神はどうなったんですか?」

 ウィリアムは騎乗している馬を父の馬に寄せながら訊ねた。


「あの邪神はこの剣の刃で切り裂いてやった。狂信者の紅い女も今頃は、大狼の腹の中に収まってるだろうな」

 歴戦の戦士さながらに王は言った。


 ウィリアムは王である父を誇りに思った。


 父の馬が山林をかけて行き、ウィリアムもそれに追いかけるように馬を走らせた。

 父との距離が縮まらず焦りを感じていた。


 山裾へ向けての急勾配をかけ降りて行くと海の水が目の前に広がっていた。


「!? 何で海の水がこんな内陸部の山裾にまで!?」

 ウィリアムは狼狽した。


 馬の手綱を引いてみたが既に手遅れであった。

 制御できないまま、馬諸とも海面の中へと突っ込んで行った。


 そのまま海の波に揉まれ、馬ともはぐれてしまった。

 荒々しい波に抵抗することもできず、波に浚われながら沖へと運ばれて行った。

 このままでは溺れてしまうという切迫感が、全身を駆け巡った。


 助けを求めてるように腕を天に向けて精一杯伸ばした。

 視界が暗闇に包まれた。

 光も届かない暗闇がウィリアムを取り込んだ。


「ウィリアム……」

 少女の声がウィリアムの名前を何度も繰り返し呼んでいた。


 朦朧とする意識の中で虚ろに聞こえる自分の名を呼ぶこえる。

 暗闇の中でその声の方に向かってさらに手を伸ばし続けた。


 瞼をゆっくりと開けた。


 木材の天井が視界に広がった。

 その天井に向けて右腕を差し伸べるような形で突き出していたのだった。


 体が石のように重苦しかった。

 伸ばしていた腕も力なく落ちた。

 ウィリアムは自分が今ベッドの上に横になっているのを落とした腕がベッドの上に落ち着いたのを見て気づいた。


「ウィリアム……」

 ウィリアムの名前を呼ぶ少女は、心配そうな顔をしてベッドの上に横になっていた青年の顔を覗き込んでいた。


 「暗闇の中でわたしの名を呼ぶ声がした。それは君だったんだね、ディヴィナ……」

 ウィリアムは、はにかんみながら微笑んでいる少女に言った。


「体の傷口は全て慈母の神官の方々が癒しの神聖魔法で癒してくださいました。ただ、肉体の傷は治ったのですが、肉体の疲労や精神の疲労までは癒しきれなかったそうです」

 少女はそう説明した。


 扉が開き湯を入れた桶を持って女官が入ってきた。


 地下の下水道までウィリアムたちを逃がしてくれた女官であった。


「意識が戻られたようですね。慈母神の御慈悲に感謝いたします」

 女官は天をあえぎ神に感謝の祈りを捧げた。


 エルフのユーリアも先程意識が戻ったそうなのだ。

 身体中の骨が折れていた一番重症であったドワーフのイムリが一番先に意識が戻った。

 ドワーフ族の強靭な体力には驚かされたが、目覚めた後の食事の量にも驚かされたそうなのだ。


 女官はウィリアムの仲間たちの世話をしてくれたそうなのだが、ウィリアムに付きっきりで看病したのはディヴィナだと言った。


 女官はディヴィナの信仰心がウィリアムを救ったとも言った。

 ディヴィナには慈母神の神の奇跡を行使する力があり、地下の下水道で命尽きるウィリアムに対して癒しの神聖魔法を使い一命をとり止めたそうなのだ。


「わたしにそのような力があるとは知りませんでした。ただ必死にウィリアムを助けてくれるように慈母神に祈っただけなんです」

「命を救ってくれたんですね。礼を言います」

 ウィリアムは少女の可憐な姿を見て言った。


 桶に入った湯で汗を拭くように女官に渡された。


 ディヴィナがウィリアムの背中を拭くと申し出てくれた。


 背中を向けて温かい湯の染み込んだ手拭いで寝汗を拭き取ってもらうと、それだけで汗と一緒に疲れも取れたような気分になった。


 宿舎の壁に鏡が設けられていた。

 何気なくそこに映る自分の姿を見ていた。


 ディヴィナはウィリアムの背中を拭いていて、その隣には女官が立っているのだが、目の前の鏡には女官の姿だけが写し出されていないのである。


 ウィリアムは後ろを振り返ると少女と女官が立っていた。

 ディヴィナから手拭いを受け取りウィリアムは自分の首筋や胸などを拭き始め、鏡のことには気づいていない素振りをしたのだった。


 その日の晩、北部出身のウィリアムは慣れない南部の気温のためになかなか寝付けなかった。

 火照った体を夜風浴びてひやそうと、重い体に鞭撃ちながら、宿舎の外へと出掛けた。


 北部から流れてくる肌を刺すような凍てつくような風ではなく、ここ南部の風は頬を擦るような乾いた空っ風であった。


 深く深呼吸すると、肺の隅々にまで冬季の冷たい空気で満たされた。


 生きているという実感が沸き上がった。

 こんなにも穏やかな気持ちになったは初めてかもしれい。


 ウィリアムは瞼を閉じて、大気に溶け込むような感覚で、全てを預けるように身を委ねた。


 すると、ウィリアムの指先に柔らかな獣の毛の感触があった。

 何かと不思議に思い、瞼をそっと開けると、そこにはいつの間にか大型の犬が居て、ウィリアムの掌に頭を擦り付けていた。


 その大きな犬の肉厚な耳の裏を指先で掻いてやると、真っ白で大きな尻尾を、バサバサと揺らして喜んでいた。

 暫くこの大型の犬と過ごした後に、ウィリアムは宿舎の方へ向かって歩き始める。

 すると、その大きな犬はウィリアムの後をついてきたのだった。


「おい、お前は宿舎の中には入れないんだ。それに、わたしはお前を飼うことはできないんだ。どんな命だろうと命を預かるってことは責任を伴うんだ」

 ウィリアムは大型の犬に向かって話しかけていた。


 ウィリアムは今回の件で、仲間の命を危険に晒したことを悔いていた。

 それに自分たちを襲った、あの邪悪な吸血鬼がどうなったのかも分からなかった。


 再び命を狙われるかもしれない恐怖も感じていた。


 町の人たちは巨大な蝙蝠と巨大な竜が町外れの荒れ地の方へ飛び去ったと言っていた。

 町人は竜を見ることなどまずないことだけに興奮を抑えられないように、ドワーフの怪訝そうな顔を横目に言っていたのだ。


 その巨大な蝙蝠があの吸血鬼である大司祭サイラスである可能性もあった。

 あの大司祭はウィリアムたちに正体を知られたためにこの大神殿へ戻って来ないのかもしれないし、既に戻ってきている可能性もある。


 あの吸血鬼の魔眼の恐ろしさをウィリアムは思い知らされた。

 心の弱い部分を見透かしそこを非情にも傷つけてくるのだ。

 吸血鬼はウィリアムの目の前で妹のエレナに化けることさえできたのだ。


 この町を知り尽くしている大司祭は、町の人間に成り済まして、ウィリアムたちの傍にいるのかもしれないのだ。

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