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第七話 『信頼』という言葉

 地下に続く階段はほかの場所と同じようにほこりを被っていた。

 古びた階段は一段降りるたびにギシギシときしむ音を響き渡らせた。

 

 階段を下り切ると一枚のドアがあったが、鍵がかかってるようで開かなかった。

 ピッキングができればよかったが、やはり壊すしかないか。

 

 俺は身体強化を加減して発動させると、鍵のあたりを蹴りつけた。

 ちょっと加減が足りなくてドアノブあたりに斬新で透明な模様ができてしまったが、ドアは無事に開いた。

 

 ドアの向こうは光がなく完全な暗闇になっていた。

 不気味だな、屋敷が古いだけに本当に幽霊とか出てきそうだ。

 こういう時は魔術の出番。どこでも光を確保できる便利スキル。


 魔術で足元を照らしながら暗い地下室を進む。

 それにしても暗いな、地下室だから当たり前だけど。

 何も出てくるなよー。あの名称し難い奴の件があるから気配がなくてもあまり安心できない。

 俺から見た限り、いきなり横から「わっ!」とかやってきてもおかしくないぐらいいい性格してるからな。

 もしそんなことがあったら、即座にぶっ飛ばす。頭を蹴られた借りもあるから、ちょっとぐらい痛い目にあってもらわないとな。

 

 木でできたテーブル、角に積み上げられた木箱、何の変哲もない壁、床や柱。そんなどこにでもありそうな地下室で、異質な空気を放つ存在があった。

 

 それは変わったの扉だ。

 扉自体は普通の扉だが、そこには複雑な魔法陣が描かれていた。

 ところどころかすれていて、場所によっては線が途切れてしまっている。

 どうやら魔力はここから漏れているようだ。

 

 「ここがゴールか」

 

 さあてどうやって入ろうか。

 見たことない魔術陣だが、たぶん結界とか侵入を拒むタイプのものだろう。

さっきみたいに強行突破もありだが、果たして扉を破壊できるか分からない。あの扉、木の癖に物凄い存在感を放ってるんだよね。

 もしかして謎解きで行けるとか?

 リアル謎解きゲーム、いいね、面白い響きだ。

 とりあえずこのドアから調べるか。最初のヒントとか隠しボタンとかそんなのがあるかもしれないからな。

 そう思って俺はドアに触れてみた。


 カチャ


 「カチャ?」

 

 カチャ?あのカチャ?ロックが外れた時の?

あっれー、おっかしいなー、今なんか変な音がしたけど気のせいかなー?気のせいだよねー、触っただけで開くなんてそんな………開いた。


 「……何なんだこれ……」

 

 本当に何なんだよこれ!

 いや、簡単に開いてくれるのは楽でいいよ。でも触ったら開くって何なの?鍵が開く要素なんてあった?なかったよね!それともそういう仕様なの?

 前言撤回、まともに構えた俺がバカだった。


 ん?

 ちょっと待て、これは……人の気配?

 

 さっきまではなかった人の気配があった。

 しかも場所は魔術陣の書かれた扉の奥。

 長い間放置された屋敷の固く(たぶん)閉ざされた扉の奥に人の気配。

 人間だったらまずまず死んでいる。だったら他種族?

 ますますわからなくなて来た。

 

 「とにかく進むか。せっかくここまで来たんだ、確かめずには帰れない」

 

 ていうか確かめたい、多少危なくても確かめたい。この中に何がいるのかすごく気になる。

 バードの話がなくてもこれはすごく気になる。

 こん状況で引き返すなんて選択肢はない。

 

 もしかしたら危ないものがあるかもしれないから、念のためいつでも魔術を使えるように準備してドアをくぐった。

 


  

 次の部屋は相変わらず暗闇に満たされていた。

 だが違いがないわけではない。

 地面には部屋全体を程の覆う大きな魔術陣が書かれている。

 

 そんな暗い部屋の中に小さな明かりがあった。

 ちょっと吹けば消えてしまうような弱弱しい光だ。

 気配もそのあたりからしている。

 

 俺はその光に向かった。

 注意しながら少しずつ、慎重に進んでいく。

 足音を立てないように、静かに、相手を刺激しないように、気配を殺して目標に……え?何をやっているかって?すいません、一度こういうのやってみたかっただけです。


 そうやって、ふざけ気味に進んでいくと、突然声がした。


 「誰?」

 

 光を当ててみると、そこには女の子がいた。

 白い髪をはやした、幼い女の子だ。年齢的には俺と同じぐらいかな。

 一目見た印象では、口数が少ない静かな子。

 

 なんでこんなところにいるんだろう。

 迷子?いくら何でもそれはあり得ない。

 あと、こういう状況でいきなり声をかけるのはやめていただけますか。ちょっとびくってしてしまったではありませんか。

 とりあえず質問に答えてみよう。何か返事がるだろう。


 「えっと、僕はユライネ・エストラデンていうんだ。君は?」

 「………」


 頂きました無言の返事。

 謎の少女はずっと俺のことを見てる。何か返事がほしいのだが。

 

 「あのー」

 「近づかないで」


 ぐふ!じかに言われるとここまでとは。こういうことには耐性がついてはいるが、ノーダメージとはいかないらしい。

 でも、何か違うな。ただ単に嫌いだから、気持ち悪いからとかそんなんじゃない。

 よく見るとその子の視線は、軽蔑とか気持ち悪がるとかそんなんじゃない。

 

 なるほど。

 この子は警戒してるんだ。それも極度に。

 今この子から俺は敵に見えていると思う。だからここまで警戒している。

 どんな経験をしたかはわからないが、いいものではないだろう。

 この子の視線からは警戒だけでなく、まるで人を憎んでいるような感情が込められているような気がする。

 だが、よく見てみると少し震えている。

 その震えを隠して、睨み付けている。

 

 この子を見ていると、まるで昔の自分を見ているような気がする。

 俺もそうだった、他人を敵視して、自分を切り離した。

 でも解決にはならなかった、ただの延命にしかならなかった。

 もうどこが痛いのか、何がつらいのかすらわからなかった。

 「生きている」心地がしなかった。

 いっそ死んだほうが楽なんじゃないかと思った。

 

 だからだろうか、俺はこの子をほっとけない。

 善意なんて大層なものじゃない。

 同情かかどうかは知らないが、助けてやりたいと、そう思ってしまう。

 

 ならどうするか?

 ただ単に味方だと言ったて何の意味はない。むしろ悪化させかねない。

 赤の他人がそんなことを言ったて信じるわけがない。

 

 だったら疑わせる。敵ではなく、敵なのだろうか、そう疑わせる。

 俺にはこれしかできない。

 多彩な話術も、人を安心させる笑顔もない。

 それに、この子がそれで説得されるとは思えない。

 

 俺はおもむろにナイフを取り出した。

 それを見ると少女の目つきがさらに鋭くなった。心なしか落胆しているようにも見える。

 これで殺すと思ったか?やっぱり敵だと思ったか?残念。

 

 俺は少女に近づき、の部分を彼女に向けた。

 

 「え?」

 「なんだよ、あげるって、早くとれ」


 最初は戸惑っていたが、俺がそう言うとナイフを手にした。

 

 「ちなみに俺はそれ以外持ってないからな」

 「なんで?」

 「何が?」

 「なんで武器を?」

 「さあて何でだろう?当ててごらん」

 

 何だろう、なぜか名称し難い奴のことを思い出す。

 

 「何が目的?」

 「さあ、何がいい?お前を助けに来たと答えたとして、お前は信じるか?」

 「……どうしてそう思うの?」

 「俺だったら信じないからだ」


 少女の視線が少し変わった。不審がろようなそんな視線だ。

 それでいい。疑え。

 

 「何者?」

 「さっきも言った通り名前はユライネ・エストラデン」

 「なんでここに」

 「名称し難い奴にそそのかされて」

 「ん?」

 「ちょっと気になったから来てみた」

 「それだけ?」

 「足りないか?」


 十分だろう。気になる、それなら確かめなきゃ。

 

 「それじゃあ今度はこっちが聞く。名前は?」

 「……わからない」

 「じゃあ、親の名前や居場所は?」

 「わからない」

 「ここにいる理由は?」

 「覚えてない」

 「何か覚えてることは?」

 「思い出せない」

 

 答えてくれるようになったのはいいが、独特な答えが返ってきた。

 これって記憶喪失?どうすんのこれ?

 記憶喪失の治し方なんて知らないぞ。


 「お前これからどうするつもりだ?当てはあるのか?」

 「……ない」

 「じゃあ俺のところに来るか?」

 「俺のところ?」

 「ああ、一応父親が騎士やってるからな」

 

 辺境でも騎士なんだから、一人ぐらい増えても大丈夫だろう。

 

 「どうして」

 「なんだ?」

 「どうして私にそんなにするの?」

 

 まあ、当然の疑問だろう。

 いきなり現れた赤の他人が、自分の家に来いなんて疑って当然だ。

 

 「まあ、同情かな」

 「同情?」

 「ああ、俺もそうだったからほっとけなかった、かな」

 「……」

 「まあ、お前が信じられないのは分かる。ただこれだけは覚えておいてくれ」

 「?」

 「俺は『敵』じゃない、それだけだ」

 

 そういって手を差し伸べてみる。

 さてどうだろうか。俺に言えるのはこれぐらいだ。

 

 少女はしばらくそのままだった。

 俺が見たところ、この子は頭がいい。いや、物事を論理的に考えられるといったほうがいいか。

 取り乱すのではなく、冷静に物事を分析することができる。これもこの子の経験によるものだろう。

 今も迷っているんだろう。果たしてこの誘いに乗っていいのだろうか。

 しばらくすると少女が口を開いた。

 

 「信頼…していいの?」

 「それを決めるのはお前だ。俺が『いい』っていたって何の意味もない」

 

 むしろそう言う奴は信頼できない。

 俺のモットーは「信ずる前に必ず疑え」だ。

 言う方も、それで簡単に信頼する方も俺には理解できない。

 

 「そう」


 小女はそれだけ言うと俺の手を取った。

 ふぅ、どうやら成功だ。

 それにしても、この子結構変わってるな。俺が言うのもなんだけど。


 「何か変なこと考えてる?」

 「いえ、何にも。それより名前はどうする」

 「名前?」

 「ないと不便だろ」

 「あなたが決めて」

 「すいませんよく聞こえませんでした。も一度言っていただけますか?」

 「あなたが決めて」


 なんでだよ!

 言っておくが俺はネーミングセンスがまるでないんだぞ!


 「自分の名前だぞなんで俺に決めさせるんだ?」

 「私は構わない」

 「俺は構うの」


 全く、なんて難問を俺に押し付けるんだ。

 名前か。俺は犬の名前も付けたことがないのに、女の子に名前を付けろと?無茶だろう。

 えっと何にするかな?それっぽくてい名前、それっぽい名前。


 「じゃあハクア」

 「なんで?」

 「白いから」

 「そう」

 「ダメか?」

 「これでいい」


 よかった御気に召されて。

 これ以外と言われてももうないぞ。ネーミングセンスがない俺にとってはこれが精いっぱいだ。


 「それじゃあ、帰るかたぶんもう遅いし」

 「ユウの家」

 「ああ。あとその呼び方は?」

 「言いやすいから、ダメ?」

 「いや、構わない」

 

 そんなことを言いながら俺たちは出口に向かって歩いていった。

 

 


 外に出たころ、日は沈みかけていて辺りは薄暗くなっていた。

 そんな中を、俺はハクアを背負いながら森の上を走っていた。足元に障壁を作って、それを足場にしながら進んでいく。

 夜の森は何が起きるか分からないからな。

 本来なら魔力を心配するところだが、俺は毎日魔力を使いまくっているため相当の量になっている。

 属性魔法じゃない限りほとんど心配しなくていい。一度属性外だけでどれぐらい使えるか試してみたが、魔力が切れるより先に俺が折れた。

 

 「うわあ、もうこんな時間。このままだと叱られちゃうな」

 

 俺がそう言うと、ハクアが肩越しに聞いてきた。

 

 「叱られるのは苦手?」

 「親しい人ならな」


 赤の他人がいくら怒鳴ろうがどうとも思わないが、親しい人から言われるのはどうも苦手だ。

 

 それからしばらく会話が途切れてしまった。

 俺は黙々と走り続け、ハクアは辺りの風景を興味深そうに見ていた。

 表情こそほとんど変わらないが、ハクアは子供のような目をしていた。

 どうやらこの子は俺と同じように好奇心旺盛なようだ。


 大体半分ぐらい走ったころ、ハクアが俺に疑問を投げかけた。


 「ねえ、私のことどう説明するつもり?今日あったことそのままいうの?」

 「いや、山で遭難したことにするつもりだ」

 「なんで?」

 「一から説明するといろいろとめんどくさいことになるからだ」

 

 全部説明すると、バードとか、どうやって開けたとか、ハクアの正体とかいろいろと大げさなことになる。

 俺の予想では、ハクアもあの屋敷も何かある。

 何かは分からないが、最悪の場合それが危険なことだったりするかもしれない。

 杞憂かもしれないが、確証が取れるまで秘密にしておきたい。

 

 「なんでそこまでするの?」

 「さっきも言った通り、ほっとけなかった」

 「それだけ?」

 「まあ、ほかにもあるけどな」

 「?」


 別に隠しておくこてでもないし、言ってもいいか。


 「誰にも言うなよ」

 「言わない」

 「じゃあ言うけど、似た者同士なら信じあえるんじゃないか、そう思ったんだよ」

 「似た者同士」

 「ああ、同じように人を簡単に信頼できない人同士なら分かり合えるんじゃないか、信頼しあるんじゃないか、ってな」

 

 結局はバードの言った通りだ、分かり合いたい、それが一番の理由だったわけだ。


 「じゃあ、私たち信頼しあえるの?」

 「さあ、それはこれからしだいだろ。信頼は簡単にできるものじゃないからな」

 「そう……だね」

 「でも、もしそうなったらいいよな」

 「もしそうなったら、教えてくれる?」

 「今度は何をだよ」

 「ユウの秘密とか」

 「……まあ、もしそうなったら少しぐらいな」

 「うん」


 そういう彼女は刃をしまったナイフを手にしながら、小さな笑顔を浮かべていた。

 

 

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