第84話 模擬戦
雷を纏った鋼の拳が唸りを上げ、煌めいた紫電が舞い踊った。
その拳の軌跡の上にあったはずの鋼鉄の獲物の姿はすでに無く、雷拳は虚しく空を抉り取っていた。
それをさらに切り裂くように、火箋が降り注いだ。
全身を鋼鉄の鎧で覆ったヒトカタが、後方へと滑っていきながら右手にある短機関銃を発砲したのだ。
機関音と破裂音が、ドーム状の屋根の下に響く。
火箋の雨にさらされた雷拳の持ち主はしかし、その身を守る分厚い装甲の鎧で凶弾を弾き飛ばしながら上体を屈めて前傾姿勢をとった。
同時に、雷拳の背後に爆発が起きた。
否。
背中に背負った鉄の背嚢がその顎を大きく開き、青白い吐息を吐き出したのだ。
まるで破滅をもたらす龍の吐息のようなそれの勢いを借り、雷拳が弓から放たれた矢のごとく弾かれた。
それを見て、短機関銃持ちの左肩が開いて火を噴き、彼は右へと避けるように滑りゆく。その左肩の上から覗く箱型パーツが次々に円筒を吐き出した。
放たれた円筒が雷拳の体に次々と激突し、一瞬のうちにその身を大きく膨らませ、紅蓮の炎を撒き散らしながら破裂した。
その様子に決着を感じた短機関銃が止まった。
刹那、炎が四散し、雷拳が飛び出す。
驚く短機関銃は、即座に発砲する。
が、雷拳はすべて弾き飛ばしながら右拳を握りしめて振るった。
その一撃が、短機関銃の胸に突き刺さり、閃光が爆ぜた。
その光が消え去ると、短機関銃持ちは、全身から煙を噴き、ところどころスパークさせながら崩れ落ちた。
“winner ライトニングレオ”
空中に巨大な空間投影パネルが展開され、勝者が告げられた。
共和国次期量産型GS公式コンペディション会場。
総合模擬戦の試合会場だ。
雷拳あらため、ライトニングレオはコンペ参加機体。
短機関銃持ちは試験管側の模擬戦用機体“トレーナースクワイア”という無人機だ。
このトレーナースクワイアに勝利できなくとも規定の性能に達していると判定されれば、コンペ後半のリーグ戦参加資格は得られる。
もっとも前ふたつの試験をきちんと突破しているならばトレーナースクワイアなど敵ではないだろう。
その程度の性能とAIロジックしかないのだ。
この模擬戦まで含めて三つの試験。
これが、コンペ前半十日でクリアーすべき目標だ。
最短で三日でのクリアーができる。
リムなどは、大抵最短コースでクリアーしてしまうのだが、中にはギリギリまで模擬戦を先送りしてライバル達を観察するプレイヤーもいる。
この辺りは駆け引きでもあるので、一概にどちらが良いとも言えない。
その戦いの様子を、待機ガレージにたたずむサンダーボルトゼクスのコクピットシートに身を沈めながら眺めていたリムは、ひとつ息を吐いた。
彼女がコクピットに居るのは、コクピット周りの調整のためである。
サンダーボルトゼクスの模擬戦は次の次の試合となっており、それに向けた最終調整だ。とはいえ作業はすでに終わっており、ライダーに引き継ぐだけだ。
本日もライダーはアレクの予定だ。もうすぐやってくるだろう。
それを待っているのもひとつだが、次の試合に出る機体が気になっているため、サンダーボルトゼクスの機体モニターで試合を見ていたのだ。
彼女がそれほど興味をもっている理由は、その機体がプレイヤー謹製の機体ではないからだ。
“KN-028X-ADV”
F&Nが次期量産機として試作開発中のという機体だ。正式名称はまだ無いらしく、型番のみでの参加だ。
そして、その機体がアリーナに姿を現す。
白く塗られたその機体は、中量二脚らしく、ほどよいボリュームの四肢と胴体をしている。
頭部は広角カメラアイにセンサーアンテナ。
両手足は小型シールドと一体化していてそれなりのボリュームがある。しかし重そうな印象は無く、動かしやすそうではあった。
手にしているのはグレネードランチャー付きのアサルトライフル。背中には折り畳み式キャノンを右に、小型のミサイルランチャーを左に備えている。
その機体を見てリムは眉根を寄せた。
「……フレッド君の情報通りか」
その機体の事は前日にフレッドやイザベルから聞き出していた。
スペックまでは教えてもらえなかったが、型番は教えてもらっていた。
とはいえ、試作中の機体をなんとか使えるようにしただけらしく、目立つ要素はなさそうだった。
昨日のうちにマリア達とまとめた情報には様々なものがあった。
とくにリアノンとアヤメが引っ張ってきた情報は、F&Nの一部とハーキュリーズが動きを見せている事を表していた。
どちらも依頼を通じて少なくないプレイヤーが動いている。
それがどういった展開に繋がるかは未知数だ。
F&Nの次期量産機もその要素のひとつ。
とはいえ、リムは負けてやるつもりも更々無いのだが。
ただ、コンペの進行にどう関わることになるのか。
この機体から眼を離すわけにはいかなかった。
次期量産機の対面のハッチからトレーナースクワイアが姿を現す。
「ん、始ま……」
突然、スクワイアがまるで積み木が崩れるようにして地に伏せた。
驚く暇もなく、その背後から異形の機体が姿を表した。
同時にリムの目の前にウインドウが開く。
「……やって、くれるじゃない!」
“緊急mission!! F&N次期主力機を謎のGSから護れ!!”
このmissionを受けますか?
>Y/N
残り 19s




