勇者編 第二話 勇者の理由
私が最初に感じたのは固い感触だった。
ざらざらとした冷たい石の感触だった。
すぐに自分が地面に倒れ込んでいることが分かった。
体が妙に怠い。まるでさっきまで夢の中にいたみたいように意識がはっきりしないとする。
私いつの間に寝ちゃったんだろう?
あれ?でもなんで石の感触がするの?
少し目を開けてみると、私の感覚を肯定するように石の床が広がっていた。
なんで?ここ何処?
私さっきまで家にいたはずだよね。私の部屋にみんなが来て、それで……あ!確か部屋中に魔法陣みたいなものが出てきたんだっけ!
私ははじけるように起き上がった。
「なに……これ」
開けた私の視界に飛び込んだものに、思わず声をこぼた。
そこは広くて、壁や床には私の部屋に出てきたような幾何学的な模様がびっしり書かれていた。
床には大きさや高さが違う柱が、円を描くように均等に並んでいた。先端には淡い光を放つ水晶のようなものがついていた。
そこはまるで神話に出てくる神殿のようだ。
あ!みんなは!
私は慌ててみんなの姿を探した。
香澄たちの姿は、すぐに見つかった。私のすぐ近くで、床に倒れている。
気絶してるようだけど、見たところ外傷はない。
とりあえず起こした方がいい。そう思って香澄たちに声をかけようとした。
すると
「目が覚めましたか?」
振り返ると、妙な服装をした人たちがいた。
私に話しかけてきたのは豪華な服を着た四、五十ぐらいの男性。華やかなドレスを纏った私と同じぐらいの少女。そして一人だけ鎧を纏い、剣を腰に差した男性。
「あの、どこかお怪我されて……」
「そこで止まって」
「え?」
「お願い、それ以上近づかないで」
私の発言が予想外だったようで、三人とも戸惑っている。
でもこっちには近づかせたくない理由がある。
私には今何が起こっているのか何一つ分からない。
さっきまで自分の家にいたはずなのに、いつの間にか見たこともない場所にいる。
彼らは私たちがここにいることに驚いていないどころか、まるで当たり前のように振る舞っている。
たぶんこの人たちか、その仲間があの現象を引き起こし私たちを連れてきた。
この人たちは何者なのか。なぜ連れてこられたのか。ここはどこなのか。あの現象は何だったのか。善意で連れてきたのか、悪意で連れてきたのか。
こんな何も分からない状況で、犯人である可能性があるうえ武器を持ってる人には近づかれたくない。
私一人なら大胆に事情を聴きだすこともできるけど、今はみんながいる。みんなまで危険にさらすわけにはいかない。
三人は私の発言を聞いて、話し合いを始めた。
私のいきなりの拒絶をどうするか話し合ってるのかな?ここからではさすがに何を言っているのか聞き取れない。ただ彼らの話している言葉は、私が知っている言葉ではなかった。
少しすると鎧を着た人が前に出てきた。
「やあ、少しいいかな?」
「何の用?」
「えっと、とりあえず君の名前を聞かせてもらえるかな?そんなつんけんしないでさ」
「人に名前を聞く場合、自分から名乗るものじゃないの?」
「それもそうだな。俺の名前は、アドルフ・グレイブ。騎士団長をやらせてもらってる」
「騎士団?」
「ちなみに、そこにいるのは国王やってるアルベルト・ヴェルサ・ミストレで、横のは国王の娘のソフィアだ。まあ、こんなこといきなり言われてもても、異世界から来たあんたらには分からないだろうから……」
「ストップ、今異世界って言った?」
「ああ、それがどうした?」
国王、王女、騎士団長、異世界に魔法陣、そして神殿で目覚める。あっれ~、おっかし~な~、どこかで見たことあるパターンですね~。
「あの、ちょっといいですか?」
「ん?なんだ?」
「なんで私たちこんなところにいるんですか?」
私がそう聞くと、男はこう答えた。
「あんたらは召喚されたんだよ。勇者としてな」
男が言ったことは、私の推測を全力で肯定していた。
こういうことってあるんですね。
みんなが起きると、事情を一通り事情を説明してもらった。
彼らが言うにはこの世界は魔術が存在する異世界で、私たちは勇者として召喚された。
こんな話普通は信じたりはしないんだけど、目の前で本物の魔術を使われたらいやでも信じるしかない。
何もないところから火の玉が出てくるなんて、どんな仕組みしてるんだろう。
そして今、私たちは馬車で王城に向かってる。
香澄と秋人はなんとか落ち着いているけど、姫愛はまだあたふたしている。
まあ、姫愛はいつもこんな感じだから仕方ないかな。
功志は物凄くうれしそうにしている。
私は……よくわからない。
こういうのが嫌いというわけじゃない。どちらかというと好きな方だ。
こういう小説を読んだ時も、こんな世界があったらおもしろそうだな、と考えたりする。
ただ、今は何かが違う。
楽しそうだとは思うけど、いつもと何かが違う。
なんでだろう、素直に喜んでいいはずなのに。
自分のことなのに、自分が一番分かってない。
窓の外では緑の平野に木々という、現代ではほとんど目にすることはない風景が広がっていた。
「さっきは言わなかったが、国王をついで呼ばわりした挙句、透明人間扱いするとはいい度胸だなアドルフ」
「そうですよ。さすがに扱いがひどいんじゃないですか?」
「悪い悪い、なかなか話が終わらなくって」
「国王相手に敬語も使わないとは、相変わらず大胆というかなんというか」
「別にいいだろ口うるさい奴らはいないんだし、俺とお前の仲だろ」
「はあ、お前は変わらないな」
アドルフはあきらめたようにため息をついた。
結構仲がよさそうだけど、幼馴染なのかな。
なんか、悠がいたころを思い出す。
アドルフさんは別に嫌がってないけど、悠はどう思ってたのかな。
「どうしたハルカ、浮かない顔をしているようだが」
「大丈夫、何でもない。それより一つ聞いていい?」
「なんだ、何でも聞いていいぞ」
「じゃあ、この世界には……死者を蘇らせる方法ってある」
香澄たちも、アルベルトさんたちもみんな驚いた顔をした。
「今、死者を蘇らせると聞こえたが、聞き間違いではないのか」
「あってるよそれで」
この世界には魔術がある。私たちの世界では不可能なことも、この世界では可能になる。
死者を蘇らせる、そんなことも魔術でならどうにかなるかもしれない。
アルベルトさんは視線を鋭くして、私に問いかけた。
「ハルカには、蘇らせたい人がいるのか?」
「うん、幼馴染」
「なぜ、蘇らせたいんだ」
「彼は私にとって大切な人、私のせいで死んじゃったの。それに……どうしても聞きたいことがあるの」
「そうか」
それを聞いたアルベルトさんは、今度はとても言いずらそうにしていた。
「アルベルトさん?」
「すまない、この世界にそんな魔術はない」
「そう…なの?」
「ああ、昔死者の復活を試みた人がいたそうだが、どれも失敗している」
そうなんだ。ないんだ。
「春花?」
「大丈夫だよ、香澄ちゃん。最初っからダメもとで聞いたんだから」
私だってわかってた。
悠は死んだ。もういないんだって自分でもわかってる。
でも、思ってしまう。
この世界なら何か方法があるんじゃないか。
魔術ならどうにかできるんじゃないかと、引きずってしまう。
だから聞いた。
聞いて終わらせたかった。
もうどうしょうもないんだって。
終わったんだって。
自分に分からせてやりたかった。
でも、終わってはくれなかった。
アルベルトさんは戸惑いながら口を開いた。
「ただ、アミルナ様なら何か知っているかもしれない」
「アミルナ?誰それ?」
「この世界には四つの種族にそれぞれ創造神がいることは話したよな」
「うん」
「その創造神たちを生み出したのが原初の神、アミルナとされている」
「そのアミルナさんなら何か知ってるの?」
「あるいはな」
「その神様にはどうやって合えばいいか知ってる?」
「分からない」
精霊族なら何か手がかりを持ってるかもしれない、とも言った。
随分と漠然とした手がかりですね。
そんなの聞かされたら確かめたくなるよ。
たとえ漠然としてても手がかりがあると知ってしまったら、諦められないよ。
「すまない、力になれなくて」
「謝らなくていいよ、アルベルトさんは悪くないよ」
わるいのは私だよ。頑固で、身勝手な私が悪いんだよ。
窓から見える風景はほとんど変わりなく、何度も見たような景色を映し出している。
しばらくするとそんな窓にも違ったものが映り始めた。
「さあ、見えてきたぞ。あれが王都エルビスだ」
アルベルトさんの言葉に、みんな窓の外に視線を移した。
私だけは窓の外に身を乗り出した。
香澄たちは、危ないよ!と言っていたけど、ごめんね、ちょっと気分転換したいの。
窓から身を乗り出してみる景色は、馬車の中から見る風景とは違った感じがした。
吹き付ける風も気分を晴らすにはちょうど良かった。
開けた私の視界には、遠くからでも分かる壮観なお城が映り込んだ。
あそこではどんなことが起こるのかな。
分からない。
でも今は手がかりがある。
漠然としてるけど、れっきとした目印がある。
だから、少しぐらいは前を向けるかもしれない。
前よりはずっと前を向けるかもしれない。
『生きている』と思えるかもしれない、感じられるかもしれない。
何となくそう思えた。