第六話 不可解な屋敷
「森の中ってこんなもんなんだな」
それが森に入って最初に思ったことだ。
前世では子供の時何度か山に登ったことはあるが、それとはまるで感じが違う。
まあ、ある程度整備された山道と自然そのままの森が違うなんて当たり前だけど。
最初は一直線に進んでいたけど、さっきちょどいい獣道があたからそこを進ませてもらってる。
獣道ではあるけど、道があるのとないのとでは歩きやすさがまるで違う。
しばらく歩いてもつく気配がしない。魔力の発信源はさすがに近くにはないらしい。
こうなったら身体強化で一気に突き進むか?
そんなことを考えていると一匹の狼っぽい生き物が現れた。
何だろう見たことないな、異世界種かな、ってちょっと待って、なんか縮尺がおかしいような気がする。
気がするんじゃなくておかしい、大きさおかしい、狼の大きさじゃないよこれ。
狼(仮)はある程度近づくと、あからさまな威嚇をしてきた。
いやあ、怖いですね。狼ににらまれてるレベルじゃないぞ。だって「ガルルル」じゃなくて「GYArururu」とか言ってるもし、穏やかさのかけらもないよ。狼はもとから穏やかじゃないけど。
口から涎垂れてるし。完全に俺のことを食おうとしてるよ。やめてお世辞でもおいしくないよ。
俺のそんな思いなんてつゆ知らず、狼(仮)は相変わらず俺をターゲットにしている。
どうやら魔物に出会ってしまったらしい。
ユウは魔物に遭遇した。逃げるって選択肢は?ない?ですよねー。
「やるしかないか」
ナイフを取り出し魔術の準備をして臨戦態勢をとる。
ただ、体がまともに動いてくれるかな。俺は体を鍛えるとかしてないから体力は常人ぐらいしかないんだよね。
魔術は属性外ぐらいしかまともに使えない。そして攻撃魔術はほとんど属性魔術だから、必然的に俺は接近戦をしなきゃならなくなる。
身体強化はあるけど大丈夫かな。こんなことになるんだったらハイルの素振りにでも付き合うんだった。
日頃の積み重ねって大事なんですね。
俺がやる気を出したところで、狼(仮)が真正面から突っ込んできた。
明らかに獲物だと思われてる。
「いきなりか!」
反射的に障壁を展開した。どれぐらいの強度がちょうどいいか分からないから全力で発動した。
狼(仮)はそんなことを気にせずに突っ込んできた。
うっわ、すっげー迫力。障壁大丈夫だよな。
狼(仮)は勢いを殺さないまま障壁に突っ込んで……生物が固いものに当たった時のような音を響かれながら障壁に激突して倒れこんだ。
「は?」
はて?何が起きたんだろうか?
倒れこんだ狼(仮)は起き上がる気配はない。気絶したの?
念のためナイフでつついてみる。
ツンツン。
反応がない、気絶してるみたいだ。
つまりこういうことか?
狼(仮)が突っ込んでくる→障壁にぶつかる→気絶する。
何だこれ。
突破するどころか逆に気絶するなんて何なんだよ。コントじゃないんだぞ。
「とりあえず、止めは刺しておいたほうがいいよな」
いきなり起きられても困るからな。狙いは頭でいいかな。
念のため身体強化を発動してナイフを突き立てた。
「わあ、ゲームとは違っていいもんじゃないな」
刺した瞬間手に変な感触が伝わってきた。ナイフを抜いてみると赤い血がべっとりついていた。
ゲームじゃあ魔物を倒すと達成感があるが、これはお世辞でもいい感じとは言えない。
もちろん今までゲーム気分で生きたわけではないし、この世界が日本みたいに安全なんて思ってもいないが、それでもこの世界が残酷だと実感させられた。
そういう意味では森に入って正解だったかも入れない。
これから先魔物とも多く戦うと思う。人とも戦うこともあるだろうし、殺すこともあるだろう。
人殺しに全く抵抗がないと言えばうそになるが、必要ならば、障害となるなら、敵ならば躊躇なく殺すつもりだ。
だがそれは『つもり』だ、実際に人殺しができるかどうかは分からない。
俺は人を殺そうと思ったことはあるが、殺したことがない。
だから殺しがどいう感覚かは知らないから戸惑うかもしれない。
そして何より俺は『まともに』殺し合いができるかが問題だ。
無抵抗な相手を殺すだけなら、殺す手段があれば殺せる。
だが相手も殺そうとしてきたとき、俺はまともに動けるだろうか。
さっき狼(仮)が突進してきたとき、俺は恐怖を感じた。
殺されるかもしれない、そんな本能的恐怖だ。
そのせい少し足がすくんだ。
戦闘中だったらそれが死を招くこともあるだろう。
魔物だったらどうにかなると思う。
多少知能がある個体もいるだろうが、まだ対応できる範囲だろう。
だが人間はもっと怖い、知性があるだけにより狡猾なわなを仕掛けてくるし、剣術ができる相手とまともに切りあいができるとは思えない。
だから森に入ってよかったと思う。
そしてこれからも森に入ろうと思う。
殺しになれることもそうだが、相手が攻撃してきたあるいは殺そうとしてきたとき、どのように対処すべきか冷静に考えるようにして、体がそれを実行できるように慣らすため。
そして何より自分なりの戦い方を模索するため。
俺は真正面からやりあうのは好きではない。ゲームでも人の裏をかいて攻撃したり、物陰を利用して後ろに回って攻撃したりしていた。
そしてここは現実だ、ゲームじゃない。だから決まったマップも、絶対的なルールもない。
だからどんな卑怯なこともできる。
俺は卑怯が悪いとはいないし、俺もそうするつもりだ。
あらゆる手段を用いて目標を達成する、相手を倒す、相手を殺す、生き延びる。
それを実践でも使えるようにして戦い方を身に着ける。
何がやることがないだよ、山積みじゃねーか。
「ここにても仕方ないし、先に進むか。どこまで奥にあるか分からないし、帰りのことも考えると無駄にできる時間はない」
それにしても属性魔法が使える人がうらやましいよ。
まあいい、そんなこと言っても意味はない。
それよりどうするかか大事だ。
気を取り直して、俺は遺跡があるだろう方向に向かった。
初めての魔物を倒した後も、何度か魔物に遭遇した。
ここらが彼らの縄張りかは知らないが、どれも狼(仮)のような姿をしていた。
ただ、最初とは違い二匹とかで出てきた。
一匹であれば注意していれば攻撃を食らうことはない。
だが一匹増えただけで難易度はたちまち上がる。
一匹に注意を向けているともう一匹にスキを突かれる。
かと言って注意が散漫になればそれ自体がスキになりかねない。
このとき、俺の魔力探知が非常に役に立った。
どうやら魔物も常時魔力を放出しているようで、人間のそれとは違った感覚だが感知するがことができた。
敵の位置がある程度分かるから、不意を突かれることもなかった。
今では挟み撃ちにされても殲滅させることができる。
なんやかんやで歩き続けていると、やっと終わりが見えた。
魔力が発せられているだろう方向に向かって歩いていると、少し開けた場所に出た。
そこには木も何も生えていなく空き地になっていた。だがただの空き地ではない
「結界?なんでこんなところに」
そこには空き地を覆うほどの結界が張ってあった。
何なんだろう?
試しに触ってみると……腕が消えた。
「うわああああ!あれ?ついてる」
急いで腕を引き戻してみたら何事もなかったように腕がついていた。
普通に動くし、痛みもない。消えただろう場所を見てみても傷も何もない。
いったい何だったのだろう?
もう一度触れてみると、結界に触れた部分が消えて、引き戻すともとに戻る。
なるほど、認識阻害か。
結界にはいくつかの種類があって、認識阻害もその一つだ。
効果は今のように結界の内側のものを見えなくしたりできる。
でもなんでこんなところにあるんだろう?
ここは街から結構離れているし森の中だから人は来ないはずだ。
魔物討伐の人ならばあり得るが、そんな人たちが認識阻害の結界を使えるとは思えない。
結界魔術は難易度が高く、その中でも認識阻害は一段と難しい。
そのうえ使う場面が少ないため、習得する人も少ない。
もちろんあたりに人の気配はないので、魔術陣の結界ということになる。
魔術陣の結界なら魔術自体が使いなくても、紙に書いた魔術陣さえあれば発動できる。
でもただ書けばいいのは簡単な魔術だけで、難しくなるとその魔術を知り尽くした魔術師が書かなければならない。しかも難易度が高い魔術は魔法陣が複雑で、丁寧に書かないと発動しないため、どうしても出回る量が少なく、そこら辺の魔物討伐の人には手が出せない価格になっている、らしい。
そんなものを使うってことは、よほど人に見られたくないものがあるのかな?
とにかく一度入ってみるか。魔力はここから出てるからどのみち確かめる必要だある。
何より中身が気になる。こうも必死に隠されると気にならないわけがない。
危なくなったらすぐに逃げる、そんな自分でも決意をもとに俺は結界に入った。
中に入ると目の前の景色ががらりと変わった。
何も生えていないはずの地面には草や花が生えていて、奥には洋風の屋敷が建っていた。
外からは見ることもできない結界は、内側からは靄がかかったようにはっきりと外との境界がわかるようになっていた。
玄関には鍵がかかってなく、簡単に入り込めた。
屋敷は結構年季が入っているのに、立てたばかりのように頑丈だった。
とても遺跡には見えないが、床にたまったほこりから長い間放置されていたことがわかる。
魔力は地下室から来ているが、その前に屋敷の部屋を調べることにした。
バードの件もあるから、確実に人がいないことを確かめておきたい。
この屋敷はエストラデンより小さく、一階建てになっていた。
客間、厨房、寝室とよくある構成で、家具はとても年季が入っていた。
その中で、二つ変わった部屋があった。
一つ目は、正方形の小さな部屋で、壁、床、天井には、見たこともないような複雑な魔術陣が書かれていた。試しに魔力を送り込んだが何の反応もなかった。
もう一つの部屋は、中央に大きな机が置いてあり、それを取り囲むように本棚や、用具入れなどが置かれていた。
用具入れの中にはほこりしかなく、本棚には本が何冊かおいてあるだけ。その本も結構古いものばかりだ。
「魔物の生態、人間、亜人、精霊、魔人の各種族に関する本、完全に専門書だな」
そのほかにも魔術陣とか、常人が見たら頭が痛くなりそうな本がずらりと並んでいた。
まあ、もちろん回収するけどな。
気になるのもそうだが、最近は読むものがなくて本当に困ってる。
この辺りには本屋もなく、親にねだって取り寄せてもらってはいるけど量が少ない。
俺は面白い本だといっぺんに読んでしまうので、どうしても読み終わるのが速くなってしまう。
だからここの本は残らず回収させてもらう。
ふふふ、あとでじっくり読ませてもらおう。
好奇心の赴くままに見ていると、一冊の本が目に留まった。
なぜかその本だけ机の上に置かれていた。
なんでこんなところに置くんだろう?
全く、気になってしまうじゃないか。
ちょっとワクワクしながら俺は本を手に取った。
なになに、タイトルは……え?
そこに書かれたのは、俺が何年間も使ってきた文字ではなかった。
でも俺はこの文字を読める、知ってる。
なぜならそれは……
「日本語?」
もう読むことも。見ることもないだろうと思ってた馴染み深い文字だった。
なんでこんなものがここにあるんだ?
誰が書いた?誰が異世界の言語を知ってる?
勇者?それとも教えられた誰か?俺のような転生者?
そもそもここは何なんだ。
わからない。そもそもこんなことを考えても仕方がない。
情報が少なすぎるから推測もできない。
「とにかく、今は地下室を見よう」
誰もいないことは確認した、なら次は本丸だ。
ここで延々と考えても仕方がない、とりあえずできることをやろう。
日本語で書かれた本はもちろんのこと、本棚の本を集めて地下室に向かった。