第79話 自称ライバルの力
「うむぅ」
二日目が終わって、アレクらと三日目の模擬戦闘試験について話し合い終えたリムは、みんなに断ってひとり街中を散策しながら思案していた。
その背後にはメイドロイドとなったファムとメイが、主を守るように付き従っている。
思案の内容は今日見ることになったマリアのサウルスについてだ。
その機体を目にしたリムの衝撃は、決して小さく無かった。
キャタピラダッシャー自体は珍しいものではないが、まさかスラスターを廃してそれだけでスライダー移動するという発想はなかなか出来ない。
タンク型脚部を代表とする無限軌道系の移動方法は、MetallicSoulではあまり有効ではないというのが定説だ。
半浮遊移動であるスライダー移動は、三百六十度どの方向にも移動でき、高い機動性をGSに与えてくれる。 その際に、ブレーキの役割を果たすのが脚部だ。
無限軌道は不整地走行に優れるなどの利点もあるが、真横のブレーキングなどに履帯が耐えられないなどの問題があるため、GSの脚部としては敬遠されている。
二脚歩行型に無限軌道の移動補助を着けるキャタピラダッシャーも同じ問題があるため、あまり人気は無い。
それに前進速度などもスラスターによる推力移動には劣る。
だがマリアはキャタピラダッシャーそのものを自作し、耐久性や加速力を向上させてきた。
その結果として、サウルスは推力集束タイプには劣るが、実用レベルの加速を得ている。
これがどういう結果を生むか?
リムの見たところ、サウルスはスラスター類をほぼ排除している。
そのため、推進剤やスラスターの分の重量が丸々浮くわけだ。
その重量分、武装や装甲などに回せる。
しかしサウルスは格闘機である。重量のかさむ重火器類は全く積んでいない。
となれば、その分の重量は装甲やジェネレーターに回せる。
突進力のある重装甲、高出力の重量級格闘機。
接近戦に持ち込まれたら、同じ重量級クラスの機体は逃げることも出来ずに殴り殺される可能性が高い。
機動性運動性に優れる中軽量級ならば逃げることも不可能ではないだろう。
しかし。
「……まだ全部は見せていないはず。あの大きな肩はなにか仕込みがあるはずだし」
呟いてリムは思考の海に沈んでいく。
奇襲向きの装備が隠されている可能性は高い。
サンダーボルトゼクスの性能では、その奇襲を捌いて距離をとることは難しいだろう。
かといって、インファイトから離脱するには機動力が足りない。
機体の推力の大半は前進するためのもので、距離をとるための後進能力は高くない。
そして、火力の大半は中距離以遠で有効なものがメインだ。
相性が悪いどころではない。
「……白兵機体を寄せ付けないための弾幕も、防御耐久性のあるサウルスにどこまで通用するか」
近づかせないための火力は持たせたつもりだったが、サウルスの防御耐久性はかなり高いとリムは睨んでいる。
レアリティの高い高品質素材を使わない機体としてはトップクラスの可能性がある。
生半可なストッピングパワーでは押さえきれないだろう。
被弾覚悟で肉薄されればアウトだ。
「……なにか良い手があれば……」
ぼんやり歩いていたリムは、気づけば路地裏に入り込んでいた。
アレクたちが居れば路地裏に入る前に注意してくれたかもしれないが、元ドロイドであるファムとメイにそこまでは期待できない。
その事に気付いて頭を掻いたリムは、大通りに戻るべくきびすを返そうとして、足を止めた。
『……! ……!』
なにやら奥から声が聞こえてきた。
リムは直感的に厄介事だと判断したが、立ち去るより先に状況が動いた。
「助けてっ!」
奥の暗がりから人影が飛び出してきた。
身なりの良い少年だ。
彼はリムの姿を認めて、駆けてくる。
それを追うようにして、黒いサングラスに黒いスーツ姿の、“いかにも”な男がふたり、姿を表した。
「……なんかトリガー踏んだかしら?」
少年の名前がNPCを示す緑文字で表されてるのを確認したリムは、顔をしかめた。
おそらく、なにかのクエストに繋がるトリガーを引いたのだろう。
「助けてください! わ、悪いヤツに追われて……」
ベタベタである。
駆け寄ってきた少年にどうしようかと思案していると、男たちが近づいてきた。
「……その子を渡してもらおう!」
「……早くしろ!」
やはりNPCである緑文字で黒服と名前が表記された、キャラクターの恫喝に少年が怯えたようにリムにすがり付いてきた。
とはいえサイゾー辺りならともかくとして、リム自身は生身での戦闘が出来るキャラクタービルドになっていない。
「た、たすけて……」
NPCとはいえ割りとリアルなアバターで、怯え方もリアルと遜色がない。正義感を気取るつもりもないリムだが、生来のお人好しな部分や庇護欲が刺激されてしまう。
「……何でこの子を追っているのかしら?」
リムは黒服に訊ねる。黒服二人は一瞬動きを止め、視線を交わし合うと懐に手を入れた。
「!」
リムはわずかに身構えた。
男達も緊張しているように、ゆっくりと腕を懐から抜いていく。
そして、取り出されたのは。
「我々はF&N社のセキュリティサービスだ」
会社の所属を表す一枚のカードだった。




