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深紅の竜血  作者: 江渡由太郎
第二章 黒衣の魔女
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 大気中の水蒸気が昇華してできた細氷と呼ばれる、ごく小さな氷晶が宙を舞っていた。

 陽の光できらきらと輝く細氷が、まるでダイヤモンドが宙を舞っているように幻想的な輝くを放つ光景は美しかった。


 ウィリアムたちは一瞬、北部へ戻ってきたのかと思った。

 だが、そうではなかった。


 ここは闇の森より東へ行った町である。

 大陸から運ばれた絹や薬草など色々なものが西の貿易港からこの大陸に持ち込まれる。

 大陸産の絹は独特の光沢を持つことから珍重されてきた。


 獅子の紋章の国は貿易港を自国で整備し、大陸貿易を一手に担ってきた。


 そこから運ばれた物が、この東の町ハイスにももたらされた。

 ハイスでは光の七神の慈母神の信者が多く、町全体が質素倹約に努めているようであった。


 黒衣の魔女はウィリアムたちにここで数日滞在するように言うと、魔法で何処かへと消えた。


 夕刻まで、街の中を歩き回った。


 やがて、陽が沈み夜がハイスの町を包み込んだ。

 夜空には満月が煌々と輝いていた。


 ディヴィナの希望で慈母神の大神殿へ向かうことにした。


 大神殿は花崗岩の石材を用いており、華やかな印象は全くと言っていいほどなかった。

 石材も丁寧には磨かれてはいるが、大理石の床のように滑らかではなかった。


 ウィリアムたちは大神殿の正門の側を通りかかった一人の女官に声をかけた。

 その女官は快くウィリアムたちを招き入れ、大聖堂まで案内してくれた。


 大聖堂は花崗岩の石材の柱と壁、明り取りのための窓しかなかった。


 礼拝堂といえば、神々の姿を模した石像が安置されていたり、神の住まいである神殿は荘厳さを感じさせる様式となっているのだが、この慈母神の大神殿はそうではなかった。


 白とはいえないような綿が本来持つ元々の生地の薄黄色の祭服を纏った初老の男性が近づいてきた。


「旅の皆さん、驚かれているようですね。慈母神の神像は己の内にのみ存在します。偶像を崇拝することは我らはしません。贅を尽くした祭服も必要ないのです」

 初老の男性はそう言いうと、今夜の食事と宿を提供してくれたのだった。


 初老の男性はウィリアムたちを案内してくれた女官に宿舎へ案内するように伝えた。

 女官は恭しく頭を下げて、宿舎の方へと向かった。


「先程の男性の方は……」

 ディヴィナは控えめに女官に訊ねた。


「サイラス大司祭様です。とても特の高いお方なのです。貧しい民にも分け隔てなく接し、全ての人に道を説いておられます。あなた方のこの先の旅にも慈母神の御加護がありますように祈ってくださいますよ」

 女官は清楚な微笑みを浮かべていた。


 ウィリアムたちはそれぞれ個室を与えられた。

 ディヴィナの服装がエルフ族の物であると気づいた女官は、ディヴィナに真新しい下着と祭服や靴を提供してくれた。


 裕福な貴族からしたら、ディヴィナが受け取った祭服は綿が本来持つ元々の生地の薄黄色であり毛羽立った”粗末な服”だと言い着るのが恥ずかしいと言うはずである。

 しかし、国民の皆はその”粗末な服”を着ているのだ。


 己の手で稼いだお金でこの服を買って着ていることに、彼らは”粗末な服”だという意識もないのだ。

 それどころか、己の手で稼いだお金で手に入れたということに誇りさえ持っているのだ。


 ディヴィナはその話を女官から聴いて感銘を受けたのだった。


 その晩の食事はライ麦パンを一切れとコーンとじゃがいものスープが用意された。

 ウィリアムたちは感謝しながら食べた。

 しかし、ドワーフ族のイムリには食事の量が少なかったようで、自室へ戻る際も空腹を訴えていたのだった。


 就寝することにしたウィリアムたちは各々の部屋へと戻って行った。


 夜の静けさの中、ディヴィナはなかなか眠りにつくことができなかった。

 慈母神の教えに触れたことにより、気持ちが高揚しているためかもしれない。


 そんな中、木製の扉がゆっくりと音も立てずに開いた。

 暗順応で目が慣れていたために、暗闇の中で人影が動いているのが確認できた。

 その人影はゆっくりとディヴィナのところへやってきた。


「起きてください」

 暗闇の中の人影が小さな声で囁いた。


 その声の主は神殿内を案内してくれた女官であった。


「どうしたのですか?」

 ディヴィナも小さな声で訊ねた。


「旅支度を整えて、早くこの神殿を出なさい。急ぎなさい。私は他の方々を起こしてきます」

「どうして?」

 ディヴィナの問いに女官は頭を振るだけで何も答えず、部屋を後にした。


 慈母神の女官に急かされて、ウィリアムたちは神殿を出た。

 そして、女官の先導で地下の排水路を進んで行った。


「ここまでくれば、今夜は安心です。陽が昇ったら、このハイスの町から出てください」

 女官は神妙な面持ちでそう言った。

 

「どういうことなんですか?」

 ディヴィナは女官に訊ねた。


「大司祭様は……あの大司祭様は”悪魔”なのです」

「何を言っているんですか?」

「満月の夜になると、大司祭様は人間の生血を求めて人間を襲うのです」

 女官は恐ろしい秘密を知ってしまったと言った。


 突然の話の内容に、ウィリアムたちは理解に苦しんだ。

 慈母神の大司祭が人間の生血を求めるとはいったいどういうことなのか、ウィリアムは女官に訊ねた。


 大司祭は生命の根源とも言われる血を吸い、生命の源とする蘇った”不死の存在”になったというのだ。

 大司祭は数年前、貧しい民に道を説いていたところ、首に二つの刺し傷が致命傷となり亡くなった。

 だか、その晩奇跡が起こったのだ。


 心臓が止まり、息もしていなかった大司祭が生き返ったのだった。

 神の奇跡が起こり、大司祭が蘇ったのだと皆が信じた。


 蘇った大司祭は食事を取ることもなく、夜も眠ることもなかった。

 

 陽の光を浴びることを拒むようになり、日中は神殿の薄暗い室内から一歩も外出することがなくなった。

 その頃から満月の夜になると、生血を抜かれた死体が街の中で発見されるようになった。


 そのような奇怪な殺人は人々を震撼させた。

 救いを求めるように、慈母神の大神殿に民が集まった。


 その後、街の人間が血を抜かれて死体が発見されることはなくなったのだが、それは街の人間が狩りに合うことがなくなったというだけの話であったのだ。


 ウィリアムたちのように旅人が宿を求めて、神殿を訪れては行方不明になっていた。

 

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