第86話 クレイフィッシュ・インパクト
人型の移動要塞がアリーナを疾走する。
リムのサンダーボルトゼクス。
その姿は、フル装備だけあって先の二試験の時のものより重厚だ。
胸前に備えたスペースドアーマーのフロントカウルや肩、脛などにさらに追加装甲を施し、背中から頭部を挟むように伸びるのは可変バレル式のカノン砲だ。これはビームバズーカと口径は同じもので弾も共通だ。
手持ちに比べれば取り回し辛さはあるが、その威力は変わらない。
惜しむらくはビームパイル弾の弾数が少ないことだろう。
リムは射撃が得意なわけではないため、必中を期した状況での切り札か。
右手には銃身下部にショートバレル化したビームバズーカを取り付けた防盾付きのハンドガトリングカノン。左手にはサンダーボルトゼクスの特徴のひとつである大型の方盾を構える。
そして腰には三つのグレネードを嵌め込んだ武装ラック。
バックパックは大型の機能型コンテナで、可変バレルカノン用の弾体を即座に変更できるようになっている。
レアリティの高い軽量合金などが使えないため、総重量が二倍近くに膨れ上がっているが、その攻撃力と防御力はレディメイド上位機に互するほどだ。
それだけのものがあっても、リムにはザリガニを確実に倒せる自信はなかった。
「やるだけやるわよっ!」
迷いを振り切るように、リムはサンダーボルトゼクスを横滑りさせて、NPC機を射線からはずしつつガトリングカノンを発砲しながら両肩の可変バレルカノンをぶっぱなした。
七本の銃身を束ねた黒鉄の凶器から、徹甲爆裂弾がザリガニに降り注いで弾かれ、遅れて二発の砲弾が着弾して炸裂する。
爆炎が赤い機体を覆い尽くすが、それは左右のラウンドスラスターによってすぐに吹き散らされ、その赤い偉容が健在を誇示する。
その横っ面へ、さらに弾丸の雨。
NPC機の攻撃だ。
反対方向へスライダー移動で滑りながらアサルトライフルを乱射、左肩のランチャーからも威力のあるSRミサイルを続けて撃ち放つ。
赤い装甲へ火箋が次々に突き刺さる。
が、それらはすべて甲高い金属音を牽いて弾かれていく。
そこへさらにミサイルが着弾。
リムも傍観するつもりもなくキャノンを斉射した。
アリーナが震え、ひときわ大きな爆炎がザリガニを包み込んだ。
『やったか?!』
「いちいちフラグ建てないでっ!?」
NPC機のあげた声にリムが怒鳴る。
それに応じたのは爆炎から天空へと突き抜けるように撃ち出された幾本もの火槍。
ザリガニの尾の方にあたるバックパックからの垂直射出式ミサイルだ。
それが空で水平に曲がり、サンダーボルトとNPC機へ向かう。
「んっ?! にぃっ!?」
意味の無い声を漏らしながらスラスターを点火しつつサイドスライド。
さらにデコイを射出する。
ザリガニの放った猟犬たちは目標よりも餌へと食いつかんと鼻先を転じ、獰猛に襲いかかった。
デコイへ噛みついた直後に炸裂し、仲間を道連れにする。
しかし、出遅れて餌にありつけなかった二匹の猟犬が、本来の獲物を思い出して身を翻す。
が、即座にサンダーボルトのフロントカウル両脇に内蔵されたCIWS《近接防御火器》によって撃ち落とされた。
「……ふう」
猟犬の脅威を払ったリムがひとつ息を吐く。
刹那。
モニター一杯に巨大なアギトが映った。
「!?」
息を飲んだリムの左手が、反射的に操縦桿を操作していた。
サンダーボルトの左手が、方盾を振り回してハサミを弾いた。そのまま狙いもつけずにキャノンを射とうとするが、ザリガニはそのまま左手の方へと素早く滑り去っていく。
ラウンドスラスターでのホバリング移動だ。
推力偏向噴射口であるザリガニのラウンドスラスターは、噴射口周りのプレートが動いて推力方向を偏向させる能力がある。
そのためフローティングムーブとの組み合わせで、ザリガニは柔軟な機動性能を持っていた。
滑り行くザリガニのウェポンコンテナの両脇がパクリと口を開き、砲口が顔を覗かせた。
「くっ?!」
とっさに盾を構えるのと、発砲は同時。
轟音と甲高い金属音が連なり、サンダーボルトの上体が反らされた。
直後。
『無視してんじゃねえっ!!』
横合いから響いたのはNPCパイロットの叫び。
一拍遅れてザリガニのフロントカウル右横に着弾し、グレネード弾が炸裂した。
見ればNPC機が膝を着いた降着姿勢で右背面に装備された折り畳み式キャノンを構えていた。
『どうだ!』
ザリガニを包んだ爆炎に快采を挙げる。
が。
爆炎を切り裂くようにザリガニが急旋回した。
『なっ?!』
ラウンドスラスターを左右逆方向に噴かして超信地旋回したザリガニに絶句するNPCパイロット。ザリガニの砲門はNPC機を捉えている。
対して降着姿勢をとってしまっていたNPCは即座に動けない。
「このバカっ!!」
叫びながらリムはサイドキック。
肩と腰のスラスターが火を噴き、機体が二体の間に割り込んだ。
ふたたびの轟音。
フルスイングしたハンマーで鋼板をぶん殴ったような衝撃が、サンダーボルトのコクピットを襲う。
しかし。
「喰らいなさいっ!」
その衝撃をコクピットの半浮遊機構は十分に減免し、リムは肩キャノンのトリガーを引いた。
ろくな狙いも付けていなかった二門一斉射の砲撃は、アリーナの大地と……ザリガニのフロントカウルに突き刺さる。
命中した瞬間に、砲弾先端にエネルギービームのホログラムが展開。
高エネルギーのホログラフィックパイル《立体映写杭》は、ザリガニのフロントカウル表面の耐ビーム蒸散皮膜を一瞬で蒸発させ、そのまま自分の弾体本体もろとも相手の装甲を融解させた。
エネルギービームH.E.A.T弾とでも言うべきその威力は、リムの設計通りの威力を発揮したのだ。
ザリガニのフロントカウル下部から爆風が吹き出し、機体を持ち上げるように後退させた。
直後にサンダーボルトゼクス機体前面のフロントカウルアーマーが脱落して、アリーナに金属板がたわんで跳ねる音が響いた。
「……メインモニターが死んだか。ほかの損傷は……」
砂嵐状態となった正面モニターを切り替えながらダメージチェックする。
機体はひどい状態だ。
頭部ユニットがアッパートルソ接続部ごと消失し、右肩が大きく抉れていた。
また、コクピット正面に存在したフロントカウルアーマーは頭部が消失した影響か接続部が壊れ、上半分が脱落していた。
また、両背面に備えた可変バレルキャノンは基部が歪んだらしく可変機能と砲の仰角変更が出来なくなっていた。
両足と左手の方盾は無事だが……。
「右腕が反応しないわね」
右肩をやられた際に制御系がイカれたらしく、右腕はうんともすんとも言わない。
ガトリングカノンは保持したままだが、今のままでは発砲できないだろう。
ヘタをしたら右腕が肩から脱落するやも知れない。
「……」
リムはできる範囲で機能修復を始めながらも、その目は正面から外さなかった。
その目の前で正面モニターに光が戻る。
失われたメインカメラから緊急用の補助カメラに切り替わったのだ。
「やっぱり……」
MechSmith娘の呟きに応えるように、巨大な二本のハサミを備えた赤い姿があらわれた。
「……倒せてないわね」
その怒りを表すように、ザリガニのカメラアイが、妖しく輝いた。




