第81話 少年の事情
「よし、到着」
ジャンク山に埋もれるようにして存在する自らの店にたどり着いたリムは、小さく息を吐いた。
黒服を伸した事でクエストは受注状態となった。
おそらく引き渡せばクエストを受けなかった事になるのだろう。
だが。
「?」
何気なく見下ろせば、少年は不思議そうに見上げてきた。
「……なんにもしないで渡しちゃうのも寝覚めが悪いしね」
自分を納得させるように呟きながらうなずき、メックスミス娘はウインドウを開いた。
公式コンペにチームとして登録している皆に、クエスト発生を連絡すると、すぐに全員が集まってきた。
なので、そのまま少年の話を聞くことにする。
「……改めて、わたしはリムディア。あなたは?」
「……」
名前を尋ねてみるが、少年は不安そうに周りを見回した。
リムがアサクラへ目をやると、彼はニヤリと笑った。
「俺はリム……リムディアの仲間でアサクラだ。で……」
アサクラに促され、アレクやリリィ、リアノンとアヤメも自己紹介する。
そこでやっと、少年は口を開いた。
「……ぼ、僕はフレッド。フレッド・フリューゲルと言います」
フレッドの告げた名前に、リアノンが小さく眉を跳ねさせる。
しかし、リムは気付いた様子もなく、フレッドに声をかけた。
「大丈夫よフレッド。ここに居るのはみんな私の仲間で、あなたの味方よ。それで? いったい何があったの?」
「……実は、この公式コンペディションを利用した企みを、偶然聞いてしまったんです」
告げられた言葉に、リムたちは顔を見合わせた。
と。
リムたちの目の前にウインドウが開いた。
“特殊ミッションが発行されました。ミッションを受注しますか?”
>YES/ NO
「……なるほど、この子を助けるか否かね」
呟いて、仲間を見る。
アレクとリリィがうなずき、リアノンがウインクを飛ばす。
アサクラが苦笑しながら肩をすくめ、アヤメも笑いながら頷いた。
それを確認してリムはうなずいた。
「じゃ、全員でミッション受けましょう」
六人が、yesをタッチする。
するとフレッドは安堵したように息を吐いてからはにかんだ。
「ありがとうございます。詳しくお話しします。その前に僕の正体を明かします。僕は……F&NのCEO、トーマス・フリューゲルの息子です」
「!」
「……やっぱりね」
驚くリムたちをよそに、リアノンはひとつ頷いた。
「……事の始まりは、妹のイザベルが不審な男を見つけたことでした」
「不審な男?」
リムの声にフレッドが頷いた。
「はい。僕も妹も機械類が好きで、工場にちょくちょく遊びに行っていたんです。そこで、普段見かけない男の人が歩いているのを見つけたんです」
そして、その男が気になった二人はこっそり後を尾けたのだという。
「……尾行した先は工場の奥の方にある、あまり使われていない会議室でした。場所的にセキュリティレベルも高かったんですが、僕とイザベルはほとんどフリーパスで入れてしまうので……」
追跡はうまくいった。そして聞こえてきたのは……。
『では、承諾いただけるのですね? アルベルト・ネクサスCEO』
『ああ。その代わり、ハーキュリーズインダストリーには、この会社を私のモノにする手伝いをしてもらうぞ? カーライル君』
『構いませんよ。F&Nの協力が得られれば、トライリバー社を共和国支配企業筆頭から追い落とすのは容易となるでしょう。そろそろトライリバー社の老人たちには退場願いたいのですよ』
『……ふん、まあいい。君の属するハーキュリーズインダストリーが共和国の筆頭支配企業になり、我がF&N……いや、私のネクサス社がそのパートナーとなる。カーメルン社やナハトブルクアビオニクスの規模では我々に太刀打ちできまい』
『ええ。そのためにも、公式コンペに視察しに来るトライリバーのレディオス氏には……』
『……消えてもらわねばな。そのためにはまず、F&Nの意思を一本化せねば』
男たちの話に、フレッドは真っ青になった。
F&Nは、トーマス・フリューゲルとアルベルト・ネクサス、ふたりのCEOによる共同経営で成り立っている特異な企業だ。
経営責任者《CEO》がふたりいるため、決断に時間がかかるという欠点はあるが、互いに補いあっていける点で経営が安定していた。
だが、近年では安定思考のトーマスと強行な経営方針のアルベルトとの間で対立が深まっており、会社としての身動きが取れず、緩やかに業績を落としていた。
このことを憂慮した理事会は、トーマスの弱腰な経営戦略を指摘、彼のCEO解任動議にまで発展した。
幸いにして解任には至らなかったものの、会社の業績不振に対しては手を打たねばならない。これを重く見たトーマスは、彼らしくもない冒険に踏み切った。
側近の意見を入れ、開発中のF&N社次期主力GSを、企業枠で公式コンペに参加させる事にしたのだ。
公式コンペは、共和国のみならずMetallicSoulの全プレイヤーが注目する大規模イベントだ。そこで活躍したGSはかなり売れる。
高い宣伝効果が期待できるのだ。
しかしリスクもある。
仮にこの新型機がろくに活躍できなければ、正式発売後の売れ行きが大きく落ち込むことは確かだ。
そうなれば、莫大な予算をかけた新型機はその開発費を回収することすら出来ずにF&Nは大打撃を受けることになる。
そしてコンペ参加を推し進めたトーマスは進退窮まってしまうだろう。
安定思考の彼らしからぬ冒険的な判断である。
「ですが、父は会社を支える社員の皆さんのために業績を上げられるならと決断したんです。それを利用しようなんてっ!」
そう言って強い憤りを見せるフレッド。
その姿にアレクやリリィは目を丸くしていた。
しかしベテラン勢は。
「開示情報が多いね」
「内情筒抜けだな」
「まあ期間限定のミッションだしねい」
「ふむ。だが、わからん事も多いか。どう対策する?」
「まだ分からないことも多いから、適宜質問して情報を引き出さないとダメね」
クエスト展開のメタ考察に入っていた。




