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深紅の竜血  作者: 江渡由太郎
第三章 永遠の生命
24/67

1

 月明かりの下、初老の男性は耐え難いほどの喉の渇きを感じていた。

 生命力の根源である血への渇望が、彼を猟奇的な殺人へと駆り立てている。


 若い生娘がこの神殿へやって来た時から、大司祭は己の内なる衝動を抑えきれなかった。

 少女の生血がどんな美味な味がするのかを想像しながら、彼ら旅人たちが寝静まるのを待っていたのだ。


 だが、深夜の宿舎には彼らの姿はなく、大司祭は耐え難い喉の渇きを癒すことは叶わなかった。


 これ以上は、この町の人間を獲物にすることはできない。

 人々の不信感や疑念を抱かせることは得策ではないのだ。


 一度芽生えた不信感や疑念を払拭するには、膨大な時間がかかり過ぎる。

 最悪な場合、自らの居場所を失うことに繋がるのだ。


 この町に盲目的で従順な信者が多く居れば、慈母神の加護が強い町だと良い評判が立つのだ。

 そうなれば、大陸の遠方から巡礼者がひっきりなしにこの地へやって来る。


 そして、この地が”聖地”だと呼ばれれば、海を渡って他の大陸からも巡礼者は訪れるだろう。

 喉の渇きを癒すために、その巡礼者や旅人を一人ずつ喰らえば何の問題もないのだ。


 誰が居なくなったとしても、誰も気にはしないのだから。


 この神殿があれば、暫くの間は食事には困らない。

 餌に群がる蟻が数匹居なくなっても誰も気づきはしない。


 ただ、老人のこの大司祭が老いで死なずに、永遠に生きながらえることには不信感を抱かせてしまう。

 だからこそ、潮時を心得ておかなくてはならないのだ。


 この地を暫く離れて、戻ってくれば大司祭の事を見知っている者は誰一人として居なくなる。

 そうなれば、再びこの地で思う存分狩ができるのだ。


 いままではそう思っていたのだが、小賢しいあの女官はそのことに気づいたのだ。

 愚かな女官があの旅人たちを逃がしたために、喉の渇きを癒すことができず苦痛をもたらされたのだ。


 どのようにこの報いを受けさせてやろうかと考えるだけでも、退屈な日々に楽しみが一つ増える。

 血を徐々に抜き取り己の死を実感させながら命乞いをもさせず、絶望の中に沈めてやるのも退屈しのぎにはなる。


 女官のことはいつでも考えられるが、旅人たちは今逃がしてしまってはまずい。

 あの女官のことだから、秘密を話しているに違いないのだ。


 秘密が暴かれたら、町に暴動が起こるだろうし、罪人のように捕らえられてしまうことだろう。

 暴動が起きて首をはねられても構わなかった。

 罪人のように地下牢へ投獄されても構わなかった。


 何故なら、首だけになってもいままでの姿に再生することは可能であり、投獄されても無限の命と強大な魔力によってどうにでもなるのだ。

 ただ、あの女官がどこまで秘密を知り、真実を握っているのかが問題なのだ。


 非力な人間が”不死の存在”や”不滅の存在”である自分を滅する方法はあるのだ。

 そのことをあの女官が知っているのなら、一秒たりとも生かしておけない。


 あの女官が隠れ潜む場所は見当がついている。

 非力で無能な人間の考えることなど手に取るように分かるのだ。


 大司祭は地下の下水道へと向かうために、石畳に設置されている排水溝の蓋を指差した。

 排水溝の金属の蓋は小刻みに揺れだした。


 そして、勢いよく宙に跳ね上がり、石畳の道の上に落ちた。


 夜の街に金属の甲高い音が鳴り響いた。

 大司祭の姿は大神殿の正門の前から消えていた。


 ウィリアムたちは地下の下水道の中で、身を潜めて陽が昇るのを待っていた。

 汚泥や排泄物の悪臭が鋭く鼻をついていた。

 最初は鼻で息をすることができないので、口で息をしていた。


 深い森のエルフの娘ユーリアは何度か嘔吐するほど気分を悪くしていた。


「皆さん、もう暫くの辛抱です。直に夜が明けます」

「そう願います。もう皆限界のようですので」

 ウィリアムは微笑んだつもりでいたが、苦笑いしかでなかった。


「大司祭様は、こちらに気づいたようです。もうそこまで来ています」

「なんだって!」

 ウィリアムは腰からダマスカス鋼のエルフの剣を鞘から抜き放った。


「隠れても無駄だ。見えておる。お前たちは、ワシからは逃げられないのだよ」

 初老の老人が暗闇から姿を現した。


 真っ赤な光を湛えた眼光が暗闇の中で妖しく輝きを放っていた。


「いったい、何者なんだ!」

「お前たちと同じ、嘗ては人間だった者だよ」

 大司祭は愉快だと言わんばかりに、豪快に笑っていた。


「ウィリアム殿下、大司祭様は不死の生物の王となったのです」

「それはいったいなんなのですか?」

 ウィリアムは殺気を放っている大司祭から目を離すことなく、女官に訊ねた。


「大司祭様は”アンデッドの王”である”ヴァンパイア”なのです」

「ヴァンパイア!? 何ですかそれは?」

 ウィリアムは聞きなれない名について女官に訊ねた。


「小僧、本当にお前たちは無知よ。そんなことも知らぬとはな」

 大司祭は嘲笑った。


「血は生命の根源であると考えられており、死者が血を渇望する。それがワシのような吸血鬼だ!」

 大司祭は鋭い牙を見せて言った。


「吸血鬼だって!?」

 ウィリアムは得たいの知れない魔物とこれから戦わなければならないことに、恐怖を感じた。

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