第85話 異形なる……
モニターに映るソレは、いままでにまったく見たことの無い機体であった。
前後に長い胴部。
その下部から前方へと突き出された二本の巨大なハサミ。
胴体左右のスラスターノズルからのホバリングジェットで浮遊する、赤いその姿は
「……ザリガニ?」
あるいはロブスターか。
「どっちにしても……」
詳しく見る暇も、考える時間もなく、リムは残りカウント05sでYをタッチした。
二十秒のカウントダウンなど、シビアすぎである。
緊急ミッションの受領サインを尻目に、彼女はすぐさまサンダーボルトゼクスの装備をセッティングし始めた。
受領後即座に始まるのか分からないまま、機体に装備しうる最大限の武装と装甲をチョイスしつつ、モニターに映るザリガニモドキを観察する。
ガレージのあちこちから装備を抱えたアーム群が姿を現して、つぎつぎにゼクスへと武装を取り付けていく。
connecting、boot set ready stanby。
すべてが装備されて、allgreenの表示が出るまで何秒と無い程度だったが、焦れていたリムは装備完了のメッセージが表示し終わる前に機体の足を踏み出させていた。
ゆっくりと開くゲートが開ききるより先に、スライダームーブでアリーナへと飛び出していくサンダーボルトゼクス。
同時に肩口に備えたカノンが火を噴き、ザリガニモドキを打ち据えた。
炸裂音が響き渡り、爆炎がザリガニの姿を覆い隠す。
が。
炎のカーテンは真一文字に切り裂かれ、赤い機体がぬうっと姿を表した。
前後に長い胴体に載せられたような、円盤形頭部のカメラアイがサンダーボルトゼクスの姿を捉えた。
「……なるほど、そういう機体構成なのね」
しかし、リムは気にした風でも無く、ザリガニを見つめながら呟いた。
一見して、ザリガニ型という異様な姿をしているunknown機だが、しっかり観察してみれば“普通の人型GS”と同じパーツ構成であった。
アッパートルソ《上半身》部の前には、センサーアンテナを内包しているらしき前方へと大きく張り出したフロントカウルアーマー。そして、背面側には武装コンテナと一体化したバックパックユニット。
そして左右には両腕の代わりに大型のラウンドスラスターが取り付けられている。
さらに上面には先程言った通り、平べったい皿のような頭部がある。
転じて下面にはロウアートルソ《下半身》部。
そこから伸びているのが二本の巨大なハサミだ。
つまり、このハサミはノーマルGSの足に当たるパーツということだ。
脚部を脚部とせず、腕部も腕部としないことで、GSとしてのパーツ構成を踏襲しながらもザリガニだかロブスターだかを模した機体を作り上げているのだ。
「面白い考え方よね。どんなパーツ使ってるのか、興味深いわ」
一人独白する。
それは、緊張の裏返しだ。
いま、サンダーボルトゼクスはあらゆるオプション等を取り付けたフル装備状態だ。
開発費の制限があるなかで、リムが考えうる最大の攻撃力、防御力を備えさせている。
しかし対峙する相手は未知のGSだ。
スキルで解析したパフォーマンスはそうかけ離れたものではないが、どんな隠し玉があるかは分からない。
リムはチラとF&Nの次期量産機を見やる。
あちらはリムと敵対する様子は無い。
つまり、NPC機として一緒に戦ってくれるのだろう。
だが、リムとしては少し困ってしまう。
と、ザリガニがNPCへとカメラを向けた。
リムは舌打ちしながらNPCへと通信する。
「あなたは逃げなさい。狙われてるのはその機体よ」
『そうはいくか! ケンカを売られて尻尾を巻いたんじゃ立つ瀬が無えっ!』
威勢の良い声が返ってきてリムは顔をしかめた。
そもそもサンダーボルトは中遠距離戦用のGSだ。
つまり後衛機である。
前で足止めする仲間がいることで最大の戦力を発揮する機体だ。
だが、今この場で前衛を張ろうとする友軍は、“護るべき対象”なのだ。
護衛対象を突っ込ませて後ろから攻撃するなど、もっての他だ。
必然的にサンダーボルトも同時に前へ出て、ザリガニの攻撃を引き受けなければならないだろう。
サンダーボルトゼクスの苦手な接近戦で。
さらに言えば、リムは機体操縦のスキルは最小限しか取得していない。ベテランらしく習熟度はそれなりに高いが、最大でもない。
おまけにリム自身、GS戦闘に関するプレイヤースキルがあるわけでもない。
勢い込んで飛び出したは良いが、なにげに大ピンチである。
『いくぜっ!』
「ちょっ?!」
そうこうしているうちにNPCが飛び出していった。
「あーもうっ!!」
リムは悪態を吐きながらサンダーボルトを走らせた。




