第89話 mission clear。そして……
「……あ~しんど」
喧騒が止んだアリーナに寝転がったまま、リムは嘆息した。
目の前には“mission clear”の文字。
とりあえず緊急ミッションのクリアーは成ったようだった。
「とはいえ、こんなしんどいバトルはもうゴメンだわ……」
ふたたび呟き、リムはしばし天井を見上げていた。
機体が完全破壊されながらも、ライダーによる敵機撃破の判定。
綱渡りどころか、蜘蛛の糸渡りである。
本来なら、負けてもイベントが進むようなバランスの戦闘。
これに勝ってしまったことが、この先の展開にどう関わってくるのか?
最大の懸念はそれだ。
考えられるのは、プレイヤーが有利になる展開。
もしくは。
「……難易度が上がる展開」
後者であった場合、なかなかに厳しい。
イベントをクリアーしたいリムとしては、できれば前者であってほしいと願わずにはいられないだろう。
なにしろ彼女は戦闘職ではなく、生産職なのだ。
「荒事は苦手なのだけれどね……」
ふたたび深く息を吐く。
と。
『おい、大丈夫か? あんた』
アームドメイルをまとったリムに影が射し、スピーカーから彼女を心配する男の声が聞こえた。
NPC機を操るプレイヤーだ。
もっともプレイヤーが操っているのだから、NPCではないのだが。
「ええ、大丈夫よ。えっと……? 誰?」
『はあ。ま、自己紹介する暇も無く共闘だから仕方ねーけどよ。その聞き方はどうなんだよ……』
リムの問いに、NPC機の男性プレイヤーは不満げに漏らした。
確かに。と、ひとつうなずいて、リムは口を開いた。
「ああご免なさいね? ちょっと疲れたものだから」
軽く頭を振ってから身を起こし、そのまま立ち上がった。
「あたしはリムディア。ジャンク山でメックショップ開いてるメックスミスのプレイヤーよ。あなたは?」
『おう。俺ぁダリル。見ての通りメックライダーだ。よろしくな!』
リムの自己紹介にダリルが返す。
そこで場内にアナウンスが流れた。
『公式コンペディションイベント模擬戦テストに参加中のプレイヤーの皆様にお知らせいたします。本日の模擬戦テストにおきまして、いくつかの試合会場にてアクシデントが発生しました。そのため、本日の模擬戦テストは現時刻をもって終了いたします。なお、本日分にエントリーされており、模擬戦テストを受けられなかった皆様には、後日模擬戦テストを受ける際に優先登録権が発生し……』
リムは放送の内容に軽く眉を跳ねさせ、フレンド通信を開いた。
数度のコールを経て開いたウインドウには、仏頂面があった。
「マリア?」
『……なに?』
不満そうなマリアに構わず、リムは言葉を続けた。
「そっちは無事?」
それを聞いてマリアは目を見開いた。
『もしかしてリムの方も?』
『あたしってより、F&Nの新型が狙われてね。介入したわ』
『ああ、そういう展開ね。こっちは普通に乱入されたわ。対戦相手と二人で当たったけどね』
マリアの言にうなずくが、こちらは素人みたいなプレイヤーが相方だったので、リムは少しだけ顔をしかめた。
「こっちも新型と一緒にあたったけどね。とりあえず、後で詳細を話し合いましょ」
『わかった。じゃあ忙しいから切るわよ』
「りょーかい」
返事を聞き終わらない内にフレンド通信を切ったマリアに、リムは苦笑した。彼女がなぜ急いでいたのか分かるからだ。
『話は終わったか?』
不意に聞こえたのはダリルの声だ。
「あら? まだなにか用?」
律儀に待っていたらしいダリルに、リムは首をかしげた。
ダリルはわずかに詰まるが、気を取り直したように続ける。
『……いや、この後いっしょに茶でもどうかと……』
「パス。やることあるしね」
ばっさり切り捨てて、リムはアームドメイルを除装しながら立ち上がった。
アームドメイルの被害も大きく、動くには支障が出そうだからだ。
『やること?』
そんなリムに、ダリルは首をかしげた。
自分との時間を蹴ってまでやることとはなんなのか? 彼には想像がつかない。
リムはパイロットスーツがわりのコンバットメイルのヘルメットも脱ぎ、髪をまとめていたゴムを取って頭を振った。
彼女の長い髪が広がる。
そして、ダリルの機体を見上げて笑った。
「謎機体のパーツ取りよ」
嬉しそうに宣言するメックスミス娘の姿に、ダリルは二の句を継げなかった。
こんな事件に一緒に巻き込まれたのだ。いろいろ話すこともあるはずだとダリルは考えていたのだ。
あわよくば親密な関係になれれば、という下心ももちろんあるわけだが、それより破壊された敵機体からパーツを取る方が重要だと宣言されたわけだ。
『……パ、パーツ取りって、そんなの時間の無駄だろ? ジャンク集めたって二束三文しかなんねーんだし。機体の修理費に金が必要なのは分かるけどよ……』
すこし不満げに言うダリル。
しかしリムは一顧だにしなかった。
「まあ、あなたじゃそうでしょうね。けど、わたしには宝の山なのよ? このジャンクの山は」
そう言って、リムは鼻唄混じりにザリガニとサンダーボルトゼクスの残骸に近付いていった。




