第九話 辺境の騎士
俺の名前はハイル・エストラデン。
生まれはのちょっとした貴族だ。
今の職業は騎士で、辺境の町の領主をやっている。
騎士になったのは親に言われたからではない。それどころか親からは家を継げと言われてた。
だが俺はそれが嫌だった。
ただ単に、家を継いで生きていくのがいやだった。
エストラデン家のハイルではなく、ハイル・エストラデンとして生きていきたかった。
自分の力で勝ち取ったもの、自分の手で掴んだもの、自分を象徴する何かがほしかった。
そんな俺が選んだのは騎士だった。
理由はちょっとしたあこがれだ。
騎士団というのは上級騎士と下級騎士の二つに分けられる。
上級騎士は領地を任されるほど実力を持ち、政治的影響力も持っている。下級騎士は上級に及ばないまでも騎士と呼んでも遜色がない実力を持っていて、王国有数の貴族ならともならともかく貴族にとっても軽視できない。
騎士団に入ろうとする人のほとんどはエルビス魔術学院に通う。例外はもちろんあるが数えるぐらいしかない。
だが卒業すれば誰しも入団できるというわけではない。
騎士というのは下級でも、希望者はたくさんいる。
その上に人数上限が少ないため、成績や実力試験で人数を減らしていく。
人数が減って入団が決まっても油断はできない。
ここからさらにふるいにかけられる。コネや賄賂で入ろうとした実力のない奴はたいていここで落ちる。
そのため実際に騎士になれるのは希望者の中のほんの一部だ。
俺が騎士団に入るのは大変だった。
武術の才能はないし、魔術も天才というほどではない。
ただ、頭の切れはよかったからそれでなんとか補ったりした。
剣術や魔術も身に着けて、使いこなせるように頑張った。
人の戦い方を見て、それを参考にして自分なり戦い方を模索して身に着けていった。
躓いたりしたが、その都度努力した。
努力が報われたかどうかは知らないが、俺は無事下級騎士になれた。
騎士になった後も俺は強くなろうとした。
そうやって強くなろうと自分なりに努力していると、いつしか俺は団長の目にもとまるぐらい強くなった。
そして月日は立ち、ついに俺は上級騎士にまで上り詰めた。
すごくうれしかった。
自分の力で勝ち取った成果。
エストラデン家のハイルではなく、ハイル・エストラデンとして手に入れた成果。
自分の手で手に入れた、自分の成果。
だが領地が決まろうとした時思わぬことが起きた。
いや、ある意味予想できたものかもしれない。
俺が上級騎士になったばかりのころ、ある上級騎士が俺にしつこく話しかけてきた。
名前は忘れた(思い出したくない)。
彼は国でも有数の貴族の生まれで、騎士団内で自分の派閥を作っていた。目的は言わずともわかる通り騎士団長の座だ。彼が俺に話しかけてきたのは、勧誘するのが目的だった。
俺はそういうのに入るつもりはなかったから断った。
だがこの決断がこれからの俺の人生を大きく変えた。
断らなかったら、今のように辺境に飛ばされることもなかっただろう。
俺はあいつらにはめられ、結果的にお偉方さんの怒りを買って飛ばされてしまった。
俺があいつらにはめられた理由は、騎士団長と親しい関係にあったからだろう。
初めて騎士団長、アドルフ・グレイブに初めて会ったのはまだ下級騎士のころだった。
騎士団というものは国からはもちろんのこと、貴族からの依頼をこなすのが主な役目だ。
依頼の内容は要人警護、厄介な魔物の駆除などの、自分たちの手に負えない厄介ごとの解決だ。
こういうものは主に下級騎士が担当している。というより下級騎士はそれが仕事だ。
上級騎士は領地の管理があるため、下級騎士にはこなせない依頼や本人指名の依頼がない限りほとんど受けなくなる。
実は冒険者ギルドというものがあるのだが、こちらも依頼が来てそこに登録している冒険者が依頼を遂行する。依頼を遂行する点では両者にさして変わりはない。
だが冒険者ギルドは主に一般庶民が行う。ギルドに登録している人も庶民がほとんどで、登録に騎士団みたいな厳しい審査もない。実力も弱い魔物を倒せれば誰でもよい。
そのため依頼は植物採取のようなお手伝いから魔物の討伐依頼までいろんなものがりる。依頼の難度も初心者が問題なく遂行できるものから、熟練者でないと遂行できなかったり命を落とすようなものがある。
それに比べて騎士団に来る依頼は全体的にレベルが高い。一番簡単なものでも初心者が白目をむきそうなものだらけだ。
簡単に言ってしまえば冒険者ギルドは庶民向けで、騎士団は国や貴族が依頼主だ。
俺がアドルフに会ったのはそんな依頼をこなした後だった。
依頼の内容はこの辺りに出没する危険な魔物の退治だ。
最初は街道に出る魔物というだけで、被害も通る人を悩ませる程度だったため冒険者ギルドに依頼が行っていた。だがその依頼に行った冒険者が何人も帰って来なくなった。おまけに街道を通る人が次々と襲われた。なんとか逃げ延びた者もいれば、現場に血だまりを残して消息を絶つ人もいた。その中には護衛を連れた商人もいたそうだ。
そのためこの街道を通る人は激減したた。余裕のある商人や手紙や小包を運ぶ運送屋は多くの護衛を雇って万全の態勢で危険な街道を通ったが、それでも痛手を被ることも多々あった。
事態の深刻さが判明すると、この町を収める貴族は騎士団に依頼を出した。
こんなことになるなら最初っから騎士団に頼めと思う人もいると思うが、あながちそうとも言えない。
騎士団は冒険者ギルドみたいに人数が多くないから依頼をすれば必ず受けてもらえるとは限らないし、すぐに騎士が来るわけでもない。それに騎士団は冒険者ギルドに比べて費用が高い。
そのため自分たちの手で解決できるものは自分たちで解決する。
運よく腕の立つ冒険者がいればいいが、いなければ騎士団か騎士団並みの実力を持つ知人に頼むしかない。ま、ここの貴族にそんな人はいなかったらしい。
俺は騎士団に来た討伐依頼を受けてこの町にやって来た。
ただ今回は一人というわけではない。俺と同じ下級騎士と一緒に依頼を受けた。
騎士といえどもれっきとした人間だ。切られれば死ぬし、不意打ちされることもある、数の暴力に負けることだってある。強いが決して超人ではない。
今回の依頼は街道を荒らしている危険な魔物がいる、という情報しかない。
どんな魔物か、どこをに根城にしているか、一体かそれとも複数か。この魔物の実態は驚くぐらいわかっていなかった。
そのため今回は三人組で依頼を遂行することになった。
彼女の名前はケルスティン・セトレーム。俺とは違い平民出身だ。
俺と彼女は魔術学院からの同期で、騎士団にも一緒に入団した。
もう一人はフィース・セルバンテスという名前だ。生まれは俺と同じで、貴族の家に生まれた。彼の家は名だたる貴族の一つで、権力もこの中で一番強い。
街道に出る魔物の正体はワーウルフという魔物だ。
標準的な大きさは人の二倍ぐらいある人に似た姿をした狼の魔物だ。
なのにこの魔物は気配を消すのが非常にうまく、森の中に潜んで獲物に奇襲をかけるのが得意だ。しかも腕力が強く、素早いためとても厄介な魔物だ。
この魔物はほとんど一体で行動することが多い。一体いれば何体もいるような群れではないが、その分発見するのが難しい。
そのためこの魔物を討伐するのには苦労した。奇襲してきたかと思えばまた何処かに行ってしまう。普通に戦ってもそこらの魔物の相手をするのとはわけが違う。
致命傷は追わなかったが、それでも結構な傷だった。
どうやらこの魔物は特別強い方で、本来はここまで厄介ではない。
そもそもこの魔物がこの辺りに出没すること自体が稀だ。
依頼を終わらせると、二人は依頼主に報告を済ませるとすぐに帰ってしまった。
二人ともこの後次の依頼があって、ここからは距離が離れているためすぐに向かわないといけないらしい。
俺はというと、急ぎの依頼がないからちょっと町を見て回ってから王都に戻ることにした。
そんなこんなで俺は町の今武具屋で武器を見ている。
魔物と戦うだけあって、武器にはこだわるに越したことはない。
武具屋というのは職人が作った武器や防具を取り寄せて売るため、結構な掘り出し物が見つかるかもしれない。
「これは……すごいな…」
俺が今手に取っている武器もその一つだ。
シンプルな剣だが、切れ味が物凄く、軽量な上頑丈な剣だ。
剣にはアウロス・クロフと刻まれている。
騎士や冒険者に限らずとも武器を扱う人なら一度は聞いたことがある武器職人の名前だ。
その腕前はアルサミス大陸で最高と言われ、アウロスが打ったというがけで高値が付く。数はあまり多くないが、どれも素晴らしできだと言われている。
ただ、ここまで有名だけど、アウロスの素顔を知る人はほとんどいない。
「ほう、分かるのか?」
と、後ろから声をかけられた。
振り返ると、質素な服を着た男が立っていた。
大男という印象は受けないが、服の上からも分かる鍛え抜かれた体つきだ。顔には傷跡があり、これまでいろんな人を相手にしてきた俺の勘が、まぎれもない強者だと告げていた。
熟練の冒険者だろう。実際に騎士より強い冒険者はいる。人によっては上級騎士に迫ることもある。
「あんたもか?」
「ああ、これでも剣とは長い付き合いだからな。で、それ買うつもりなのか?」
「譲ってほしいのか?」
「まあそうだが、見つけたもん勝ちだろ。無理に譲れとは言わないさ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
へー、結構いい人だな。
俺は店主を呼ぶと速やかに支払いを済ませた。
「それにしても騎士様がこんな平凡な店に来るとはな」
「平凡な店だからと言っていい武器がないとは限らない、たまにはこんな掘り出し物が出てくる」
また変わったことを言う騎士だな、と言って男は小さく笑った。
騎士相手専門の商人から取り寄せるか、職人に作らせるのがのが騎士の普通なら、確かに変わってるかもな。
「ところであんたは?」
「ああ、悪い。最初に名乗っておくべきだったな。俺はアドルフ・グレイブだ」
「俺はハイル・エストラデン、下級騎士だ」
「へー、君みたいな人が騎士団にいるとはな」
いちゃいけないのか?変なことを言う奴だな。
ていうかアドルフ・グレイブって聞いたことがある名前だな。アドルフ・グレイブ…………あ。
「あの、グレイブさんの職業をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「職業?騎士団長だが?どうした変にかしこまって?」
どうしたじゃねー!なんでそんな大物がこんなところにいるんですか!?
気づかなかった俺も俺だけど、そもそもこんなところに騎士団長がいるなんて思わないだろ。
それよりも俺大丈夫なの?騎士団長にあんな軽口をたたいて大丈夫なの?
「どうした?冷や汗かいてるぞ」
「いや、えっと、その」
「その?」
「すいませんでしたー!」
俺の渾身の謝罪が店に響き渡った。
武具屋から少し離れた路地に『ボーラ』という質素な酒場がある。
今はまだ日は暮れてなく、客はほとんどいない。
その酒場で「はははは」と笑い声が響き渡った。
「お前そんなこと気にしてたのか?」
「そんなことって……」
「気にするなって、普通でいいんだよ普通で、俺が許す。それに騎士団俺たちのほかに関係者はいないだ、別に問題ねーだろ」
「いや、ですが」
「勘弁してくれよ。もっと気軽にアドルフとでも呼んでくれ。その方が気が楽だ」
「はあ、じゃあグレイブさんと」
「まあ団長殿よりはいいか」
騎士団長ってこんな人だったの?
これはあれか?これがこの人の素なのか?
騎士たちが持つ印象と全然違うぞ。
「それよりだn、グレイブさんはどうしてここに?しかもそんな服で」
「ちょっとした息抜きだ。書類とにらめっこしてるとストレスがどんどん溜まってくんだよ。たまにはこうして羽目を外さなきゃパンクしちまう」
「それで休暇がてらこっちに来たと?」
「休暇なんて大層なもんじゃないけどな」
「は?」
「今頃リンジの奴あたふたしてるだろうな」
あーはいはい、大体予想はつきましたよ。つまり仕事を抜け出してきたんですね。
納得しました。ぜーんぶ納得しました。
「あ、俺のことを聞かれても知らないと言っといてくれ」
「別にいいですけど…」
「その必要はありません」
と、グレイブの後ろから女性の声がした。
声のした方に視線を向けると、物凄い形相をした女性がいた。騎士団の紋章が服にあるから騎士団関係者だろう。
「げ、リンジ!なぜここが!」
「そろそろ逃げ出すころだと思ったので、尾行をつけさせてもらいました。ちなみにあなたを尾行しえたのはエルコレですから、気づかないのも無理ないですね」
「尾行って、お前!」
「仕事を放り出してお酒を飲んでるになにか言うことが?」
「いや、その……」
「言い訳はいりません。大体あなたは自分が騎士団長だという自覚が……」
リンジと呼ばれた女性に叱られてグレイブは縮こまってしまった。
構図的には完全に母親に叱られてる子供になってる。こうしてみると威厳も何もない。
縮こまった騎士団長を叱り終えると(ひとまず)、今度はの方を向いた。
え?、俺もしかして同罪?違いますよ!今日あったばかりですよ!俺は無罪ですよ!
「見た限り騎士のようですけど、どなたですか?」
「あ、下級騎士のハイル・エストラデンです」
「私は団長の秘書のリンジ・ディーニです。あなたはどうやらこの人に気に入られてしまったようですね」
「そうなんですか」
「でなければ自分から正体をばらしたりはしなかったでしょう。あなたさえ良ければまたこの人の話し相手になってもらえないでしょうか?」
「もちろんいいですが」
「この人に言った通りたまにわはめをを外すのもいいですが、この人の場合外しすぎるのが問題でして」
「大変そうですね」
頭痛の種なんです、と言って頭を押さえた。
確かに、仕事を放り出して遊びに行くなんてはめを外すなんてレベルじゃない。
新事実騎士団長の素は自由人。
「それじゃあ帰りますよ。仕事は山ほど残ってるんですから」
「あ、ちょっと待てって!」
「言い訳は帰ってから聞きますね」
「だからちょっと待て!襟首掴んで引きずるな!やめろー!」
そんな叫び声を残してグレイブとリンジは嵐のように去っていった。
後に取り残された俺は、酒場の客や店主と一緒にしばらく入り口を見つめていた。
それ以来グレイブは時々俺を訪ねるようになった。はたから見れば親しいそのものだっただろう。
だから、あいつらは俺を団長側の人だと思った。
邪魔になるだろうから、排除しやすい時に排除した。こちらにとってはとんだ迷惑だ。
そういやあいつらどうしてるかな。魔物にでも食われて死んでないかな。
だが別に後悔はしていない。
だって俺は辺境に飛ばされたからクレアに出会うことができた。
今では子供もでき、すくすくと育っている。
領地の村も今では小さな町のようになった。
俺をはめた奴らに感謝しないが、今は幸せな生活を送れている。